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四十八話 『闘争へ』

「あの時の俺は、正直冷静さを欠いていたのだと、今になって思う。死者との再会……釈明しゃくめい、贖罪。望み得ぬそれを実現させる可能性を秘めた魔王の碑文を前に、俺は焦り、興奮し、狂気に取り付かれていた。

 だから大恩ある陛下やルキナ様に、あんな酷いことを……」


 ダストは魔王の石碑にもたれ、地面に腰を下ろしながらうなだれた。


 言葉の見つからぬアッシュに、ダストは自分の膝を抱えながら、続ける。


「俺は国王自らの手で告発され、民衆に罪人として自分の所業を告白した。衆目の前で魔術を使い、屍を動かし、これこそが魔王ラヤケルスの秘術だと説明した。

 元老院は俺を第二の魔王と呼び、同僚達も半数が俺の浅はかさに失望し、極刑もやむなしと言った。……ただ……」


「……ただ?」


「……民衆は、俺に罵声ばせいを浴びせなかった。二、三度石が飛んできたが、民衆のほとんどは……ただ、じっと俺を見ていた。誰も俺を、魔王とは呼ばなかった。王城の人々も……半分は俺のために、助命嘆願をしてくれていたらしい」


 アッシュは浮かべるべき表情を探しながら、ダストに少しばかり明るく声を放った。


「みんな、ダストがしてきたことを分かってたんだよ。飢饉を救ったんだもん。王様の家来達だって……魔王の魔術を使ったくらいじゃ、ダストを見捨てられなかったんだよ」


「俺は、そんな彼らの心を裏切ったんだ。自分の罪をつぐなうために、自分の都合だけで死者の蘇生という禁忌に手を出し、国王に無礼を働いた」


「……でもさ……ダストは」


「みんなの気持ちを踏みにじり、涙を無視して、俺は、処刑の直前まで見苦しくあがこうとしていた。改良したラヤケルスの魔術を、ギロチンにかけられる瞬間に試そうとしていたんだ」


 アッシュが眉根を寄せると、ダストは胎児のように身を縮ませて、自分の膝に顔を埋める。


「屍に関わる魔術を使うには、術者が自ら血を流す必要がある。理由は分からない。死をつかさどる神が人の血を好むのか、それとも血液それ自体に何かを呼び寄せる力があるのか……とにかく、術者の流血こそがラヤケルスの魔術の前提だ。

 そして流れる血の量が多ければ多いほど、より強い魔術の効果を期待できる」


「まさか」


「首の切断、術者の死亡。それは魔術使いの生涯で最大の、大魔術のいしずえとなる。命と引き換えの魔術で、俺は最期に、母を甦らせようと思っていた。媒体は俺自身の屍だ。なんとかして首を落とされた俺の屍に、母の魂を宿らせようとした。

 屍は、処刑後教会に安置されるから夜陰にまぎれて逃げ出せる。肉体の損傷は影で補えばいい」


 アッシュは思わず「そんなのひどいよ!」と叫んでいた。

 ダストが髪を揺らしながら、静かにうなずく。


「ああ、ひどい。首のない体に生まれ変わらせられて、母が幸せになれるはずもない。肉体も腐っていくしな。どうかしていた。俺はまったく、狂っていたんだ」


「そうじゃなくて! 家族にそんな形で命を渡されて、喜ぶ人がいると思う!? 首がついてたって同じだよ! 嬉しくなんかないよ!!」


 地下に響くアッシュの声に、ダストが、ゆっくりと顔を上げる。


 自分を睨むアッシュに、彼はす、と目を細めた。


「……俺は結局、自分の人生を歩いていなかったんだ。泣き叫ぶ母のために親父に復讐を誓い、その手段として王家を利用した。そして母と故郷を失えば、また彼女らのためと言って魔王の領域に足を踏み入れる……

 自分のために、自分の責任で生きていなかった。だから母へのつぐないも、こんな手前勝手な形で成そうとした。彼女に何かを差し出して、贖罪をした気になりたかっただけなのかも知れん。その後のことなど知らない、知らないだ」


