百三十三話 『集落防衛戦 一』
電気の朝陽が集落を照らす頃、白くくらむ森から、一つの影が現れた。
影はぐつぐつと何かが煮えるような音を立て、一歩一歩を確かめるように踏みしめる。長細い体を揺らし、やがて草原に磔にされた鈴鳴らしの死骸に近づいた。
あわ白く乾いた皮膚に、暗い眼窩を寄せる。死臭を嗅ぐ骸骨の様子を、集落から二十人を超える人間達がうかがっていた。
「『人喰い骸骨』だ。骨しか無ぇように見えるが、体の各所に繊維状の擬似筋肉がついてる。頭蓋の中に脳があって、それを破壊すれば殺せる」
レイモンドの説明に、サビトガは黙ってうなずいた。骸骨に関しては砦で遭遇した個体からすでに情報を得ていたが、わざわざ既知であることを断る必要もなかった。塔の陰や屋上に陣取る他の住人達とともに、レイモンドの声を聞く。
「こっちの戦力は昨日集落入りしたやつらも含めて、ぎりぎり三十だ。これから何匹魔の者が集まるか分からねえが、見敵次第殺しておくべきだろうな」
「……誰かが草原に出て行くのか?」
集落外周には、高所から直下に落とすための岩や壷しか用意されていない。弓を持った異邦人がただ一人のみいるが、鈴鳴らしの死骸がある場所までゆうに百歩はあった。一矢で頭蓋を砕けたなら、まさに超人的な腕前だ。
しかしレイモンドは弓を持つ異邦人には視線もくれず、ひげをいじりながら「俺が殺る」と答えた。とたんにカカシの顔をかぶったシュトロが「あんたも戦うのかよ」と口をはさむ。
心外な顔をするレイモンドに、ボタンの目が暗い視線をそそいだ。
「今日は鉈も持ってねえから、てっきり後方で司令塔を気取るもんだとばかり思ってたよ」
「鉈? 森の獣道を進むわけでもねえのに、なんで鉈なんか要るんだ」
「だってあんた、鉈使いだろ。そう聞いたぜ」
「そりゃ誤解ってもんだ。俺の得物は鉈じゃねえよ」
レイモンドが言いながら、自分の背後にいたオーレンに目配せする。オーレンが抱えていた縦長の木箱を開け、レイモンドに差し出した。
太い腕が、木箱の中から、ずっしりとした大型の弩を持ち上げる。木製の古い弩だが、手入れが行き届いていて全身がぴかぴかと電光を反射していた。
続いて逆の手で、同じく木箱の中に収まっていた太矢を取り上げ、そのまま装填する。錆の浮いた金属製の太矢が弩の分厚いばねを押し上げ、がちりと音を立ててはまるのを見て、シュトロだけでなくサビトガも、他の異邦人達の何人かも目を剥き、息を呑んだ。
たやすく装填してみせたが、弩の大きさからして装填は本来足を使って行われるはずだ。地面にあお向けに倒れ、弩を空に向けて構え、両足で矢の底を踏み上げ、押し込む。その手順を両腕の力だけで省略してしまった。
腕に太い血管をいくつも這わせたレイモンドが、鈴鳴らしの死体を嗅ぐ骸骨に狙いを定める。「射手か、あんた」とささやくように言うシュトロに、レイモンドは口の端をゆがめる。
「俺は射手じゃねえ」
言葉と共に、巨大な矢がばねの力で射出された。風を切り、電光を裂き、金属の先端が異形の骸骨の、頭蓋に命中する。
破壊音が響き渡り、脳漿と骨片が舞い散り、骸骨の頭部が八割がた消滅した。地面に突き刺さる太矢に一瞬遅れて、骸骨が倒れ伏す。
レイモンドが息を吐き、弩をゆっくりと持ち上げながら、シュトロを振り返った。
「俺は万能選手だ。何でも使えて、どこでも強い。決まった得物は持たねえのさ」
歯を剥いて笑うレイモンドが、木箱から新しい太矢を取り上げて、塔を降り始める。「回収してくらあ」と、恐らく骸骨に放った矢のことを言いながら、皆に手を振る。
「便利な道具だが、矢は二本しかねえんだ。乱戦になったらすぐに撃ち尽くす。そん時ゃしっかり自分の戦いをしてくれよ、諸君」
期待してるぜ。
水路に飛び降りるレイモンドの声と靴音が、硬く響いた。




