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六十一話 『刑場へ』

 玉座の間の扉が開かれ、冒険者達が入って来る。


 疲労の色濃い顔で、それでも直立して敵を睨むルキナに、薄布を全身に巻いた曲剣の冒険者が手にしていたドレスを投げつけた。


「さあさあ、楽しい滅びのお祭りだよ。純白のドレスを着て不幸と結婚しな、王女様」


「……」


「将軍達はとっくに広場に御到着なさってる。花嫁の付き人はこの、未来のスノーバ三傑の一柱、サリダが務めさせてもらうよ」


 受け止めたドレスを見つめていたルキナが、じろりとサリダを睨む。


 腕を組んで口角をつり上げる相手に、低く問うた。


「長剣の女幹部はどうした。昨日も姿が見えなかった」


「どうした? どうしただって? ハハハ……どうしたと思う?」


 手の甲を口元に当てて笑うサリダが、しかし直後に「お前に関係あるかよ」と目を吊り上げた。


「家畜がスノーバ人様に対等の口を利いてんじゃねえぞ。とっとと着替えろ! 雌犬ッ!」


 唾を飛ばしてくる相手から顔を背けながら、ルキナは小さくため息をつき、手元のドレスに再度目を落とした。


 闘技場で着せられたのと大差ない、露出の多い下品なドレスだ。二の腕と胸元、腹と腿の位置が開いていて、布自体が子供にも引きちぎれそうな、やわな素材でできている。


 無言で服を脱ぎ始めるルキナに、ナギがカーテンを抱えて寄って来る。


 ガロルや他の家臣達と協力してルキナの姿をカーテンで覆い隠す様子に、サリダが鼻を鳴らして吐き捨てるように言った。


「国ごとスノーバの奴隷になるってのに、まだ尊厳が必要かい。あたしらも臭い未開人の裸になんか興味はないんだけどね」


 コフィン人達は、燃え上がるような殺気を放ちながらもサリダに向かって口を開こうとはしなかった。


 ただ沈黙の内に、王女のそばを固める彼らに、サリダが肩をすくめて「犬というより羊か」と続ける。


「牙を持たないから、もそもそ固まって身を寄せ合うしかない羊ちゃん。でもリーダーがやられればメエメエ鳴いて、ちりぢりに逃げ出しちゃう。臆病で、貧相で……」


「我々が羊なら」


 カーテンの向こうで、ドレスに腕を通すルキナがつぶやくように言った。


「お前達は何だ? ……狼か? スノーバの国旗に描かれたような、牙を持つ獣か」


「あるいは虎か、獅子ししか。あんた達獅子を知ってる? 全ての獣の中で最も気高い、最強の猛獣さ」


「その獅子は、牙が折れても戦えるのか」


 サリダが、眉間にしわを寄せて首を傾ける。


「鋭い爪があるからね」


「爪が折れたらどうなる」


「……群の仲間が戦うさ」


「仲間が死んだらどうなる」


「おい、てめえッ」


 声を荒げたサリダの前で、さっとカーテンが開いてルキナが出てきた。純白のドレスに身を包んだ王女は、女冒険者に視線も向けずに扉へと歩き出す。


「諦めて、死を待つのか。それが自然の理か。そうなったら、最強の名もむなしいだけだな」


「……なんだ、こいつ」


 他の冒険者と顔を見合わせるサリダの前に、ガロルが進み出る。


 血走った目で敵を見下ろす彼が、殺気を押し殺した低い声で言った。


「我ら家臣も、当然ルキナ様に同行して良いのだろうな」


「壇上には上がらせない。民衆と一緒に下から王女の泣き顔を拝みな。……妙なことをしたら、焼印だけじゃ済まなくなるぜ」


 サリダが、ガロルの腰に差した短剣の柄を指でついた。ねばつくような笑みを浮かべると、くるりときびすを返してルキナを追う。


 ガロル達は冒険者達に刃を向けられながら、さらにその後に続いた。扉の外に出れば、廊下の窓は一つ残らず叩き割られていて、日光が城内に容赦なく注がれている。




 廊下を進むルキナの顔を、サリダが覗き込んでくる。


 明らかな挑発の仕草にやはり視線もくれずに、ルキナは静かに声だけを放つ。


「ユークがスノーバを制圧した時、お前達冒険者は彼の側についたそうだな」


「ああ、そうだけど」


「お前は、スノーバが侵略、吸収した、敗戦国民の血筋なのか」


 サリダが片眉を上げ、けげんそうな顔で答える。


「あたしの先祖は元々スノーバの人間さ。多少よその血が混じったかも知れねえけど、詳しいことは知らない。っていうか対等の口利くなって言ったよな?」


「ほぼ純血のスノーバ人が、何故ユークについて皇帝を殺すのに加担した。国が乗っ取られ、改造されていくのに何も感じなかったのか」


 じろりと視線をくれるルキナへ、サリダは自分の耳の穴をいじりながら「別に」と首を傾ける。


「総長レオサンドラが、救世主ユークに手を貸せって言ったから。みんなが騒いで熱狂して、楽しそうだったからあたしも混じっただけさ。皇帝は偉いヤツだけど特に恩義もないし。

 国が変わるのも、みんなが良いことだって言ってたから深刻に考えたことはないね。実際スノーバは強くなったし」


「数え切れぬほどの人間が神に殺されたのに、気にもしなかったか」


「別に。毎日世界のどこかで戦争が起きて人が死んでた。革命で同じスノーバ人が処刑されたって言っても、それは新政府を作るのに必要な犠牲だったって言うし……実際新政府ができた後、スノーバは勝者側に立ち続けた。

 敗戦国にならなかったってのは最高に幸福な結果だろ。やっぱりユーク将軍はすげえって以外に、どんな感想を持てってんだよ」


「……」


「お前、くだらねえこと言ってると壇上で蹴り入れてドレスひん剥くぞ。黙って歩けブタ女」


 犬だの豚だの口汚くののしるサリダから視線を外し、ルキナは小さく「哀れだ」とつぶやいた。


 聞き取れなかったらしいサリダが「ああ?」と凄むのを無視して、廊下の先の階段を降りる。


 城中のそこかしこに立つ冒険者達が、ルキナを軽蔑や好奇や、あざけりの目で見る。


 サリダと家臣達を引き連れて、ルキナは生まれ育った王城の景色を目に焼きつけ、深く空気を吸い込んだ。


 これより、何が起こるか、どんな結果が待ち受けているのか、分からない。


 だがせめて正しい行動を。亡き父が、母が誇りに思ってくれるような振る舞いをしよう。


 そう胸中でつぶやいたルキナは、やがて開け放たれた大扉から城の外へと出て、城門へ向かう。


 門番の代わりに立っていた勇者マキトと、レオサンドラが、ドレス姿のルキナにそれぞれの笑顔を向けた。


 おぞましい、いまわしい笑顔。


 城門が開かれ、モルグと英雄の死がさらされた広場が視界に飛び込んでくる。


 遠巻きに居並んだ、王都のコフィン人達。冒険者達に武器を向けられた彼らの前には、見物に押しかけたスノーバの都の住人達がひしめいている。


 広場の中央には石の壇と、燃え盛る炎に熱せられた、焼印の差し込まれた鉄柱。


 ユークとマリエラが、鉄柱のそばに置かれた椅子に座り、ルキナを見ていた。



「……父上、母上」


 どうか、勇気を。


 目をつむってつぶやいたルキナが、罵声と嘲笑の中、刑場へと足を踏み出した。

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