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七十六話 『迎撃 三』

 ゴーレムに剣や槍を突き刺すと、土の体の中に張り巡らされた草の根が刃を絡め取り、容易には引き抜けなくなるらしい。


 攻撃後に武器が抜けなくなり、土の巨体の前であわてふためく冒険者達が、振るわれるゴーレムの腕に吹き飛ばされ、あるいはバランスを崩して倒れ込む土くれに押し潰された。


 細く鋭い剣や、弓矢による攻撃はほとんどゴーレムには通用しない。


 かろうじて大きな鈍器や、斧による攻撃が土の巨体を揺るがし、削り取ってゆく。


 逃げ出した馬を捕まえ、鞍に鎖をつなぎ、その先端を投擲とうてきしてゴーレムの体にかけ、引きずり倒そうとする者もいた。


 一馬力では逆にゴーレムに振り回され引き倒されるが、三頭も集まれば足をすくい、転倒させることができた。


 倒れたゴーレムに群がり、刃を刺しまくり、土くれの拳を受けて弾き飛ばされる冒険者達。


 そんな戦いの光景に、石壁の内側から鳴き矢と石くれを注ぐルキナ達。


 絶叫と怒声の渦を背に、ケウレネスは調教師のまたがるドゥーに駆け寄り、二人用の鞍に飛び乗る。


 即座に駆け出すドゥーの上で調教師の腰にしがみつきながら、王城の方へ視線を向け、声を上げた。


「兄……魔王ダストと戦士団長達はどうなってる!? ユーク将軍は王都を出て行ったのだろう!?」


「はい! スノーバの都へ神喚び師と共に向かったようです! おそらく神の暴走を止めに行ったものと思われます!

