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六十七話 『鳴動』

 世界に混乱が渦巻いていた。


 魔王が現れた広場から逃げ出したスノーバ人達が、王都を出たところで自分達の都で暴れ狂う神の姿を目にし、行き場をなくして恐慌状態に陥っていた。


 さらには破壊される城の破片が降り注ぐスノーバの都からも、入植者達が逃げ出して来て、ユーク達がいるコフィンの王都へ大挙して来る。


 二つのスノーバ人の群が草原の中で混じり合い、互いのいた都の危険を教え合い、さらに混乱が深まっていく。


 大多数の人々は危険から逃れるため、両都から離れた場所へ移動し始めたが、元々血気盛んな冒険者がその多くを占める入植者達の何割かは、今こそ名を上げるチャンスとばかりにコフィンの王都へと再び突き進む。





 迫って来る群衆の咆哮を遠くに聞きながら、ガロルが王都の石畳の上にひざをつくルキナを見つけ、その名を叫んだ。


 ルキナのそばにはドゥーの影がいて、何もない虚空を青白い炎の目で睨んでいる。


 ガロルと王家の家臣達はルキナに走り寄り、彼女のあらわになった胸を己の衣を破いて覆いながら、口々に叫んだ。


「ルキナ様! 御無事で!?」


「一時はどうなることかと……!」


「ダストは将軍達と戦っています! 私達はこれから……」


 ルキナの顔を覗き込んだナギが、はっと口元を押さえて言葉を呑み込んだ。


 眉間に亀裂のようなしわを刻み、歯を食いしばって憤怒の表情をさらしている王女に、ガロルがひざまずきながら口を開く。


「御立派でした。焼印に誇りではなく命を焼かせようとしたお姿に、民はまたこの国に希望を見出したようでした」


「……格好だけではなかった……私は本当に死ぬ覚悟で……命を……!」


「みな分かっております。ダストも重々承知かと」


「あいつは何故私をこんな所まで逃がしたんだ! 何故戦いの場から遠ざけた!! ……私はあいつのお荷物か!? あいつの弱点・・かッ!!」


 石畳に拳を打ちつけ、珍しく激情をあらわにするルキナに、家臣達の多くが言葉に詰まって顔を見合わせた。


 ダストの弟であるケウレネスが、肩で息をするルキナにそっとささやくように言う。


「ルキナ様。心中お察ししますが、兄は決してあなたを軽んじたわけではありません。どうかお平らに」


「…………くそっ……状況が分からん。ダストは何をしたんだ? 将軍達と直接戦っているのか」


「神がのたうち回り、スノーバの城を破壊しています。おそらく兄が何らかの魔術を使ったものと思われます」


 目を剥くルキナに、さらにナギが早口でまくし立てる。


「王都の外から大勢の人間の声が迫って来ています。神が暴れ出したために、スノーバの都から増援がやって来るのでしょう。

 ルキナ様、御決断を」


「決断……?」


「周りをよくごらん下さい。ここは王都の真ん中です。ここからあらゆる場所、あらゆる施設へ最短の時間で人を行かせることができます。これがダストがあなたを将軍達から遠ざけた理由です。

 自分の戦いに乗るか、それとも民と共に避難して静観するか、今決めろと言っているんです」


 ぐっと唾を呑み込むルキナ。ガロルが、ひざまずいたまま他の家臣の顔に視線を走らせ、声を上げる。


「戦士団長として報告致します! 即座に動ける戦闘可能な戦士団員は二十名! いずれも短剣装備ですが並の冒険者なら一人二殺はできます! 敵の武器を奪えばさらに二殺は可能かと!」


 家臣達が、次々とその場にひざまずき、声を続ける。


「騎士団臨時副長として報告致します! 戦闘可能騎士団員は七名! さらに一般兵士三十名が待機しています!」


「王家乗用動物調教師を代表して報告! 戦闘に使えるドゥーは一匹、伝令に使えるドゥーは五匹生存しています! 大変危険ですが、原種のドゥー二匹も生存!」


「王家の忠臣として意見致します! 今この場で一度でも剣を抜けば、スノーバはコフィン王家を、あるいはコフィン人それ自体を皆殺しにするでしょう! 自分達の切り札である神を脅かした者を許すほど敵は寛大ではありません!

 戦いを選ぶなら滅亡を賭けるお覚悟を!」


 誰もが己の持てる情報と知恵を、そのままルキナに伝える。


 己の都合を押し通す口調ではない。王女が決断を下すために、ただ必要な言葉だけを吐いていた。


「意見致します! 不死身の神が神喚び師の手を離れ制御不能になることなど魔王ダストの死後には二度とないでしょう! スノーバに牙を剥く好機があるとすれば今がその時です!

 具体的な戦法も策もない状況で戦争を挑むなど愚の骨頂! ましてこの国にいるスノーバ軍を倒しても、やつらの本国にはさらに多くの敵が控えている! 常識で考えればけして戦うべきではない!

 だが、しかし! すでにコフィン人の半数近くが敵に殺されている! 国王さえもです!!」


 最後にひざまずいた老齢の家臣が、ルキナに頭を垂れたまま叫ぶ。


「服従を選んでもさらに半数は太陽に殺されるでしょう! 我々は絶滅しないために子を産み、スノーバに飼われながら働くごく少数の奴隷民族となる! そんなものは断じて民に与えるべき未来ではない!

 王女様は魔王ダストに協力され、死をして民に不屈の魂を示された! ならばこの塵芥ちりあくたに等しい希望をつかむべきです! 魔王が神を殺すことを信じ彼に力を貸すことは、けして間違った判断ではありません!!」


「時間がありません! ルキナ様!」




 家臣達の言葉を聞き、ルキナは石畳に手をついて立ち上がろうとした。


 連日の晴天による疲弊ひへいか、死にかけたことへの恐怖か、魔物に運ばれた衝撃ゆえか分からないが、一瞬足に力が入らず倒れそうになる。


 即座に体を支えてくれるナギとガロルにしがみつきながら、ルキナはダストのはからいに憤ったことを、少し、恥じた。


 確かに自分があの場に留まったところで、有効な手立てを打てる道理もない。


 スノーバ人の目のない場所で、最後の決断をするための時間をダストは作ってくれたのだ。


 ――王都に迫る敵の、猛った獣のような声。おそらく暴れる神が響かせているのだろう、地鳴りのような破壊音。


 それらが自分達コフィン人の未来に聞こえるものであって良いはずがない。


 ルキナは家臣達に支えられながら、彼らの顔を強く見つめて、国の命運を決める言葉を発そうとした。



 瞬間。広場の方から突然青白い光が空に向かって放たれた。



 目を丸くするルキナが空を見上げると、さらに王都の外周から、同じ光の柱が次々と天を刺すように立ち上がる。


 何ごとかと戦慄せんりつするルキナ達の足元が、小刻みに震え出し……王都全体が、鳴動し始めた。

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