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六十五話 『灰と遺物 前編』

「生身の女の子って楽でいいよね。怖い目に遭って、戦わずに気絶しちゃってもかわいいねで済んじゃうんだから」


「あの……」


「でも守ってくれる人がいなかったら、そのまま殺されて終わりだよ。人外の前で意識を放り出すなんて馬鹿じゃないの。それとも自殺志願者?」


 硬い手のひらで張り倒されたほほが、じんじんと痛む。


 石碑のそばで座り込んだアッシュの周囲を、長くつながった背骨の尻尾をゆらしてそれ・・が歩き回る。


 あまりに人間的な口上。なめらかな少女の形をした人骨が、腕を組んで息のようなものを吐き出す。


 触れられて分かった。石室の中に突如現れたこの少女は、外見は真っ白な肌の生身に見えるが、その正体は人骨を極限まで磨き上げて組み合わせ、人間の姿に偽装した作り物なのだ。骨でできた人形と言ってもいい。


 表情を作り出す顔面も、よく見れば細かく砕かれた骨片が隙間なく継ぎ合わされている。


 骨の中に通った針金のようなものが、口を動かす時にわずかに光を反射した。


 頭には銀色の髪が生えているが、がさがさしていて得体の知れない臭いがする。たぶん、人工物だ。輝きに金属めいたものを感じる。



「ねえ……あなた、誰? その……」


 アッシュが言いながら、少女の腰に連結された、背骨でできた尻尾を目でたどる。


 ぎしぎしと音を立てる背骨の集合体は、まるで命綱のように、洞窟奥に座り込んでいる遺物の頭部につながっていた。


 無数の頭蓋骨が形作る巨大な顔面の、大きく開いた口の部分。その奥から、少女の尻尾は伸びてきている。


「…………『遺物』?」 


 自分を指さしながら訊くアッシュに、少女が頭一つ低い位置から、隙間を抜ける風のような声を返す。


「アド・ラド・ウェンティコ・カムクルクス」


「はい?」


「魔王ラヤケルスの娘の名前だよ。私は彼女の代わりに作られた死体人形。彼女自身になるはずだったラヤケルスの失敗作。あるいはあの遺物の、主人格。分かった?」


「……主人格?」


「その辺の話は魔王ダストが講釈してくれたでしょ。まさか覚えてないの? もしもーし入ってますかー」


 少女が真っ白な手で、アッシュの額をノックしてきた。


 未だ恐怖は残っているが、相手を小馬鹿にした不遜ふそんな仕草に、アッシュはむっとして額を押さえ、一歩退く。


「嫌な子だなあ……! 初対面の相手にすることじゃないでしょ!」


「初対面じゃないよ。ほら、やっぱり分かってない。入ってませんかー」


 さらに近づいて来て額をノックしようとする相手に、アッシュは首をのけぞらせながら「やめてよそれ!」と少女の手を腕で防ぐ。


 少女は背伸びをしながら「だからさあ」とアッシュの腕を両手でつかみ、顔を覗き込んできた。


「ラヤケルスが死んだ娘の蘇生を試みて、何体か失敗作を作ったって話は聞いたでしょ。彼の目的は娘を含む親しい人全員の蘇生だったけど、一番固執していたのが愛娘だったって話ね。

 最初に甦らせる死者に娘を選んだ。だから死者復活の魔術を完成させる過程で、娘の偽者を何人も生み出した」


「……そのうちの一人があなたなんでしょ」


「そ。そして魔術の効果を増強するラヤケルスの環を開発した後で作った最大の失敗作が、ラヤケルスの『遺物』ってわけよ。

 ひどい事故だった。ラヤケルスが冒涜してきた屍のすべてが、真円の理に応えて集い、絡み合い、溶け合い、混ざり合い……一個の怪物として甦った。強すぎる魔術の効果を、ラヤケルス自身が制御できなかったのよ。

 ただひたすらに醜く強い存在として甦った屍を見て、ラヤケルスは屍ではなく魂に作用する魔術を追求すべきだったと気づくわけだけど」


 少女の首がごきっと音を立て、ずるりと伸びて、アッシュに顔を近づけてきた。おぞましさに短く悲鳴を上げたアッシュが、少女の腕を振り払って石碑の方に逃げる。


 少女がけらけらと笑って、自分の頭を叩いて伸びた首を戻しながら言葉を続けた。


「その時、ラヤケルスの失敗作の中で一番『意志』に近いモノを持っていた私が遺物の『脳』になったってわけ。つまり遺物を構成する他の屍は、みんな意志がないのね。魔術の求めに応じて動いたり喋ったりするだけの物体よ。

 私だけが自立して、ものを考えることができる。私があの巨大な遺物を動かしているのよ」


「……あっちの大きな骨の塊には意志がなくて……あなたにはある……あなたが、遺物の本体ってこと?」


「そういうこと。だからアッシュちゃんとは初対面じゃないわけ。私は一個の死体人形であると同時に、遺物そのものでもある。

 このことはダストも知らないんだよ。話してないから」


 おそらく遺物の口の中から出てきたのだろう少女の、あまりにも突飛な話。


 はいそうですかとすんなり納得するのは魔術にうといアッシュには困難だったが、そういえば遺物の『鳴き声』は、かすれた少女の声のようだった。


 恐ろしい白骨の怪物たる遺物。その『中身』の妙な人間臭さ、憎たらしさに戸惑いながら、アッシュはひんやりとした石碑に片手を預けつつ、問いをほうる。


「その遺物の中身の人がなんで出て来たの? 遺物って、ダストの魔術に操られてるんじゃなかったっけ。勝手に動き回っていいの?」


「はいはい、仰るとおり魔王ダスト様の命はしかとうけたまわっておりますともよ。

 彼が夜までに帰ってこなかったら、アッシュちゃんを一人きりで国境の外に放り出すことになっておりますねー」


 にんまりと笑う異形の少女の前で、アッシュの表情が、氷のように硬直した。


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