 広場には冒険者達と勇者マキトが居残り、ガロル戦士団長達と交戦中です!」


「不死身の勇者か……! フクロウの騎士を殺した男だ、ガロルでも勝てるかどうか……」


 うなるケウレネスの前を、調教師のみを乗せた別のドゥーが追い越して行く。


 後方からは徒歩の兵士達が追って来ているが、人の足ではドゥーに追いつけるはずもなく、どんどん引き離されていく。


 王都の裏手へ向かうことは分かっているのだから、取り残しても問題はないだろうが……


「ケウレネス様ッ!!」


 しばらくして、不意に調教師が怒鳴るように声を上げた。


 前方に視線を戻すと、石畳の上を、チビを抱いたナギが駆けて来る。


 その背後には、剣を抜いた二人の冒険者。先に行ったドゥーは入れ違いになったのか、視界の奥の建物の屋根を跳び越えていた。


「ひっ、いッ!」


 冒険者に髪をつかまれたナギが、悲鳴を上げながら石畳に押し倒される。


 ナギに刃を振りかぶる冒険者の前で、もう一人が刃をケウレネス達に向けた。


「突っ込めェエ!!」


 あぶみを踏み込み、調教師の肩をつかんで立ち上がったケウレネスが、右手で腰の剣を引き抜く。


 姿勢を低くして二人の冒険者へ突撃するドゥー。その背にぴったりと身をつける調教師。


 ケウレネスの首めがけて剣を振ろうとした冒険者が、次の瞬間逆に眉間を刃で叩き割られ、さらにドゥーの背から飛び降りたケウレネスの体当たりを受けて吹っ飛んだ。


 ナギを襲っていた冒険者はその煽りを食らい、鉄に覆われたケウレネスの腕を腹に受けて転倒する。


 二人の男と一つの死体が石畳を転がり、やがて腹をかばった冒険者が、真っ先に立ち上がった。


「いっ……てぇなあ……!」


 長く伸ばした黒髪を揺らしながら、殺気立った目でケウレネスを睨む。冒険者は自分の剣を拾い上げ、未だ石畳に腕をついているケウレネスに足早に歩み寄った。


 ケウレネスの剣は、倒した敵の眉間に埋まっている。


 手を伸ばす間もなく、黒髪の冒険者がケウレネスの腹に蹴りを入れた。


 鎧を着込んでいるために痛みはほとんどない。逆に足を抱え込み、敵を引き倒そうとするケウレネスの顔のすぐ横を、鉄の刃がずっ、と通り過ぎた。


 石畳をけずる刃。ケウレネスのほほがざっくりと裂け、血が噴き出す。


 あわてて刃を篭手こてをはめた手で握ると、冒険者がケウレネスの腹にひざを打ち込み、そのまま剣を握っていない方の手で何度も顔面を殴打する。


 石壁で敵陣の状況を報告するため、より声が通るようにと兜を脱いだのが間違いだった。口にめりこむ拳が、歯を一本砕く。


 血を吐くケウレネスの喉に、刃が倒れてくる。


「くたばれ、野蛮人!」


 冒険者が両手で剣の柄を握り、一気に力をこめて刃を押す。


 咆哮し、足をばたつかせて抗うケウレネスの耳に、わずかに砕けた肉が立てる水っぽい音が届いた。


 瞬間冒険者の顔が肉薄し、ケウレネスの顔に血を噴きかける。


 かろうじて顔を背けずに口を引き結んだケウレネスの前で、冒険者の後頭部に埋まった幅広の剣が引き抜かれ、再度同じ場所を切りつけた。


 肉と骨が裂ける音。冒険者の体重がかかる前に、ケウレネスが身をよじり、自身に突きつけられていた刃と冒険者の体を押しのけた。


 ごろりと石畳に転がり、絶命する冒険者。


 荒く息をしながらケウレネスが視線を上げると、彼の剣を握ったナギが、返り血に胸を染めながら立っていた。


 最初に倒した冒険者の死体から引き抜いた剣で、二人目を斬ったのだ。咳をするケウレネスに手を差し出しながら、ナギが震える声で言う。


「初めて人を手にかけた……なんて……なんて嫌な感触……!」


「大きなウサギをさばいたと思えばいい。……ケガは?」


「私は大丈夫、チビも無事。あなたの方が重傷だわ」


「歯が折れただけさ。……いや、足もくじいてるな……でも未だ動ける……」


 ふらっと立ち上がるケウレネスに、ドゥーに乗った調教師が近づいて来る。


 片手を上げて「ご苦労」とつぶやくケウレネスに、調教師がドゥーの頭を下げさせながら問うた。


「鞍に乗れますか?」


「ああ、大丈夫だ。だが先にこちらの婦人と子供を乗せて元老院の議場に行ってくれ。また冒険者に襲われたらことだ……避難所に連れて行って、また戻って来てくれ。大急ぎでな」


「ケウレネス! 何を!」


 声を上げるナギの手から剣を取りながら、ケウレネスが少し厳しい口調で言う。


「議論をする気はない。さっさと乗れ。すぐに後続の兵士達が追いついて来るから大丈夫だ。

 ごねると蹴りを入れるぞ、ナギ」


「……!」


「急げ」


 ケウレネスに肩を叩かれると、ナギは調教師の手を取り、ドゥーに飛び乗った。


 ケウレネスがチビを抱き上げ、ナギの前に乗せる。「無事で」と短く言い残すナギに、ケウレネスは無言でドゥーの尻を叩いた。


 走り出すドゥーが石畳の先に消えると、ケウレネスは深く息を吐き、後続の兵士達の気配を探して元来た道を振り返る。


 敵陣に攻め込むわけでもない、味方の援護に向かう兵士達が大声を上げるはずもなく、通りには明確な人の気配はなかった。


 少しばかりそわそわとしながら、なんとなく視線をめぐらせたケウレネスが、ふと視界の端に妙なものを捉えた。


 通り沿いの建物の窓の向こうで、何かが動いた。半開きになった窓から、ほんの少しだけ、人の頭のようなものが覗いている。


 避難し損ねたコフィン人か。あるいは潜伏している冒険者か。


 ケウレネスは血の滴る剣に視線を落とし、そっと建物へ近づく。


 くじいた足をゆっくりと運びながら、やがて窓の向こうの頭へ、刃先を突きつけた。


「……げっ」


 頭が、声を発した。聞き覚えのある声だ。


 ケウレネスを振り返るその者は、床にはいつくばり、顔を引きつらせて腰まである赤い髪を尻にかけていた。


 薄布を包帯のように、全身に巻きつけた女……


 刑場に焼印を押しに行くルキナに、付き人と称してまとわりついていた、サリダという名のスノーバ人だ。


 すっ、と目を細めるケウレネスの背後から、コフィンの兵士達の声が響いた。


 しきりにケウレネスの名を呼ぶ無数の男達の気配に、サリダが腰の曲剣を指先でつまみ上げる。


「…………何人?」


「十人以上だ。全員剣を持っている」


「あ……あー……じゃあ」


 無理。


 そう小さく言って、サリダは曲剣を鞘入りのままケウレネスに差し出してくる。


 冷たく自分を見つめ続ける相手に、サリダは口角をひくひく震わせて、曲剣を窓の外に放り捨てた。「出ろ」と命じるケウレネスに、身を小さくして窓を乗り越えて来る。


「……未来のスノーバ三傑、と言っていたな……一人でこそこそ逃げ隠れする人間が、そんな上等な立場になれるのか」


「いや……だって、無理だろ……何だよあの竜。魔王の魔物もとんでもねえし。神も暴れまくってるし。

 人間にどうにかできる話じゃ……」


 ケウレネスが、サリダのこめかみを剣の柄で何の予告もなく殴り飛ばした。


 地面に手をつくサリダの前に、兵士達が走り寄って来る。「ちょっ! ちょっと待て!」と右手を伸ばすサリダの眼前に、ケウレネスの剣先が突き刺さる。


「我らが王女を、よくも雌犬だのブタだのと愚弄してくれたな。薄汚いスノーバの冒険者が」


「待て待て待て! 降参だって! 剣を捨てた女を斬るのかよ! 男がすたるぞ!!」


「捕虜を取る余裕はない。だが刑場で、まがりなりにも将軍の隣にいた女だ。縛って門の上にでもさらせば良い矢除けになるかも知れんな」


「矢除け!? ちょっ……」


「お前のような人間は捕虜にしても、コフィンが負ければ平気で我らの墓に唾を吐く。

 情けはかけない。連れて行け!」


 兵士達に両腕を取られ、立たされるサリダ。


 一瞬彼女の口から烈火のごとく口汚い罵声が飛び出したが、すぐに口をつぐむと、哀れっぽい声で情けを乞ったり、甘い声で助命を願ったりし始める。


 ケウレネスはそんなサリダの言葉を無視して、移動を再開する兵士達に混じりながら、あごの奥にはさまっていた折れた歯のかけらを、唾と共に吐き捨てた。

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