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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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百四十七話 『屍に枕す』

 水路の破損箇所は、目立ったものだけでも三十を超えている。大小の骸骨が取り付き崩したあとと、戦車が長く車輪でけずった傷跡。住人側が岩や壷を落として潰した部分もあれば、荒れ狂う熱風に広くがされた面もある。


 サビトガは草原に転がっていた骨盤を拾い上げると、水路の曲線に向かって投げつけた。ガツッ、と硬い音。反響はほとんどなく、音は骨盤とともに地面に落ちる。


 やはり集音装置の故障が疑われる。集落周りの音声を空にはね上げる曲線に、穴が空いているのだ。今まで通りの物見態勢では、敵の接近を十分に感知できないだろう。


 水路の修復か、防御壁の設置を急ぐ必要がある。もっとも抜け目ないレイモンドがそのことに気づいていないとも思えないが、おびやかされるのは他でもない自分とその友人達の安全だ。念を押しておいて間違いはないだろう。


 サビトガはめずらしく槍を持たず、丸腰で草原を歩いている。間に合わせの護身用にチャコールの調理器具から麺棒めんぼうを借りてきたが、真っ当な武器と呼べるものは何一つ身につけていなかった。


 巨大骸骨の炎上に巻き込まれていたんだ武器を、集落にいた鍛冶かじ師がまとめて回収し、修理してくれているからだ。優れた異邦人の一人一人が、特に島においてはえのかない貴重な人的資源である事実を、戦闘以外の局面でも思い知らされた形だった。


 いくらサビトガでも、油の火をびて変形した刃を直すすべは持たない。下手へたをすれば手になじんだ得物を失い、即席の武器を新調するはめになるところだった。


 赤光の中を一通り歩いたサビトガは、最後に巨大骸骨が放置された集落の正面へと回る。


 生命の根幹である脳をかき出された怪物は、祈りの姿勢を取ることもできず大地にむくろをさらしている。その背を見つめるサビトガは、何とはなしに記憶にある言葉を舌にのせた。


「これより出会う、全ての魔の者を殺せ」


 ざぁ、と、地下世界の風が草と骸をなでる。


 踊る髪を押さえながら、サビトガは目を細める。「なぜ殺されねばならない?」――そう続ける唇に、白い歯が埋まる。


 不死を求める者が、怪物の死を積み上げねばならぬ理由は何だ。誰も知らぬ答えは、しかし魔の島で戦う者にとって本来必要なものだ。


 祈る者を殺戮さつりくした果てに用意される、永遠の生。


 それは本当に報酬なのか。


 罰めいたものに思えるのは、気のせいか。


 サビトガは風の中にしばらく思考と身を置いた後、そのままゆっくりと巨大骸骨の足元を通り過ぎ、集落へと戻って行った。





「少なくとも全てを知っているやつが、一人いる」


 非武装の処刑人が去った後、その男は最も高い位置から、のんびりとつぶやきを落とした。


 大地に突っ伏す巨大骸骨の、山のように盛り上がった背骨の先端。赤い光を真上から受けるそこに、あお向けに身を横たえる、持たざる者。


 両腕をまくらにしたハングリン・オールドが、暗い快感に満ち足りた笑顔をさらしていた。


「これほどの巨悪を倒せる君達『優れた異邦人』だ。あの腐れ魔王から全てを聞き出す日も、あるいは来るかもしれない」


 集音装置の故障をいいことに、戦わぬ者が敗者の骸をき、勝手な言葉を吐き落とした。楽しみだ、その日が楽しみだと、闇のような声が赤光を汚す。


「君からもらった『新しいくつ』で、どこまで真実に近づけるのか……。私は影のように、あるいは寄生虫のように、君たちに気取られずついて行く。そしておいしい真実ところだけを頂くことにしたんだよ。それが私にとって、最高に幸せなやり方だと分かったんだ」


 ありがとう。そしてよろしく、サビトガ君。


 赤光を浴びるハングリンが、誰にも聞かれぬ笑い声を、低く暗く、大地に落とした。

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