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四十二話 『祭壇の奥』

 空はどこまでも青く、無限に広がっている。


 ダストとアッシュが歩く草原は、早くも若い草がしなびて、枯れ始めていた。


 無風の大地。白く輝く太陽に、ゆっくりと焦がされる、コフィン。


 滅びの臭いが漂う景観の中を行きながら、ダストはまず、コフィンとスノーバの置かれている状況を改めてアッシュに説明した。


 コフィン王国の王女ルキナや、スノーバ軍の将軍ユークの人物としての説明に始まり、これまでの両国の動きや、神に関する諸々……魔王ラヤケルスと勇者ヒルノアの物語にいたるまで、簡単に、しかし要点を踏まえて語った。


 アッシュは話の内容に、ひたすら黙って耳を傾けた。にわかには信じがたい点もあったが、しょせん外国から来たアッシュに疑問を挟む余地はない。


 ただ、事実を理解することに努めた。


 やがて石の祭壇が眼前に近づいてくると、アッシュは自分達の後を追って来る動物の影達を振り返りながら、束ねた縄ばしごを肩にかけたダストに、ようやく口を開いた。


「あの石の祭壇ってさ、ダストが作ったんだよね」


「ああ。地下に埋まっていたラヤケルスの石室を見つけた後、祭壇で出入り口をふさいだんだ。当時はまだ俺は国王の腹心だったから、王城の建築家に石材をゆずってもらった。石室に入る時は、石材をいくつか取り除いて、縄を垂らして降りて行くんだ」


「祭壇の下には、確か……ラヤケルスの碑文があるんだよね。それと……例の、遺物も」


「前にも言ったが、遺物は無闇に人間を襲わない。特に俺とは一応、主従の契約を結んでいる……俺のそばにいれば危険はない」


 祭壇に着くと、ダストは縄ばしごを石の上に下ろし、固定し始めた。


 いつの間に修復したのか、冒険者三人を殺した時に吹き飛んだ石材は全てもとの位置にはめ直されている。


 縄ばしごの先端についた二つのフックを、石材と地面の間に深く突き込んだダストが、続いて祭壇中央に空いた穴に近づき、石材をナイフを使って外し始める。


 石材は側面に微妙な溝や凹凸おうとつがあり、それらが組み合わさって鍵のように固定されていた。


 広げた穴に縄ばしごを放り込むと、ダストがアッシュに向かって手招きをする。


「俺が先に降りるから、しっかりはしごをつかんでついて来い。底は砂がたまっているが、落ち方が悪ければ首が折れるぞ」


「わ、分かった……」


 縄ばしごを降りて行くダストに、深呼吸をして、気合を入れてから続く。

 はしごに足をつけ、穴に半身を入れると、祭壇の周囲にいる影達と目が合った。


 犬も、鹿も、ネズミも、空を飛べるミミズクさえも、じっと地面に立ってアッシュを見つめている。


「……またね」


 小さく笑みを向けて、アッシュは影達に片手を振った。そのまま、一歩一歩踏みしめるように、地下へ降りる。


 穴は予想以上に深く、暗い。縄ばしごの先には重りの鉄の玉がついていて、多少揺れが軽減されているとは言え、ふらふらと頼りない縄の感触がアッシュに心臓をしめつけるような恐怖を与える。


 必死に縄をつかまえて降りるアッシュに、ダストが下から声を上げた。


「腕をはしごにからめるようにして降りるんだ! 片方の腕は常にはしごについているようにしろ! そうすれば落ちない!」


「あっ!」


「どうした!?」


 アッシュはあわてて「何でもない! 大丈夫!」と叫んだ。


 下を見ないように、ゆっくりと縄ばしごを下りながら、かぁっと熱くなる顔を左右に振った。


 腰布が、はしごにからまってはめくり上がる。そうでなくてもダストが顔を上げれば布の奥が見えてしまうかもしれない。


 もっとかっちりした服を選べば良かった。


 無言で後悔しながら、それでも命を優先して、穴を底へ底へと降りて行く。



 やがて、必死に縄ばしごを降りていたアッシュの腰を、背後からダストがつかんだ。


 ぎょっとして振り返ると、身を抱きかかえられて地面に下ろされる。底に着いたのだ。


 ダストが言ったとおり、足下は砂場で、ふかふかしている。周囲を見回せば頭上からの光に照らされた範囲から先は、黒々とした闇が立ち込めていて、空間の広さすら把握できない。


