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五十話 『作戦会議』

「しかし、よくスノーバ兵の詰めている国境を越えられたものですね。高い壁を登り損ねれば寄ってたかって八つ裂きにされていたものを……それともその『鳥』は、空を飛べるのですか?」


 使者の杯に清水を注ぎながら訊くケウレネスに、使者は己の鳥に横目を向けながら首を振った。


「この鳥はロードランナー……別名ミチバシリと言って、地を走ることに特化した鳥類だ。この巨体で、馬よりも速い。だがその代償に空を飛ぶ能力は退化しておる。せいぜい自分の背丈の倍程度しか飛び上がれん」


 清水を一口すすった使者が、一同を見回しながら急に声をひそめ、言った。


「自分は鳥にまたがり、一気に国境に駆け寄り、スノーバの兵士の剣を防ぎながら石壁を登りきった。鳥は鋭い爪を壁に突き立て、一度も滑り落ちることなく壁の反対側へ飛んだ。……そして、そのまま兵士の追撃を振り切ってここまで来たわけだが……ルキナ殿」


「何か?」


「スノーバの軍団を指揮しているのは、いったいどんなボンクラなのだ?」


 目をみはるルキナに、使者は肩をすくめて、何故か腹立たしげに続ける。


「兵士どもは見知らぬ男に国境を越えられたというのに、国境からある程度奥へ入られると急に追撃をやめ、のこのこ警備に戻ってしまったのだ。

 信じられん怠慢たいまんだ。自分が指揮官なら連中の顔を歯が折れるまで殴っているぞ」


「……ああ……そう言えばダストが言っていたな……末端の兵士はおおまかな命令に従っているだけで、細かい仕事はできないと……」


 ダストの名前が出たとたん、使者が杯で己の額をコンッと叩き「ダスト! あの賢者か!」と嬉しそうな顔をした。


「セパルカの女房達よりも細くやわ・・な男女! それでいてかつての戦争で、こしゃくな策や奇抜な兵の動かし方で我々を翻弄ほんろうした武を持たぬ敵! 強靭きょうじんなセパルカ人には生まれ得ぬ、ヘンテコな強敵!」


「……セパルカでは彼はそういう評価を受けているのか……」


「懐かしいな! あの男は今はどうしておるのだ!? 噂では魔王と呼ばれているそうだが、ところで魔王とは何だ? そちらの国王と何が違うのか? もちろん国王の方がえらいのだろう?」


 まるで子供のように無邪気な質問を重ねる使者に、ガロルが咳払いをして、横から口を挟む。


「ダストは、今もコフィン王家の剣の一人です。スノーバに対抗する秘策を考え、現在別行動を取っています」


「そうか! あの男が戦うのならまた面白い光景が見られるのだろうな! あれは我が兵団がコフィンの草原に初めて侵攻した時、草を巻き上げて突撃する我々を真正面からルガッサ王の軍が迎え撃ち、鉄と肉がぶつかり合い、混戦状態となった折、突然地平線の向こうから蛇のような動きでコフィンの別働隊が……」


「使者殿」


 ルキナが短く声を挟むと、使者が笑顔のまま首を傾げる。


 ルキナは自分の清水をごくりごくりと飲み下し、額に吹き出た汗をぬぐう。


「あなたは命がけの越境の後にもかかわらず、気力に満ちあふれている。私と比べ、汗もほとんどかいていない……同じ日差しの弱い国に生まれたとはいえ、セパルカには岩山の底を流れる熱湯の川、温泉の水脈という熱源がある。

 あなたがたは子供の頃からすような岩山の内で戦士の訓練を行い、熱気に対する強い耐性を身につけておられるとか」


「左様、町に火矢をち込まれ辺りが火の海になっても、戦意を持ち続けるための訓練にて」


「コフィン人には熱、日差しに対する耐性がない。それを身につける手段がなかったのだ。今……この国の人間は、あなたが感じている以上の暑さに、魂をかき消されかけている」


