百三十六話 『集落防衛戦 四』
「私の獲物……私のトロフィー……! 死後に遺る、勇気の聖骸! 名誉の証明ッ!!」
欲するものの名を連呼するギドリットが、そのたびに金槌を振り下ろし、古の白骨にひびを入れる。
たまにすがりつく小型の骸骨など、返す金槌の頭で突き退ける。よろめく骸骨が、己の何十倍もあろうかという頭目の拳の軌道に重なり、同士討ちに粉砕された。
吹き飛ぶ地面。震撼する木々。だがギドリットは絶妙なタイミングで自ら大地を転がり、足場の揺れをやり過ごす。そのまま跳躍し、金槌を振り下ろすと、巨大骸骨の親指に刺さっていた古い斧の背を叩いた。
楔のように骨に割り入る斧。次の瞬間、丸太のような指骨が根元から砕ける。
地面に向かう指骨の重量そのものが、骨の表面を這っていた擬似筋肉を引きちぎり、巨大骸骨に痛苦の声を上げさせた。「もっとだ! もっと悲鳴を聞かせろ!」と叫ぶギドリットに、矢を撃ち尽くしたレイモンドが声を向ける。
「おい、ギドリットさんよ。お楽しみなのは結構だが、もう少し体力と相談しながら戦わねえとしのぎ切れねえぞ」
「余計な世話だ! お前とは戦いの年季が違う!!」
「脳の異常興奮による瞬間的な火力は長続きしねえ。あんたは英雄的な猟師だが、慢心はするな。俺達の目の前にいるのは、それこそ何百の異邦人を屠ってきた『英雄喰らい』の怪物なんだぜ」
暴風をまとう白骨の張り手を、二人は地面を転がり、伏せてやり過ごす。レイモンドが巨大骸骨の眼窩を見つめながら「もっとも、だからこそ勝機があるんだが」と、口をひん曲げた。
「歯が六本、腕骨の表面を数か所に、指骨が一本ってところか。猟師ギドリットの破壊は大したもんだが、百年前にこいつと出会って同じ傷を与えられたかは疑問だぜ」
「何をごちゃごちゃ言っている! 戦わないなら皆の元に戻れ!」
「だから、慢心すんなって言ってんだろ。あんた一人でこいつを平らげるのは無理だ。そういう計算はクレバーに行こうぜ。狡猾にずる賢く。それが人間様の美徳だろ」
レイモンドが、砕け散った人食い骸骨の腕骨を拾い上げ、矢の代わりに弩に装填した。擬似筋肉の残骸を指でなでながら、巨大骸骨にほほ笑みかける。
「一人で勝てなくても皆でなら。団結の力が悪を倒す。そう言って多数で敵を囲み殺すのが人間のやり方じゃねえか。こいつには、自分が何を相手にしているかを思い知ってもらおう。それが『英雄喰らい』の報いさ」
ブレイズが、旅衣の背中から取り出した円盾を両手に、咆哮を上げてバリケードを突破した人食い骸骨に襲いかかる。黄金色の輝きを放つ真鍮の円盤が、乾いた骸骨の頭部を左右からはさみ潰した。
恐るべき怪力が骸骨の首をねじ折り、めりめりと引きちぎる。そんなブレイズにわきから接近する新手の骸骨を、チャコールが捕捉し、迎え撃つ。
しなやかな腕に抱えられた得物の包み布が引き剥がされると、真鍮の盾によく似た光がひらめいた。大剣。それも刃から柄まで、同じ金属を切り出して作られた黄金色の剣。その刃はぶ厚く、背には無数の立方体が溶け合ったような奇妙な装飾がある。
大剣を握ったチャコールが、全身をひとつの弦のようにしならせて真正面から敵を打った。瞬間、稲妻のような火花が散り、骸骨の肋骨が縦に分断される。
金色の立方体と、火打石のような性質。それは黄鉄鉱と呼ばれる金属に見られる特徴だ。産出された時点で限りなく完璧に近い六面体や八面体の結晶を呈する黄鉄鉱は、硬いものと衝突すると大量の火花を散らし、光をまとう。
珍品の類とされる黄鉄鉱を、実戦用の剣に加工して使う者は少ない。肋骨を破壊されひざをつく骸骨の頭部を、チャコールが再び一撃し、両断した。
