百三十七話 『集落防衛戦 五』
亡者の戦車は、戦場にいるどの怪物よりも機動力に優れていた。ささくれてとがった車輪と蹄で地面を削り、爆発的な土煙を上げて一気に視界の果てから水路に至る。
溝に落ち込むことなく、岩や土砂を落としたせいで生まれた傾斜を適切に上ってくる戦車に、弓使いの異邦人が素早く矢を射かけた。レイモンドの太矢の数分の一程度の大きさしかない矢が、牛の頭蓋骨に跳ね返される。
白骨の牛が、高く耳ざわりな奇声を上げた。人型の骸骨と全く同じ声。多少の表情のゆがみをさらす異邦人達の前に、塔の屋上から残り少ない壷が落とされてくる。
車を引いているにもかかわらず、白骨の牛は猫科の動物が跳ねるように身軽に壷の直撃をかわした。朽ち果てた骨と戦車が、どのような重量と力の作用関係で動いているか、もはや想像もつかない。
数度蹄を鳴らした牛が、集落内めがけて突進した。未だ生き残っている人食い骸骨を背後から角で突き、それと戦っていた異邦人をも巻き込んで塔の中に侵入する。
首を振る牛に、骸骨と異邦人が跳ね上げられ、壁に激突した。動かなくなる味方と敵を、もろとも踏み潰そうと蹄が振り下ろされる。
「この野郎ッ!!」
暴れ狂う牛と戦車を攻めあぐねていた人々の中から、シュトロとブレイズが飛び出した。シュトロは塔の床に敷かれていた白花の絨毯を投げ網のように牛にかぶせ、ブレイズが盾で頭を守りながら、体当たりをぶちかます。
白骨の牛は戦車もろとも塔から転げ落ちたが、その先は集落の内側だった。負傷した異邦人を救出するチャコールが「追って!」と誰にともなく叫ぶ。
混乱の最中にも現れ続ける人食い骸骨。ギドリット達と戦いながら、少しずつ集落に近づいて来ている巨大骸骨。防衛線を離れ、戦車を追える人員は限られている。
起き上がった白骨牛が、白花の絨毯を角を振って引きちぎる。絨毯は細かい蔦植物の群体だったらしく、牛を拘束する強度もなければ、しつこくまとわりついて視界を奪う粘度もなかった。
再び蹄を鳴らし、走り出そうとする異形。
その前肢を、鉄の輪がからめ取った。
「『追って』だと……? 持ち場を離れるなって、言ってんのに……」
白骨牛が、己の前肢を鎖で引く男を暗い眼窩で睨んだ。瓦礫や柱に鎖を渡し、支点を分散させたオーレンが、手の甲やこめかみに血管を浮かせながら塔の外に立っている。
馬を失った馬賊が、ほとばしる八つ当たりの憎悪を叫び散らした。
「てめぇが戻って来るんだよ! 死に損ないのド畜生がァッ!!」
丸く盛り上がる生きた筋肉が、それを失った白骨の肢関節を、本来曲がらぬ方向に、無惨な音を立てて引きずった。




