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六十八話 『裏切り者の微笑』

 石くれが降り注ぐスノーバの都。


 赤い蛇に関節を巻き取られ、手足をばたつかせる神が大地を揺らす中、城の外周で淡い光の線が明滅していた。


 青白く、弱々しい光は神と城を取り囲むように地面から立ち上っているが、その高さはせいぜい子供の身長程度しかない。


 太陽の光に満ちた世界で、陽光を切り裂いてなおも光として存在するそれは、自然の摂理から外れた魔術の産物だ。


 そんな光の線をたどるように、入植者達が逃げ出した都を走る者達がいた。


 瓦礫に潰される危険を冒して城の周囲を行く彼らは、コフィン王家の命を受けて潜入していた、密偵達だ。


 冒険者の格好をした密偵達は光の線を目で追いながら、円筒形の金属の板を手に言葉を交わす。


「工作任務はどうなっているんだ!? 今どこまで完了している!?」


「城の南の木陰に一つ、東のドブの中に二つ、西の路地に二つ、魔王の注文通りの仕掛けをした! 残るは北側の売春宿の裏手だが……工作に当たっていたヤツが帰って来ない!」


「魔王が空から都を観察して、距離と角度を計算してはじき出した場所だ! 指定された六箇所に仕掛けをすれば神に異変が起きるという話だった! 理屈は分からんがな!」


「おいっ!」


 走っていた密偵達の一人が、崩れた城壁の一角を指さした。


 神にじょじょに破壊され、崩壊していく城の中で、スノーバ兵達が廊下を平然と巡回している。


 一切危機感を感じさせない足取りで城内を警備する兵士達は、掘り返された巣からこぼれるアリのように、神の暴れる衝撃に吹き飛ばされ、城壁に空いた穴や窓から次々と外に放り出されている。


「イカれてるぜ……」


「見えたぞ! 売春宿だ! ……妙だ、誰もいねえ!」


 最後の工作地点にたどり着いた密偵達が、辺りを見回して姿の見えない仲間の名を呼んだ。


 城を囲む光の線は、売春宿のはるか向こうの地面を走っている。

 密偵の一人が降って来る石くれを腕で防ぎながら、舌打ちをした。


「光の線は俺達がこさえた仕掛けから伸びているんだ……仕掛け同士は光でつながれている。だから本来はここを通ってなきゃいけねえんだ」


「工作は未完成だったってことか!? じゃあ神はどうなるんだ!」


「俺達がどうにかするんだよ! 今から最後の仕掛けを作るぞ! 急げッ!」


 密偵達が手にした円筒形の金属板を、地面に突き刺し始める。


 揺れる足元と降り注ぐ石に悲鳴を上げながら、一人が汚れた羊皮紙を取り出し、目の前の地面に放り出した。


「魔王がよこした完成図だ! よく見て作れ! 多少いびつになっても形だけは間違えるな!」


「おい、俺が刻んでるのどこの円だ!?」


 円筒形の板を突き刺し、引き抜いた地面には、完全な真円が残る。


 密偵達は真円を次々と地面に刻んではつなぎ合わせ、一つの図形を作ろうとしていた。


 魔王のよこした羊皮紙の上では、まるで鎖のように重なり連なった円が、螺旋を描きながら別の鎖と絡まり、一すじの流れとなって、さらに巨大な円を作っている。


 円で作られた円。中央に線を引けば、その図形は完全な左右対称となる……


 図形の下には、現代コフィン文字で、『ラヤケルスの環』と記されていた。


 さらに『円が増えれば増えるほど、円を表せば表すほど、環の理は強くなる』……『地面に刻んだ環で円陣を成し、神を囲め』とある。


「仕掛けの位置同士をつないだ線がまんまるになりゃ、神がイカれるってことだぜ……まるで聖域、結界だな」


「もう少しだ! 急げ、早くしないと死んじまう……!」


「それは、命を賭けるほどの希望か?」


 地面に向かっていた密偵達が、突如目の前に突き込まれる刃に蹴散らされた。


 完成間際のラヤケルスの環を、剣先がざくざくと切り刻み、崩していく。


 尻餅をついたまま、あるいは這いずるようにその場から離れた密偵達が、剣を握る騎士とその隣にいる、本来この場の仕掛けを作るはずだった密偵仲間の姿に目を剥いた。


「てめえ……ライデ・ハルバトス……! こっちの都にいやがったのか!」


「ちくしょう、裏切り者め! この土壇場でよくも邪魔をしやがって!」


 剣を振りかざすハルバトス、元騎士団副長に、密偵達はあわてて立ち上がり、それぞれの武器を構えた。


 冒険者の格好をしていた彼らは、全員が十分な長さの剣を持っている。だがハルバトスは特に緊張した様子もなく、冷たい目で密偵達を睨んで言い放った。


「同じコフィン人のよしみで命だけは助けてやる。さっさとルキナ王女の元へ逃げ帰るがいい」


「ふざけるなよ! 元老院議長の親父と同じように頭をかっさばいてやる!」


「……騎士団副長の剣の実力、知らぬわけではあるまい。一対多数の斬り合いで私に敵う者は、今のコフィンには数えるほどもいない」


 じりじりと後ずさる密偵達に、ハルバトスは突然叱責しっせきするような口調で怒鳴った。


「これ以上神に手出しはさせん! 諦めて帰れ! 無駄に死ぬな!!」


「なっ……何をッ!! 売国奴のクズの分際で!!」


「失せろッ!!」


 凄まじい勢いで振りながれたハルバトスの剣が、空中を舞う石くれを真っ二つに切り裂いた。


 気圧けおされる密偵達が、それでも武器を構えて向かって行こうとした瞬間、ひときわ大きな瓦礫が飛来し、売春宿を直撃した。


 崩壊し、散乱する石材と屋根。ラヤケルスの環を刻むべき地面が、それらに一瞬にして埋め尽くされた。


 転倒し、吹き飛ばされた密偵達がぽかんと口を開ける。


 ハルバトスが剣を返し、静かに刃を鞘に収めた。


「戦う理由がなくなったな」


「……ハ……ハルバトス……自分が何をしたか分かってるのか……? ひょっとしたら、神を倒せる唯一の機会を潰したかもしれないんだぞ……」


「私は私の信じた道を行くだけだ。……それが正しいかどうかは、結果が決める」


 ハルバトスが、破れたマントをはためかせながら、空の向こうを指さした。


 密偵達が振り返ればコフィンの王都の方角から、青白い光の柱がいくつも天に向かって立ち上っている。


「仕掛けは、両方の都にされていたらしいな。なるほど自分達の都なら、仕掛けもより簡単にこさえられる」


「……地獄に落ちろ、ハルバトス!」


 密偵の一人が怒鳴り、仲間とともに王都の方へ走り去って行く。





 彼らの背を見つめながら、ハルバトスが隣に立ったもう一人の裏切り者へ、静かに声を向けた。


「他の仕掛けも潰して来い。今更意味がないかも知れんがな」


「あなたは?」


「ここで神を見ている」


 砕ける城を見上げたハルバトスが、小さく笑って続けた。


「私が正しいならば、あれが再びコフィンを制し、救う姿を見られるはずだ。瓦礫に潰されて死んでも、それはそれ……悔いはしない」

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