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五十八話 『エサ』

 太陽が地平線に沈む直前、世界を染める茜色あかねいろの光を裂いて、数百の人影がコフィンの王都になだれ込んだ。


 剣や槍を抜き身で握った冒険者達の群は、スノーバの国旗を掲げて石畳を駆け進み、逃げる民やまどう兵士に罵声をぶつけながら王城へと到達する。


 モルグの首と英雄達の遺品が並ぶ広場に満ちるスノーバ人。


 その先頭に白馬にまたがったユークが躍り出て、コフィン王女ルキナの名を叫んだ。


「出て来い姫騎士ッ! 五十数えるうちに現れなければ門番を殺して城門を破壊するぞッ!!」


 マキトとマリエラ、さらにレオサンドラに囲まれてカウントダウンを始めるユーク。


 三十を過ぎたところで城内から騎士団とガロルが飛び出し、その後方から麻服に短剣をつかんだルキナが走って来た。


「……何のつもりだ! 水の輸入の返事をする期限は未だきてないはずだぞ!」


「水の輸入!? そんなものはどうでもいい! 雌犬が! よくもこのユーク将軍をこけにしてくれたな!!」


 口を引き結んで睨みをくれるルキナに、ユークが自分の怒気におびえる白馬のたてがみをつかみながら怒鳴る。


「魔王は我が城に現れ、私とマキト、マリエラに危害を加えた! 即ちスノーバの戦力そのものをそぎ落とそうとしたのだ! ……姫騎士! 貴様は魔王の正体を知っているな! 魔王に幼少の頃より教えを受けていたことを黙っていただろう!」


「……」


「このライデ・ハルバトスが全てを明かした! 最早言い逃れはできん!!」


 ユークの背後から現れる騎士団副長の姿に、コフィン人達は息を呑み、あるいはやはりという表情で歯ぎしりした。


 ルキナの反応は前者だったが、ハルバトスが数歩自分に近づくとすぐさま目を吊り上げて「寄るな!」と鋭く命じた。


「ハルバトス! 騎士の宣誓を破ったな……!」


「いかにも。ガロル戦士団長が父を殺し元老院を制圧した際、あえて議員達の行動を否定したのも、あなたに永遠の忠を誓ってみせたのも、全てはこの日のための演技。

 お気に入りのガロルが私の言動によってその独断専行を責められずに済んだあなたは、生来のお人よしな性格からやすやすと私を信用した」


 そんなザマで、よくも国を背負おうとしたものだ。


 低くつぶやくハルバトスに、コフィン王家の家臣達が口々に罵詈雑言を浴びせる。だがすぐにユークが回帰の剣を抜き放ち「やかましい!!」と恫喝した。


「黙って支配されていればよいものを、こざかしい未開人どもが! 魔王に協力していたことが判明した以上、貴様らを正当な植民地民としては扱わん! 滅ぼされたくなくば魔王の討伐に無条件で協力しろ!」


「笑わせるな! 今まで散々不当な扱いをしてきたくせに!」


 声を上げたケウレネスに、ユークが回帰の剣を握る方とは逆の手でそばにいた冒険者の槍をつかみ、投擲とうてきする。


 まっすぐに向かって来る槍の穂先ほさきに目を剥くケウレネスを、ガロルがとっさに突き飛ばした。二人の体をかすめ、地面に突き刺さる槍。


 かっと怒りの表情を浮かべるルキナへ、ユークがさらに苛烈かれつな顔で声を飛ばす。


「魔王の弟と女がいると聞いた! そいつらを今すぐ差し出せ! これは交渉でも要請でもない、命令だ! 逆らえばこの場の全員を殺す!!」


「馬鹿な、この国の人間を奴隷化したいお前がそんなことをするものか! 王家の屈服をコフィンの民の精神支配に利用したいから、今までこんな回りくどいまねをしてきたのではないのか!」


 ルキナが、モルグの首と英雄達の遺品を指さす。


 だがユークは回帰の剣をルキナに向けながら激しく首を振った。


「フクロウの騎士も狩人も、モルグも、スノーバをおびやかすほどの敵ではなかった。いずれも神の前には無力な存在だった。

 だが魔王は違う! やつの魔術は神をもおびやかす! ならばこの国の支配よりも魔王の殺害を優先しなければならない! ルキナ! 何度も言わせるな! 魔王の身内を差し出せ!!」


「……! そ、そんな者はここには……」


「ハルバトス!!」


 ユークが叫ぶと、ハルバトスがじっとケウレネスを見つめる。

 とっさにケウレネスを自分の体で隠すガロルと兵士達。

 だがハルバトスは、そちらへつかつかと歩いて行く。


 ルキナが鞘入りの短剣でその進路をふさごうとした瞬間、コフィン人達の中からひとつの人影が飛び出し、ハルバトスの頬を平手で打った。


 響く乾いた音。


 無言のハルバトスが視線を向けた相手は、顔を真っ赤に紅潮させた、ナギだった。


「――恥ずかしくないの? 親子で王家を裏切って、どの面下げてコフィンの土の上に立ってんのよ!!」


「……王家を愛さなければ、コフィンで生きる資格がないとでも?」


 ハルバトスが、うっすらと笑った。その手が、指が、ナギの顔をまっすぐに指さした。


「魔王の女です。見晴らしの良い場所でギロチンにかけておけば、必ず魔王が助けに来る」


 歯を剥いたナギがもう一発平手を繰り出そうとするのを、ルキナが彼女とハルバトスの間に割って入って止めた。


 至近からハルバトスを睨むルキナが、視線はそのままにユークへ声を飛ばす。


「条件を飲む」


「……あん?」


「焼印を押す。家畜の印を、民の前で受け入れる」


 ユークがゆっくりと目を丸くする間、ナギやガロルや、ケウレネス、王家の家臣達が口々に叫びを上げた。


 怒涛どとうのような制止と嘆きの声の中、ルキナはハルバトスを押しのけ、ユークへ目を向けた。


「魔王は、私の教育係だ。王家の忠実なる僕だ。だから私が水の輸入を迫られ、恫喝されていた時に助け舟を出すように現れた……魔王は王家を継ぐ立場にある私を誰よりも優先する。身内よりも、恋人よりもだ」


「…………ほう」


「私が危機にあれば魔王はやって来る。お前達は私に焼印を押させ、さらに魔王を倒すことができる。

 ……だから……『エサ』の役は、私が最も適任だ」


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