真鍮と黄鉄鉱。時にそれぞれ『貧者の金』『愚者の金』と呼ばれる金属を手にした夫婦が、たがいの背を守り新手に向かう。彼らを視界の端に収めながら、サビトガはシュトロが斬り飛ばしてくる人食い骸骨の喉骨に槍を突き立てた。
硬い擬似筋肉は、骨の継ぎ目に近づくほどに柔らかくなることをサビトガは学習した。気合を入れて首をはねると、背後でレッジと少女の声が上がる。塔の窓から侵入して来た骸骨に、二人が家具を倒したのだ。木製のタンスの下敷きになった骸骨が、しかしすぐに床を押し、立ち上がろうとする。
レッジが丸めていた背を伸ばし、剣を構えた。握り方も立ち方も正しい。体を圧するタンスを押しのけた骸骨が起き上がる瞬間、レッジは勇気を振りしぼって間合いに飛び込んだ。
ばきり。乾いた音と共に、二つの物体が宙を舞った。一つは骸骨の断裂した鎖骨。もう一つは、レッジの剣の刃だ。
半ばから折れた武器に目を剥くレッジの至近で、骸骨が立ち上がる。長身の骸骨の頭部は、レッジのはるか頭上にあった。何かを叫ぼうとするレッジに、腕骨が振り下ろされる。
少女がレッジを突き飛ばすのと、サビトガが骸骨に槍を叩き込むのは、同時だった。胸骨をえぐられ腕を振り回す骸骨に、シュトロが背後から一撃を加える。頭蓋に突き立ったカカシの剣が、脳髄を引き裂く音を立てた。
骸骨が倒れ、ゆっくりと、死んだ虫が足を畳むように祈りの姿勢を取る。引きつるような呼吸を繰り返すレッジに、少女が「筋は悪くなかった。ちゃんと斬れてた」と、折れた剣を労うような言葉をかけた。
「肉と皮が無いぶん防御力自体は低い敵だが、いかんせん骨と擬似筋肉の組み合わせが刃物に悪い。薄くて鋭い剣の天敵だな」
「おい、これで何匹目だ? 最初に岩や土砂で倒したぶんを含めると、二十匹はいってんじゃねえか。デカブツ骸骨が吐き出した数は倒したはずなのに、なんでまだ襲撃が続いてんだ」
シュトロが、ねじれの入った頑丈な剣を骸骨から抜きながら言う。周囲では優れた異邦人達が次々と骸骨を撃破しているが、確かに新手はバリケードの消滅した防衛線から侵入し続けている。
巨大骸骨が吐き出したもの以外に、別途鈴鳴らしの死骸に引き寄せられた個体が混ざっているとしか考えられない。だとすれば裏手を守っている七人の状況が気がかりだ。
だが、その思考を読んだかのように、わきから突然に「持ち場を離れるなよ」と、馬脚のオーレンが声を上げた。
とげ付きの馬具と鎖を骸骨にからめ、引き倒しては滅多打ちにしていた彼が、脳髄のこびりついた靴を踏み鳴らす。サビトガが目をやると、憎悪を隠すように視線を伏せながら続けた。
「裏手の七人だって優れた異邦人だ。簡単にはやられないし、ヤバくなったら伝令を飛ばしてくるさ。とにかくレイモンドさんの許可なく、勝手なことはするなよな」
「……」
「あんたに馬を取られてなきゃ、僕が戦場を駆け回って情報伝達を密にできたんだ。クルノフのことも聞いたよ。彼と彼の一味がいれば、きっと色んなことができただろうにね。代わりに今ここにいるのは、剣もまともに使えない阿呆と半人前の産道のガキ――」
「ケンカを売る相手の目も見れねえような野郎が、優れた異邦人なのかい」
シュトロが声をはさむや、カカシの剣に付着した脳肉を振り払った。鋭く視線を上げるオーレンに、ボタンの目がどす黒い闇を返し「口縫い付けるぞ、阿呆が」と毒を吐く。
仲間割れの危機を回避したのは、破壊されたバリケードの向こうから響いた車輪の音だった。
皆が視線を、草原に飛ばす。巨大骸骨がいる場所とは別方面から、角のある骨の塊が迫って来ていた。
乗り手のいない戦車を引く、牛の骨。朽ちた車輪や戦車の一部と癒着し、半ば同化した怪物が、集落めがけて突進して来る。
盛況なこった。吐き捨てるように言ったシュトロが、動き出す他の仲間と共に、迎撃態勢に入る。