 使者が、厳しい表情を浮かべて、低くうなった。


 自分の杯の水面を見つめながら、わずかに首を傾ける。


「時間がない……ということか」


「空に雲がなくなってから、昼間は常に太陽の光が地上を照らしている。草原は次第にしなび始め、生き物は次々と死滅している。王都では日陰を作り、水を民に十分に供給しているが……水源がやがて枯渇することを見込んで、スノーバが水の輸出を提案してきているのだ」


「水の代わりに何を奪おうと?」


 流石に察しの良い使者の言葉に、ルキナが息を吐き出しながら「この私だ」と答える。


 顔をゆがめる使者に、ケウレネスが清水の水差しを持ったまま首を振る。


「ルキナ様が民衆の前で自ら家畜の焼印を押し、スノーバに服従を誓うことが水を輸出する条件だと。しかも三日以内……いえ、もう二日しかありませんが……提示された期限中に返事をしなければ、さらに悪い条件を出すと脅してきているのです」


「ずいぶん強引だな。もはやコフィンは落としたと踏んでいるのか」


「そこにきて、我が兄ダストが魔王の力でもってスノーバの将軍に宣戦布告をしたのです。兄は、スノーバの強さの秘密を知っています。それを将軍に話してみせ、揺さぶりをかけたのです」


 眉根を寄せる使者が「強さの秘密?」と繰り返すと、ルキナが清水を飲み干し、言葉を引き継いだ。


「スノーバの軍勢と、神の秘密だ。後で詳しくお話しするが……とにかく事態は急展開を迎えている。どう転んでも、運命が決する時は近いということだ。全てにおいて、猶予ゆうよがない」


「ふむ……せっかく国境を越えてきたのだ、自分もあなたがたと共に戦う所存だが……単に剣を振るうより、お役に立てることがあるのかな」


「あなたはこの国で、おそらく最も機敏きびんに動ける、元気な人だ。スノーバ兵を振り切れるほどの乗用動物も連れている。そこを見込んで……」



『よもや、俺を捜させるつもりではないでしょうね』



 話に突然割り込んできた声に、室内の全員が入り口わきの壁を見た。


 壁面に、ほとんど崩れかけた、背中から頭までしかないヤモリの骨が張り付いている。黒い影をまとったその怪異に、ガロルが「ダストか!?」と声を上げた。


「こいつ……確か操るモノの目や耳を通して情報を得られたはず……盗み聞きしていたのか」


『久しいな、ガロル。昔は気の毒なほど小さかったのにずいぶんデカくなった。何を食ったらそんな熊みたいな体になれるんだ?』


「皆と同じものだ!」


 鼻息を噴いて怒鳴るガロルの横をすりぬけ、ルキナとナギがヤモリの骨に駆け寄る。

 ケウレネスと使者も、そして必然的に鳥も壁へと集まった。


 同時に喋ろうとするみなを制するように、ヤモリが壁を音もなく這い上がり、天井に前足をつく。


『積もる話もあるだろうが、今は最も重大な議題を優先しよう。スノーバ軍だが、今現在兵士達は神喚び師の支配からほとんど解かれている。俺が神喚び師の喉を焼いたから、命令が遮断されているんだ』


「神喚び師を倒したの!?」


『倒したわけじゃない、一日か二日、口を利けなくさせただけだよ。

 ナギ、綺麗になったな』


 こんな時に何を、と鼻面を赤くするナギの横で、ルキナが両手を差し出しながら問う。


「やはり一人で将軍達に挑んだのか! 兵団が神喚び師と分断されたなら、兵団に何かしても将軍達には分からないということか、ダスト?」


『その通り。この機会は貴重ですよ、ルキナ様。神喚び師が倒れている間にできることはいくらでもある……この期間にどんな作業をするか、何を仕込むか。それを決めるのは、俺とあなただ。

 お互いに最良の選択をしましょう』


 ヤモリが『作戦会議だ』と低く声を響かせ、その眼窩の青い火を小さく燃え上がらせた。

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