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五十五話 『霊魂と幻』

 祭壇の穴を、ミミズクの影が降りてくる。ヤモリの影を爪につかまえて、まるで死神の使いのような恐ろしいシルエットで、光の中を舞い降りる。


 やがて底につくと、ミミズクとヤモリは砂場の中に倒れているダストのそばに降り立った。


 目をしきりにごろごろと動かしているダストの体を、彼を見守っていたアッシュが揺する。


「ダスト、着いたよ。ダストってば」


「…………ぁっ」


 びん、とダストの両足が砂から持ち上がり、突っ張る。


 あくびのような悲鳴のようなか細い声を上げるダストの横で、ミミズクとヤモリが音もなく動き出す。


 ミミズクは首をぐるぐる回しながら再び光の柱を上昇して行き、ヤモリは砂の中に潜って行った。ダストの魔術支配が解けたのだ。


「あ……足がつった……!」


「もう! ほら、ゆっくり伸ばして。深呼吸深呼吸」


「やはり二体以上を同時に操るのは無茶だったか……頭がガンガンする……」


「途中何度起こそうと思ったか分かんないよ。手足がびくびくケイレンするし、時々左右の目が別々の方を向いてたし、喋ってる台詞はめちゃくちゃだし」


 宝石の反射鏡に跳ね返る光のしぶきに手をかざしながら、ダストが胸を上下させて呼吸を繰り返す。


 ゆっくりとつった足をのばし、仰向けの姿勢のままアッシュの顔を見上げた。


「スノーバの都と、コフィンの王城に別々に使い魔を送っていたんだ。左右の視覚聴覚を別々にミミズクとヤモリに移していたから、もう感覚がこんがらがって」


「他者の目や耳を通して、相手が見たこと、聞いたことを体験する魔術、だっけ。便利なようでけっこう大変そうだね」


「元々感覚という、自分の生物としての能力を他者に分け与える術だからな。視覚聴覚、嗅覚触覚、その他あらゆる感覚……自分が確かに生きているという証拠、実感を死者に与えることで、命の移植ができるのではないかという仮説のもとに開発された魔術だよ」


「……自分の命をあげちゃう術か……ラヤケルスも試したんだろうね」


 ダストが、アッシュの腕をつかんでゆっくりと半身を起こす。

 ダストの肩に手をそえてそれを手伝うアッシュが、ちらりと洞窟の奥を見た。


 ラヤケルスの遺物は、時々体にうぶげのように生えている長い骨の手を伸ばしては、祭壇から降り注ぐ光の柱に手の平をかざしている。


 まるで陽の暖かさを楽しむようなその仕草は、さながら骨の手に温度を感じる力が備わっているかのようだった。


「ラヤケルスは、考え得る全ての方法を試したよ。命の再生、移植、果ては創造にまで手を出そうとした。その集大成があの遺物だ」


「……そういえば」


 ぽつりと言ったアッシュが、ダストを静かに見る。「ん?」と外套の砂を叩き落としながらダストが首を傾げると、アッシュは遠慮がちに問いかけた。


「ダストはさ……飢饉で滅びた故郷の人達を、その棺を、ここに運び込んだんだよね」


「そうだよ」


「でも、今はないよね……棺。一個も。……どこにやったの?」


「埋めたよ。故郷の土に」


 あっさりと答えるダストに、アッシュは目をまたたかせて「あ、そうなんだ」と意味もなく笑みを浮かべた。てっきり遺物と同じように、何かおぞましい姿に変わってしまったのかと思ったのだ。


 だがダストはそんなアッシュに横目を向けつつ、にこりともせずに続ける。


「俺の研究は屍ではなく魂の再生を目的としていたから、屍はあくまで魔術を開発するための材料に過ぎなかった。

 国王に追放されるまで……というより、親父が俺の身代わりに死んで、俺が自分のエゴに気づいて故郷の人々の蘇生を断念するまで、屍達はさんざ俺の魔術の実験台になっていたんだ」


「じ、実験台?」


「死者の魂の居場所を知るために、白骨から魂を取り出す術とか、そこらを浮遊している魂を屍に宿らせる術とかを便宜的に作って試していた。もちろんほとんどろくに成功しなかったがな。