 ふと、アッシュは闇の先から長い骨の手が迫って来る予感に肌寒さを覚え、ダストの外套のひじをつかんだ。


「大丈夫だ。遺物は君を敵と認識しない」


「わ……分かってるけど……」


「ちょっと待ってくれ。明かりを用意する」


 言うが早いか、ダストは砂場に屈み込み、ざくざくと手を突き入れ始めた。


 首を傾げるアッシュの前で、やがてダストが砂の中から金属の取ってをつかみ出し、全身を使って引き上げる。


 ざざざ、と砂をかき分けながら現れたのは、まるで姿見のように薄く大きい金属の枠にはめ込まれた、宝石の塊だった。


 透き通るようなきらめく多面体に、アッシュが思わず口を押さえ、感嘆の声を上げる。


「すごい! 何これ、宝物?」


「『落ちた星』という名の宝石だ。輝きが強すぎて品がないと評され、コフィンの宝石類の中でも低い地位に置かれているが……古代人はこれを、実用品として愛していた」


 ダストが足元の砂を靴で盛り上げ、土台を作り、宝石の板を光の中に横たわらせる。


 すると宝石の無数の面に光が吸い込まれ、内部で反射し、数十もの光の束になって辺りに飛び散った。


 思わず目の前に手をかざすアッシュを尻目に、ダストは土台を調節して光の角度を変えていく。


 やがて、光の筋のひとつが周囲の闇の先で反射し、穴の中を駆け抜けた。見れば、周囲には同じような宝石の板が壁や地面にいくつも設置されていて、それらに当たった光が反射を繰り返して洞窟の奥へと向かっている。


 水しぶきのような光に照らし出される視界に、アッシュはぽかんと口をあけた。


「……宝石の照明なの? すごい技術……というより、計算力」


「これもラヤケルスの作だよ。ただ、曇天での陽光やランプの光を想定した装置だから、空が晴れている今は少し明るすぎるかもしれんがな。いずれにせよこれで先に進めるわけだ。置きっぱなしにしておけば君の腰布の中も覗けるな」


 アッシュが目を剥く前に、「ああ、冗談だ」とダストがひらひら手を振った。


 バレていた。危惧していたことを見通されていたアッシュが、腰布をつかみながらそっぽを向く。


「すけべめ……」


「ちょっと考えれば分かることだ。光源が頭上にしかない状況では逆光で君の足なんか見えやしない。俺がすけべなのではなく、君の知恵が足らんのだ」


「ああもう、分かったって! 見えなくて良かったです! それで? この先はどうするの!?」


「うむ、すぐそこにラヤケルスの碑文と、遺物がある」


 アッシュがとたんに口を押さえ、静かになった。

 ダストはそんな彼女の手をつかみ、先に歩き始める。


 靴が踏む砂はすぐになめらかな岩肌になり、かつかつと高く足音が響いた。


 洞窟は広く、天井は高い。鉛色の岩に囲まれた空間は先が微妙に曲がりくねっていて、まるで巨大な蛇の体内のようだった。


 ……やがて、洞窟の先に異様なものが見えた。アッシュがぴたりと立ち止まり、ダストの手を引く。


 ダストが、前を見据えたまま声を放ってきた。


「大丈夫だ、と言っている」


「でも、ダスト、あの、あれ……」


「信じろ」


 アッシュはそれでもしばらく足を止めていたが、やがてダストがゆっくりと振り返ると、意を決して、足を進める。


 洞窟の先からは、次第に異様なものの全体像が覗き始め、震えるアッシュはとうとう穴の最深部に到達した。


 光に満ちた広大な地下空間。正面には大木のような、古代文字が刻まれた石碑があり、地面には無数の得体の知れない骨や、乾いた血痕のようなものがこびりついている。


 そしてそれらの後方に、スノーバの神ほどではないとはいえ……それに近い大きさの、遺物がいた。


 かつてアッシュが目にした長い骨の手は、まるで遺物のうぶげのように、びっしりと体表に生えている……まさに体の一部でしかなかった。


 白骨。おそらく人間の骨が組み合わさり、融合したと思われる、巨大な死の塊。


 これを、どう言い表せば良いのか。おびただしい白骨がただひたすらに重なり合って抱き合い、巨大な人の形を構成している。本来つながるはずのない関節同士が鍵と鍵穴のようにはまり込み、数十数百の骨格が一つの機関として構成されている。


 さながら、異国の伝説に見る、ゴーレム。骨でできた魔法人形だった。


 アッシュは、遺物の、人間の頭蓋骨だけでできた頭部を見上げる。


 まるでぶどうのふさのようにかたまった頭蓋骨。それらが構成する顔面の眼窩の部分に、大きな青白い炎が燃えていた。


 それはダストが操った動物の屍達が宿していたのと、全く同じ炎だった。


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