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六十九話 『過去からの真円』

 良くない経過だ。


 ダストは血液でできた蝿が飛び交う中、懐から一冊の本を取り出し、ため息をついた。


 ページをめくると、以前アッシュに見せてやったラヤケルスの環が記された箇所を開き、そっと右手を置く。


 羊皮紙に記された魔法円が青白い微弱な光を放ち、ダストの手を伝ってくる。


 魔王ラヤケルスが作り出した、魔術の力を増強する図形。


 術者が触れることで、術をかける対象を図形の領域の内に置くことで、効果を発揮する。


 ルキナ達に頼んでコフィンとスノーバ、両方の都に設置してもらったラヤケルスの環は、ダストの魔術を本来の何倍もの強さに高めるはずだった。


 巨人の屍にかけた蘇生の魔術にも、あわよくば赤い蛇の支配をはねつけるほどの力強さ、強制力を期待していた。


 だが現実は、屍と赤い蛇の間で綱引きが続き、実質暴走に近い状態に陥っている。一時的にでも神を操作できれば、末端のスノーバ人達の心を折ることもできたかもしれないのに。


 ユーク達にはさも計画通りという顔で講釈をしてみせたが、この結果は決して望ましいものではない。


 もがき暴れる神は確かに危険な存在だが、スノーバ軍にはそれを鎮める手段がある。


 返す返すも、スノーバの都の魔法円が完成しなかったことが残念だった。


 ミミズクの影の『目』を通してギリギリまで魔法円の設置状況を確認していたが、円陣も未完成なら魔法円それ自体の完成度も低い。


 素人の密偵達に頼んだので仕方のないことではあったが、魔法円を構成する円の配置は、本来限りなく正確な間隔、形でなければならないのだ。


 結果神にかかった蘇生の魔術は、ダストが魔法円なしで使う魔術とほぼ変わらない性質のものだった。


 あれほどの巨体にかりそめながらも自立性を与えられたことは好ましいが、しょせん屍が動きもがいているに過ぎない。本来の意味での『蘇生』ではない。


 依然死んだままの巨人の体は、いずれ赤い蛇とユーク達に再度屈服させられるだろう。


 そうなれば神がコフィンの王都に襲いかかって来る。



 稼いだ時間で、二つ目、三つ目の魔術を成功させなければならない。



「魔王! どこだ! 何を企んでいる!? この光は何だ!!」


 周囲に満ちる青白い魔力の光。ダストは蝿の羽音を切り裂いて届くユークの声には応えず、詠唱を開始する。


「地に眠る深き星の火の心臓……黒く燃ゆる、炎の名の下に……」


「魔王ッ!!」


「……古の魔王、ラヤケルスの真円の理の下に」


「おのれぇえええッ!!」


「暴虐の神にほふられた、大いなる魂に告ぐッ!!」


 ダストの手にした本が、ラヤケルスの環が、光の柱を立ち上げる。








「ダストは言っていた……真円が、コフィン人が築いた円環が、勝負を決めると」


 空を突く無数の光の柱を見上げながら、ガロルがつぶやくように言った。


 石畳に集ったルキナ達の周囲で、家々にこもっていた人々が次々と窓を開け、本来彼らの命を蝕む青空を、食い入るように見つめる。


 迫っていたスノーバの冒険者達の気配も、今は静まり返っている。


 おそらく誰もが、王都に生まれた地上からの光に目を奪われているのだ。


「同じだ……同じ色の光だ……」


 ケウレネスが、ルキナのそばにたたずむドゥーの影の、眼窩に燃える火を見て言う。

 魔王の使い魔に宿る魔力の光。それと同じ力が、王都を照らし出している。


「ダストの策を成功させる魔法の図形……重なるほどに、力を増す円の群」


「より多く、より大きく」


「ああ……そうだったのか」


 王家の家臣達が、光の柱の立ち上る位置を確認して、声を震わせる。



「この王都は……やはり俺達の都なんだ……俺達の、味方だったんだ」



 光の柱の根元から、青白い閃光が地を走った。輝く光の壁が、柱と柱をつないでいく。


 光の柱は、一つを除いて、王都の外周をめぐる石壁から立ち上がっていた。石壁の上に刻まれたラヤケルスの環……それが放つ光が、石壁を伝って王都を取り囲む。


 コフィンの国旗を形作る、王都の町並み。上空から見下ろす王都は竜の形をしていて……



 竜は、石壁が作る、『真円』で囲まれている。



「王都の形そのものを魔法円に組み込んだ……! 王都全体が巨大な魔術の図形だ! コフィンの建築家、学者達が築いた石壁がダストの策を援護している!」


「ルキナ様! あれを!!」


 ナギが王城前の広場の方角を指さす。


 広場から立ち上がった光の柱に、他の柱から光の粒子が降り注ぎ、集い始めていた。


 何が起こる。何が始まる。


 コフィン人達の目が、広場上空の空に集中した。








 己の人生が、罪が、今日この日のためにあったのだとしたら。


 それに翻弄された人々は、少しは自分を、許してくれるだろうか。


 赤い蝿が、ダストの周囲から離れる。冒険者や逃げ遅れたスノーバ人達や、ユーク達からも遠ざかり、青白い世界の中うなりを上げて飛び去って行く。


 向かう先は……陽に焼かれ、腐りかけている、巨大な竜の、生首。


 事態を察した敵は、みんな武器を握ったまま立ち尽くしていた。すぐにはダストを襲えなかった。


 魔王の抜け目ない策に、際限のない冒涜の精神に、一瞬気を呑まれたようだった。


 魔王の『血液』でできた蝿が、守護神モルグの首の断面に殺到する。骨と肉にぶつかり、おびただしい数の血痕と化していく。



 ダストが、光り輝くラヤケルスの環を載せた本を掲げ、全身全霊をもって叫びを上げた。



宿命さだめを変えるために――――甦れッ! 天空竜モルグッ!!」

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