表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
291/306

百三十八話 『集落防衛戦 六』

 白骨牛が痛苦と怒りの声を上げ、地面に胸骨から崩れる。むき出しの骨の突起で土をえぐり、ずるりずるりと戦車ごと引かれる。


 いくら肉を失った牛と残骸同然の車とはいえ、人ひとりの力で振り回せる重量ではないはずだ。人食い骸骨と人間を同時に吹き飛ばす白骨牛が、オーレンの牽引けんいんに抵抗してようやっと身を起こし、五分の勝負をいどむ。


 均衡きんこうする鎖、きしむ柱。両者とも重心を深く取り、一歩もゆずらない。


 オーレンは今、確実に彼の筋力を超えた力を発揮している。その秘密は鎖を得物にしていることと、複数に分散させた支点にあった。


 鎖やロープを介して物を引く時、中間に支点や折り返し地点をはさむことで牽引けんいん力が強化される。地面に突き立った柱と瓦礫がれきが白骨牛の重量をある程度散らし、オーレンの力をより効率的に作用させている。


 鎖と支点の摩擦まさつ部分には、わざわざつたこけの多く生えている場所が選ばれている。原始的だが、つまりは滑車かっしゃの原理だ。こうした牽引では人の力は三倍にも四倍にもなる。


 だが、それは鎖を反対側から引いている白骨牛にしても同じことだ。力の方向が正しくさだまれば、倍化された怪物の力がオーレンを吹き飛ばすだろう。


 巧妙こうみょうに引き方と姿勢を変え、つな引きを継続するオーレン。彼を支援するために何人かが動くが、その足を人食い骸骨の増援がいやらしくはばむ。


 防衛戦全体の、恐らくは最大の苦境だ。一人一人がぎりぎりの戦いを課せられている。一つの勝敗が全てを崩壊させかねない。


 オーレンは綱引きの敗北時に命取りになることを承知の上で、鎖を拳で巻き取り、自分の腕に固定した。深く腰を落として引くと、白骨牛と戦車がずるりと動く。


 白骨牛の足が、がくがくと震えていた。極薄ごくうすの擬似筋肉が骨の表面に立ち上がり、きぬのように電光をかす。


「潰れろ……ッ!」


 血管まみれの顔をゆがめたオーレンが、渾身こんしんの力を鎖に込めた。瞬間。


 それまで必死に地に踏ん張っていた白骨牛が、突如とつじょ鎖の牽引方向にみずから身を差し出し、走り出した。がくりと体勢を崩すオーレン。たわむ(・・・)鎖。


 一瞬の自由を、白骨牛は信じがたいはやさと勢いで活用する。再び鎖を引くでもオーレンに向かうでもなく、なんと鎖の支点である柱と瓦礫を回り込み始めた。


 緊張していた鎖の経路が、次々とほどかれ、支点を失ってゆく。驚がくするオーレンが鎖を引いても、すでに白骨牛の疾さについていけない。鎖のたわみは、すでに鎖自身が地につくほどに深刻化していた。


 牽引の支点を意図的にほどくなど、並の牛馬の知能ではない。残り一つの柱を回り込もうとしたところで、白骨牛がふと立ち止まり、オーレンを見た。


「…………」


 白骨牛が、何らかの思考を感じさせるような沈黙をまとう。たわみ切った鎖と、残り一つの支点。自分の力に対抗する手段がすでにオーレンにはないことを、さとったかのようだった。


 ぐつぐつぐつと、白骨牛ののどが鳴る。オーレンはそれを嘲笑ちょうしょうだと確信した。顔中を引きつらせる彼に、白骨牛が一直線に突進してくる。


「クソがあ!!」


 叫ぶオーレンがたぐる鎖は、しかし直後の緊張の果てに彼の体を地面に引き倒す。支点をいくつも失った牽引構造は、もはやオーレンの力を倍化しなかった。抵抗するオーレンを引きずり、猛牛の軌道にいざなう。


 蹄と車輪が頭の上に迫る。鎖を引き続け、敵の速度を多少なりとも落とそうとしながら、オーレンは最後まで八つ当たりじみた絶叫を吐き散らした。


「誰か僕の馬を持って来いッ! 役立たずの、バカ野郎どもがぁああッ!!」


 土煙がオーレンにかぶさる。死の蹄が、彼の髪を押しつぶす。





 ――砕け折れる音。圧せられた物体が、瞬間的に形を崩し、機能を失う音。


 オーレンは、蹄にひっぺがされた髪と頭皮の一部が宙を舞うのを感じながら、目の前をまるで時が逆流したかのように、背後に向かって動く白骨牛をながめた。


 緩慢かんまんに、ゆっくりと――地面に接触した胸骨をきしませ、もがきながら、前肢を引かれる、怪物。


 緊張した鎖に持ち上げられ、じわじわと横転する戦車に、オーレンは目をきながら唇をみ、己のわきにいる連中に、うなるような声を吐いた。


「馬を持って来いって言ったんだ。誰が手を貸せなんて言ったよ」


「あの馬はもう俺のだ。甘ったれるんじゃない」


 土煙の中、鎖を取り上げたサビトガとシュトロが、痛むひじに目をゆがめながらオーレンのわきを固めていた。砕けた前肢を引きずられ、背後の柱の支点へと後退する白骨牛が、高い奇声の咆哮を上げる。


 サビトガは鎖を引きながら、「だが、よく持ちこたえた!」と続ける。背後の防衛線では、ようやく数が減り始めた人食い骸骨を、異邦人達が二人がかり三人がかりで排除していた。


 シュトロが後頭部が地面につくほどに体勢を下げ、オーレンに片手を差し出す。いらつきを隠しもしないオーレンは、しかしシュトロの手をつかみ、再び靴底を地につけて復帰した。


 正真正銘しょうしんしょうめいの三人力が、白骨牛と戦車に襲いかかる。もがきねる魔の者が、しかしやがて柱にその身を固められ、身動きを封じられた。


 戦車と白骨牛の骨格が、めりめり音を立てながら潰れ合い、より深く癒着ゆちゃくの様相をていする。


 白骨の暗い眼窩が、自分をさいなむ三人にさらなる応援が向かうのを見つめながら、びしりとひびの線を走らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