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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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百二十八話 『脅威の人 前編』

「ハングリンが消えた……?」


 世界があかね色に染まる頃、レイモンドの放った使者が集落に連れ帰ってきたのは、シュトロとレッジの二人きりだった。


 優れた異邦人に囲まれながら、シュトロが「面目ねえ」と頭をかき、サビトガと少女に事情を説明する。


「やつの言うように火をくためのまきを集めていたら、突然いなくなりやがったんだ。俺もレッジもたがいの姿が見える距離で動いていたんだが……たぶん、森の中に逃げたんだと思う」


「ハングリンがいなくなったのは、俺達が森に入った直後か?」


「十分ぐらい後だな。言いたかねえが、走ればサビトガ達に追いつけるくらいの時間だぜ」


「森を探り探り歩いていたワタシ達を、土地勘のあるハングリンが追跡していたと言うのか」


 肩を抱きながら口をはさむ少女に、サビトガとシュトロは同時に顔をゆがめる。レッジが周囲の優れた異邦人達におどおどした視線をめぐらせながら、「あの人は」との泣くような声を上げた。


「最初から、自分だけは集落の中に入れないって分かってた。だったら結局、いつかは僕らと別れるつもりだったはずだ。問題はいつ別れるか、そして、別れた後どうするか……」


「サビトガ達が集落でどうあつかわれるかを、遠くから観察したかったってことだろうな。自分と関わりのある新人がどんな待遇を受けるかで、集落全体のハングリン・オールドへの敵意の強さをはかることができる」


 いつの間にか人垣ひとがきに混じっていた村長レイモンドが、低い声を響かせた。サビトガ達やブレイズ達の視線を受け、生ぬるく笑いながら「相変わらず臆病だな、ハングリン君は」と、太い両腕を広げてみせる。


「新人の背後に隠れて、むかし悪さをした場所の様子をうかがおうなんて、いかにもあの玉無し不能野郎の考えそうなことだ。また世話になりたいなら、正直にそう言えばいいのに」


「あんたにぶっ殺されると思ってんでしょうよ」


 ブレイズが言うと、レイモンドが笑みを消して「まさか」と心外そうな顔をする。「死ぬほど蹴りを入れるかもしれねえが、殺すまでは……」と続ける彼に、その場の全員がしぶい顔をした。


 シュトロがサビトガに、そっと「あのおっさんが『腹探り』か」と耳打ちをする。するとレイモンドがどきっとするほどの大声で「大当たりッ!!」と叫び、シュトロを指さした。


 地獄耳の村長を、シュトロはうさん臭げに見る。その視線に人さし指を重ねながら、レイモンドは「とにかく、世話をするのは顔を出したやつだけだ」と、唐突にドスのいた声を吐いた。


「どっかの木陰に隠れてるハングリン君には、さみしくてひもじい夜を過ごしてもらおう。俺は女々しいやつは嫌いだ。――御婦人方は気を悪くなさらぬように」


「この人にしゃべらせててもらち(・・)が明きません。シュトロさん達もお疲れでしょうし、とにかく解散しませんか。彼らはうちで泊めますから」


 チャコールの言葉に、異邦人達がレイモンドに視線を集める。レイモンドはじんわりと笑みを浮かべ、無言のまま手の平をぴらぴらと振った。お許しが出て、皆がめいめいの方向に散る。


 サビトガは、鼻歌まじりに空をあおぐレイモンドを横目に、自分達を避難所に先導するチャコールへ「彼はどういう人なんだ」と問いを放った。


「一目置かれているのは分かるが、皆の対応が何となく『雑』だ。尊敬と信用を得ている村長には見えないな」


「そもそも優れた異邦人のほとんどは、自分達の探索活動にベースキャンプとしての集落を利用するだけで、集落に定住するわけじゃありません。ふつうの村人のように、村や村長に帰属する必要がないんです。村長はどちらかと言えば、集落で過ごす上で怒らせてはいけない人物、最低限尊重しなければならない存在というだけで、別に私達のリーダーでも上役でもありません。

 一歩集落を出ればレイモンドも私達と同じ、優れた異邦人の一人に過ぎませんから」


「それでよく集落を共同体として維持いじできるな。オーレンもなぜかレイモンドには敬称を使っていたが……」


「村長としてのレイモンドに牙をいたら、殺されますからね。彼は集落の枠組み自体を壊そうとする者には容赦ようしゃしません。万事いい加減な性格ですが、そこだけは徹底しています。言ってみれば、彼は『粛清しゅくせい装置』なんですよ」


 聞き慣れない単語に目を細めるサビトガに、横からブレイズが「集落の害になる『異物』を排除する人間だよ」と補足した。


「集落が集落として成り立たなくなるような、たとえば他の住人に対する無差別の殺人、破壊行為なんかをしでかすやからが出て来た時、そいつをすみやかに抹殺するために、レイモンドという長が必要なんだ。彼は一人の戦闘者としても、味方を指揮する統率者としても優秀だ。腕利きの戦士だろうが無法者だろうが、魔の者だろうが、よほどの大物でない限り殺害してしまう。

 他の細々(こまごま)とした村長の仕事よりも、そういった暴力沙汰のために彼という人間が用意されているんだ」


「……村を守るための脅威として存在する長、ということか……」


「もっとも、この数ヶ月で集落を利用する探索者自体が激減した。五十人、六十人が当然のようにいた時期ならいざ知らず、魔の者に対してまでレイモンドの常勝を信じられる状況ではないのかもしれんな」


 サビトガは、ブレイズの言葉を聞きながらじっとレイモンドを見つめ続けた。


 地獄耳のレイモンドは空を仰いだまま、しかしいつしか鼻歌を止めて沈黙している。


 その意識が自分達に向けられていることを確信するや、サビトガは彼から視線を外し、ブレイズ達の避難所へと顔を向けた。

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