 事故でわけのわからんものに取り付かれてしまった屍もあった。結局全て骨粉にして、本来埋葬すべき場所に帰したよ。だから屍を入れた棺は、もうここにはない」


 本当に悪いことをした。そうため息をつくダストに、アッシュは唇に手をそえながら目を細める。


 ……ほとんど・・・・成功しなかった。と、いうことは……


「そういえばダスト、王様に『自分の魔術は死者の霊魂らしきものを捉えかけている』って言ったんだよね。で、自分が処刑される瞬間にお母さんの魂を呼び寄せようとしてたんだよね。

 ひょっとして、本当に死んだ人と会う方法を見つけて……」


「結局ラヤケルスと同じ壁にぶち当たる」


 ダストが不意にアッシュの肩を抱き、顔を寄せてきた。


 ひそひそ話をするように、ダストが眉根を寄せて、人さし指を立てながら言う。


「俺は俺流の魔術を開発し、確かに死者の魂らしきものを呼び出すことに成功した。それは青白い影のようなもので、生前の死者と同じ姿格好をしていた。世の多くの人々が夢想する、いわゆる幽霊のような存在だ」


「ええっ、本当!?」


「でもそれが確かに死者の魂だという証拠はどこにもないと、後で気づいた。『死者の魂よ姿を現せ』とかなんとか呪文を唱えるわけだが、そもそも魂が実在するかどうかも分からんのだ。

 俺が思う魂とは、死んだ人の記憶と人格を備えたものであり、生きていたその人本人の中身だ。心と言っても良い。しかし心は確かに存在するが、目に見えない。肉体のどの箇所、どの臓器が心に当たるのか判別することはできないのだ」


 ダストお得意の、アッシュの頭では理解しきれないややこしい講釈が始まった。


 あからさまに困った顔をするアッシュの鼻を指で押しながら、ダストは「つまり」と目を細める。


「俺や君の心、意識というものは確かに存在するが、客観的に存在を証明することができないわけだ。目に見えず、手にも触れられない心や意識、命、魂というものが、俺達の存在の核、そして全てなんだ」


「……まあ、確かに私の心を触ったり、つかんだりすることはできないけど」


「だからこそ、肉体が死んだ後の魂の行方が議論される。魂の死骸は視認できないからだ。つまり俺は、魂というものを正しく理解していない。ただ何となく肉体とは別に存在する、あわいもやのような、幽霊のような何かだとしか考えていない。

 ならば、俺の魔術は本当に死者の魂を呼び出したのかも知れないし、あるいは光の加減や何かをいじくって俺の想像する『魂っぽいもの』を再現した……つまり、単なる幻を作っただけかも知れないんだな」


 魔術というのは、心底理屈っぽくて好きになれないと、アッシュは腕を組んでうめいた。


 つまり魂よ姿を現せ、という呪文は、ダストが『俺の考える魂の姿を表せ』と人の視覚に訴える何かに命じているという可能性もあると。そういうわけか。


 確かにラヤケルスが自分が甦らせた屍に対して、それが死者本人なのか、自分の願望を具現化した操り人形なのかと悩んだ経緯に似ている。


 望みどおりの結果を得ても、その結果の正体に悩む魔王達の姿に、アッシュは自然と深いため息をついていた。


 死者の蘇生には、一片の欺瞞ぎまんも許されない。甦ったのが失われた死者本人であるという、証拠が不可欠なのだ。さもなくば一切意味がない。


 ダストがアッシュの肩を放してゆっくりと立ち上がり、「さて」と洞窟の奥を見た。


「この話はもういいだろう。食事をとって、少し眠ろう」


「えっ、眠るって……確か話じゃ、今日明日が神喚び師の喉が治る期限だったんじゃ」


 洞窟には、アッシュの抵抗もむなしく家にあったほぼ全ての食料と、草のベッドを初めとする家具が運び込まれていた。


 ダストはアッシュに視線を戻し、わずかに首を傾けて言う。


「仕込める策は全て仕込んだ。あとは王女達がやってくれる……緊急事態が起こったら、城の屋上にコフィンの旗を二本立てるように言っておいた。休息をとることも戦いだ」


 アッシュは差し出されるダストの手を取り、立ち上がる。


 それからじっとダストの顔を見て、苦労して笑みを浮かべて、訊いた。


「今の時点で、私にできることって……ない……よね……」


「いや、あるよ。俺が出かけたら、信じて待っていてくれ。それだけで強くなれる」

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