表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
283/306

百三十話 『脅威の人 後編』

 レイモンドの作る道をたどりながら、マッシュルーム男が低くウシガエルのようにうなる。


 ウーン、ウーンとひとしきり鳴いてから、突然にとなりのオーレンを指さし大声で怒鳴った。


「つまりさ! レイモンドさんはすじを通さないやつが嫌いなんだ! みっともなくて男らしくないやつを軽蔑してるんだ!」


「……!」


「お前みたいな馬鹿が馬鹿なことするのを見逃してきたのも、探索者それぞれの自由を縛るまいと御自分の筋を通してこられたからなんだ! 言ってみりゃお情けだ! それをお前――」


 疾風はやてのようなオーレンの拳が、今度こそマッシュルーム男の鼻面を直撃した。ぐぇっ! と吹っ飛ぶ肥満体に、オーレンが「調子に乗るな! 腰巾着こしぎんちゃくが!!」と罵声ばせいびせる。


 巨木に背を受け止められたマッシュルーム男が、それでもダメージにへこたれず「いてえ! 油断した! 結構喰らった!」と騒ぎながら曲がった鼻を自力で直した。


 優れた異邦人同士が軽やかに暴力をやり取りし、赤い光に満たされた森の静寂をかきみだす。


 マッシュルーム男が鼻血をそできながら、二打目をねらっているオーレンに再び指先を向けた。


「お前、あのサビトガに復讐しようって考えてるだろ。決闘で受けた傷をいつか返そうってたくらんでるだろ」


「それが何だってんだよ! 当たり前だろうが!」


「当たり前じゃねえよ。だからお前は馬鹿だってんだ。決闘のやり直しなんか、許されるわけないだろ」


 オーレンは、いつしか足を止めて自分を見つめていたレイモンドに気がついた。わずかに表情をこわばらせるオーレンに、マッシュルーム男が嘲笑ちょうしょうを向ける。


「男が一度決闘を受け入れて、その結果に不満をれるなんて馬鹿の極みだ。男らしくないし筋も通ってない。決闘に負けた時点で、お前はすべてを失ったんだよ。サビトガに何もかもを奪われてしかるべき立場になったんだ。

 だってサビトガは、お前を殺せたのにあえて殺さなかったんだから。そうだろ?」


「……」


「格付けはとっくに済んでいる。サビトガが上で、お前は下だ。それに異を唱えることは、勝者を宣言したレイモンドさんの顔にどろるってことだぜ」


 くちびるむオーレンに、マッシュルーム男が巨木に背を深く預け、さらにえらそうに表情をゆがめて言った。


「『右腕』を気取ってたくせに、そんなことも分からないかね。レイモンドさんがいつも言ってるだろ。『男はハートが熱くなきゃ駄目だめだ』って。決闘に負けただけならまだしも、ハートまで冷え切って腐ってるって分かったら、いくらレイモンドさんでも……」


「ハートは熱いさ」


 オーレンが、マッシュルーム男ではなくレイモンドを振り返って言った。赤光しゃっこうに目元を沈ませる村長に、ごくりと唾をみ込んでから、それでもはっきりと続ける。


「あんたの気に入る『熱さ』じゃないだけだ」


 一瞬、三者が完全に沈黙し、呼吸音すらき消えた。


 じりじりと高まる緊張に、オーレンとマッシュルーム男がひたいを汗でらす。赤い世界に影法師のように立つレイモンドのなたから、木苺の血液じみた汁がぽたりとしたたった。


 ぴくりと鉈先が震える。オーレンが構えかけた瞬間、レイモンドが目にもまらぬ動きで鉈を投擲とうてきした。


 対応できずに目を見開くオーレンの髪先をかすめ、鉈はマッシュルーム男に向かう。きょうがくするマッシュルーム男が「なんで!?」と叫ぶと同時、鉈が彼の腹のわずか一寸先に、水っぽい音を立てて突き刺さった。


 三人が事態の理解を共有するのに、一瞬とかからなかった。マッシュルーム男が背を預けていた巨木のかげから、さわさわと音を立てる何かがい出している。


 自分の肩口を半分近く切断した鉈をそのままに、ひどく長身の、うすら白い女性じみたシルエットをした『何か』は、両目を丸くくマッシュルーム男に巨大な口だけがついた顔面を寄せた。


「りんりん。らんらん」


 涼やかな硬質の音が、巨大な口から直接『声』として放たれる。さわさわと音を立てる長髪は楽器のげんに似た質感で、口が放つ声に共鳴して震えていた。


 絶叫するマッシュルーム男がメイスで異形の頭を叩き割るのと、彼の首がへし折られるのは同時だった。抱き合う恋人達のようにもろとも地に転がる彼らの上を、ひざの痛みを忘れて飛び出したオーレンの蹴りが通り過ぎる。


 鉄の補強具が巨木の幹をえぐると、樹上の何かが奇声を上げて落ちてきた。ごく小型の猿が地面をね、マッシュルーム男を抱いたまま祈りの姿勢に変わる異形のそばを逃走する。


 すべてが一瞬だった。唖然あぜんとするオーレンに、レイモンドが大股で近づいて来る。


 彼は異形に刺さった鉈を抜き取ると、神に祈ろうとするその手首を切断した。真っ白な皮膚と骨肉、血液が飛び散り、さらにちぎれかけの肩口が完全に断ち割られる。


 マッシュルーム男を異形の拘束こうそくから救い出すと、地面に寝かせてその脈を調べた。「死んでるだろ」とオーレンがつぶやくように言うと、レイモンドがすぐにうなずいた。


「運が悪い。『鈴鳴らし』の寝ている木に背を預けるなんざ、この森じゃあ隕石が頭に当たるくらいの確率だ。だが、タダでは死ななかった。立派な戦死だ」


「……」


「こいつ、なんて名だっけ?」


 マッシュルーム男を見つめるレイモンドの台詞に、オーレンが顔を引きつらせた。「スレイだよ! 『盾割たてわりのスレイ』だ!」と怒鳴ると、レイモンドがしぶい顔をして首を振る。


「スレイ……俺の手下……愛すべき『マッシュルームデブ』……」


「……!」


「駄目だな。しっくりこねえ。こいつは単に『デブ野郎』だ」


 再び怒鳴ろうとしたオーレンが、しかし『デブ野郎』の上着を引きちぎるレイモンドに言葉をみ込んだ。


 あらわになった胸部に、鉈があてがわれる。「確かめてやらにゃあ」と、レイモンドが声だけをオーレンに向けた。


「こいつは俺の考えをよく理解してた。だからこいつのハートが熱いかどうか、責任もって確認してやらなきゃならねえ。血流が途絶えて、冷えた死体になっちまう前にな」


「レ……レイモンド……っ!」


洒落しゃれや酔狂じゃねえし、言葉遊びでもねえ。覚えとけ、オーレン。こいつが俺の『信仰』なんだ」


 精神は人体の中にある。


 低く断言したレイモンドが、さっきまで動いていた仲間の体に、鉈を振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