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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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百三十四話 『集落防衛戦 二』

 つたう乾いた曲線を駆け上がり、集落の長がたった一人草原に出て行く。その背を見つめながら、サビトガは誰にともなく問いをほうった。


「魔の者が鈴鳴らしの死骸や、それに近づいた人間をめがけてやって来るのなら、俺達の背後から向かって来ている敵は、そのまま集落内を突っ切ろうとするんじゃないか。後方にもちゃんと人を置いてるのか」


「もちろんだ。こっち側に二十三人、裏手には七人配置されてる」


 答えたブレイズが、岩のようなこぶしをごきりごきりと鳴らした。サビトガは彼の方にわずかに顔を向けながら「妥当だとうな配分か?」と問いを重ねる。


 ブレイズは牛のように鼻息を吹き、あいまいにうなずいた。


「確かに魔の者はどこから来るか分からない。だがあまり細かに人員を配備すると、広い集落内に味方が散ってしまって、連絡と統率が難しくなる。だから初めからレイモンドのそばに多めに人をそろえておいて、状況に応じて小分けに派兵し、裏手と正面の人数を調整するんだ」


「それが『集落式』の戦い方か」


「というより『レイモンド式』だな。前の村長は四方に平等に人を配置したらしいが……」


「昔は異邦人も多かった。贅沢ぜいたくな戦い方ができたんだろう」


 ギドリットが言葉を重ねた時、レイモンドが骸骨に到達し、地面に突き刺さった太矢を引き抜いた。


 二体の魔の者の死骸にはさまれながら、レイモンドはしかし、片ひざをついたまま立ち上がらない。地面を見つめ沈黙する彼に、集落内にいるサビトガ達の緊張が高まる。


 風にのって、何かの鳴き声が響き渡った。低く、うろんな、だがみょうに強く耳を震わせる声。いで集落の塔や石畳が、カタカタとふるえ出す。


 遠くから届いてくる、ずしん、ずしんという音に、サビトガのそばにいたシュトロが短く悪態をついた。


「そんなのアリかよ」


 森の巨木が鳴動めいどうし、かたむいた。バキバキと若木が踏み潰され、土煙が上がる。


 レイモンドの前方、木々の間から、ぬっと小山のような影がのぞいた。人食い骸骨と同じ、しかし全く大きさを異にする頭蓋骨が、闇の眼窩がんかでレイモンドを見る。


 巨大骸骨。全身におびただしい数の剣や槍、矢を打ち込まれた怪物が、足を引きずり地をきながら迫って来る。


 サビトガは反射的に片手でレッジと少女を探し、彼らの身をより近くに引き寄せた。二人とも自分の刃を握ったまま、たやすくサビトガの意にこたえる。ギドリットがこけの服を震わせながら「大物だ」と、感動を隠しもせず言った。


「平原のとりでの、座禅ざぜんを組んだ大骸おおむくろすら凌駕りょうがする巨体……! 間違いなく魔の島のぬしの一体だ! あの剣や槍を見ろ! 何百人もの優れた異邦人がいどんだ神話の怪物だぞ!」


「鈴鳴らしがこんなものを連れて来たのは初めてですよ! やはり魔の者の総数自体が減っているんだわ!」


 ギドリットやチャコールの声には、明らかに興奮と歓喜の色がふくまれていた。オーレンすら顔を引きつらせるこの状況で、ギドリットは苔の奥の眼光を三日月にゆがめ、はっきりと「あれを潰したい」と殺意を表明する。


「私の獲物にしたい……私の金槌かなづち餌食えじきにしたい……! こういう戦利品(トロフィー)が欲しくて『島』に来たんだ! レイモンドッ! それは私の獲物だッ!!」


 突如とつじょ水路に飛び出したギドリットが、一人でレイモンドのもとに走った。迫る巨大骸骨にのぞんだレイモンドが、ゆっくりと立ち上がり、弩に太矢を装填する。


 巨大骸骨の動きは緩慢かんまんだが、その巨体ゆえに移動速度それ自体はけっして遅くはない。いずる異形が、すぐにレイモンドの目前に迫る。


「――聞いたか? 俺の仲間が、お前を潰すってよ。頭を引きちぎってトロフィーにするとよ」


 背にギドリットの咆哮ほうこうを浴びながら、レイモンドが、深く深く、笑った。「残念だな」と、優れた異邦人のおさのどを震わせる。


「お前らのデカさや、醜悪さなんか、俺達のイカれ具合に比べりゃ、大したことねえのさ」


 自分に手を伸ばす骸骨に、レイモンドが弩を構える。矢じりが狙うのは、眉間みけんに突き立った大剣から走る、亀裂だ。


 弩のバネが解放され、金属の太矢が飛ぶ。迫る骨の指をすり抜けて、うなりを上げる。


 矢が亀裂に吸い込まれた直後、水っぽい音が大きく響いた。一瞬完全に静止する巨大骸骨に、レイモンドのわきからギドリットが飛びかかる。


 絶望的な体格差の敵を、そのむき出しの歯を、苔から伸びた金槌が轟音ごうおんとともに殴り抜けた。乾いた歯がほぼ根元から砕け、骸骨のほほが地面に沈む。


 いったん距離を取り、自分のとなりに下がって来るギドリットを、レイモンドは「ご機嫌な一発だ」と賞賛する。彼らの目の前で、倒れた巨大骸骨がうなりながら口を大きく開放した。


 ガチガチという音が、巨大骸骨の喉奥からもれてくる。次の瞬間には無数の人食い骸骨が、胃液のともなわぬ吐しゃ物として吐き出された。


 立ち上がり、狂ったように走り出す人食い骸骨。そのほとんどはレイモンドとギドリットを無視して集落に突っ込んで行く。


 弩で直接人食い骸骨を殴り倒すレイモンドが、サビトガ達へ「行ったぞ!!」と声を向ける。とたんに異邦人達が動き出し、自分達とほぼ同数の敵を迎撃すべく戦闘態勢に入った。


「人間様の怖さを教えてやれ」


 低く笑うレイモンドに、サビトガもまた槍を握り締め、自分の敵へとのぞんだ。

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