「……」


「結局、自分が一番可愛い、体が大きいだけの、ガキだったんだ。全てを失って初めて、それに気づいた」


 ダストが自分の顔をこすり、深く息をついた。


 そうだ。ダストはギロチンでは死ななかった。刃が落ちる直前、彼がずっと憎み続けてきた父親が身代わりになった。


 死の瞬間に発動するはずの大魔術は、仇の死によって阻止されたのだ。


 ダストはアッシュから目をそらし、虚空を見つめながらそっと口を開く。


「俺も国王も、親父が俺の身代わりになった事実を受け入れられなかった。俺はその理由が理解できなかったし、国王は……たぶん、自分の判断が親父を殺したと思ったのだろう。何故、何故とひたすら大声で繰り返していた。

 …………処刑は中止され、色々な手続きがあって……数ヵ月後に、俺の王都追放が決まった。釈放された時、俺の頭の中には何もなかったよ。からっぽだった。これからどうすべきかなど分からなかった」


 ダストのまぶたが、ひくりと震えた。まるで泣くのをこらえているかのような、苦しげな形に眉が歪む。


「親しかった王城の人々に殴られ、抱きつかれ、別れを告げられ……最後に国王が、俺に言った。『好きにしろ』と。何故かすまなさそうな口調で」


 ダストのまぶたが、震えながら閉じる。


「『父の思いを忘れるな』とも言われた。……無茶だ。親父の思いなど分からない。俺をかばってくれたのは事実だ。だが何故だ? 一度は妻とともに捨てた息子だぞ。今更……俺は……」


「……」


「……一方的に『償われる』ことが……どれほど理不尽か…………理解した」


 ダストの膝が伸び、地面に投げ出された。うなだれるダストに、アッシュもうつむき、地面に膝をつく。


 ダストの指が、腰布のすそをつかんできた。まるで小さな子供のようなその仕草に、つい小さく笑ってしまう。


「気づいてる? ダストが、私にしようとしていることもさ……同じなんだよ。償いじゃないけど、残される辛さは、同じ」


「ああ。分かってる。……まったく、何一つ成長していないな……」


 ダストが、ほんの少し恥ずかしげに言った。


「愛すべき人々に、人生を謳歌おうかしてほしい。その気持ちは言ってみれば、欲望だ。俺は故郷の人々に対する欲望を満たすため、王城の仲間達をないがしろにした。俺の欲望が、彼らをどれほど傷つけたか……」


「そういう言い方もどうかと思うけど。何ていうか、不器用だよね、ほんと」


「……俺の望み……今、心から望んでいることはな……アッシュ」


 ダストが、アッシュの顔をそっと見つめる。


「みんなを傷つけて得た魔王の力で、今度こそ正しい償いをすることだ。真に相手の心を救う、償いがしたい。自己満足ではなく……生き残った人々が、笑顔で迎えられるような結末を、用意したいんだ」


「そのためには、まずあなたが生き残らなきゃ。困難でも、あきらめちゃだめ」


 ちょっと偉そうな言い方だったかな、と笑うアッシュの手を、ダストがそっとつかんだ。

 ……数秒、迷うような目つきをした後、ダストの唇がアッシュの手の甲に触れる。


 ぎょっとして身を硬直させるアッシュに、ダストは真剣な表情で言った。


「スノーバの侵略者達を、殲滅せんめつする。同時に君の身も、守り抜く。あらゆる困難を踏み潰して、必ず実現させる」


「あ、ああ……宣誓の口付けね。何かと思った」


「早速今から行動に移す。アッシュ、家から家具と食料を運ぶのを手伝え」


 ぐん、と立ち上がるダストの言葉に、一瞬あっけに取られる。


 家具? 食料? 運ぶ?


 やがてさぁーっと青ざめるアッシュが、石碑の向こうにいる遺物に視線を向けて引きつった声を上げる。


「ま、ま、まさか、私をここに押し込めようって言うんじゃ」


「遺物があそこにいるせいで分からないが、実は向こうの壁に人間用の身を隠す穴がある。ここで生活して、万一敵の足音が聞こえたらすぐ穴に入れ。後は遺物が敵を皆殺しにして逃げ道を開いてくれる。コフィンに残るなら、ここほど安全な場所はない」


 先に立ってもと来た道を歩き出すダストに、アッシュは「いやいやいやいや!」と手を振りながら追いすがった。


「生活って、一人ででしょ!? 怖いよ! あの遺物人間を花びらみたいにちぎってたじゃない!」


「君はちぎらないように言っとく」


「言っとくって! やだやだ! ダストと一緒がいい!」


「君と一緒だと俺が満足に戦えない。我が完璧なる闘争のために、君はここにいろ」


 アッシュは目を白黒させながら、決意に満ちた足取りで歩いて行くダストを必死に説得し続けた。

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