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百五十三話 『暗闇にて』
止め海を、奇妙な影が渡っていた。
砂の道も、船も使わず、暗い夜の水に首まで没し、何かから隠れるように水を掻く、影。
その頭は二つあり、波の無い止め海ゆえにかろうじて息をしていた。
やがて影は、かつて砂浜だった傾斜へとたどり着く。
黒い水から上がると、水を掻いていた影に負われた小さな影が、短く悲鳴のような息をもらした。
たがいの体を麻布でしっかりと留めた、ふたつの人影。
彼らを探す声が彼方から聞こえる。
大きな方の人影は目の前の傾斜に取りつき、ざらざらと崩れる砂にまみれながら、それでも器用に魔の島に上陸してゆく。
やがて人影は、傾斜の向こうの闇へと、音も無く消えた。




