百二十七話 『落としどころ』
ややあって、サビトガ達は中々戻って来ないブレイズとギドリットを案じ、避難所の外へと向かった。
巨木の隙間をくぐり、洗濯物を払いのけると、電気に照らされた草の上に無数の人影がある。少女とチャコールを引き連れて塔を出るや、人影の一つがこちらに気付いて声を上げた。ブレイズとギドリットを呼びに来た、太った男だった。
マッシュルーム型の金髪をふよふよと揺らす男が、近づいて来るサビトガの胸を芋虫のような人さし指で押す。「運の良いやつだな!」と二重あごを作る相手に、サビトガは眉根を寄せた。
「何の話だ?」
「オーレンの髑髏馬だよ! あの決闘の後、みんなで相談してたんだ。この馬は一体、どうするのが一番おさまりが良いかってな」
「あんたが随分ご執心だったようだから、決闘の報酬としてくれてやるべきだって結論になったのさ」
マッシュルーム男のとなりから、赤髪を短く刈った女が声を重ねてくる。
決闘の報酬という言葉に首をひねるサビトガに、さらに他の面子が次々と口を開いた。
「決闘ってのは、全てをかけて勝敗を決するってことだろ? だがオーレンはあんたに負けたにもかかわらず、命も、その他どんな持ち物も失ってはいない。それじゃあ筋が通らない」
「やつが舐めた口を利けなくなるのは当然として、それ以外にお前さんに何か実入りがなけりゃ、みんな納得できねえのさ」
「敗者に文句を言う権利は無い。あの馬はあんたの物だ。満場一致でな」
「だから運が良いと言うんだ! 自分が欲しがったわけでもないのに周りが勝手に取り分を決めてくれるなんて、怠惰の極みじゃないか!」
サビトガは人々の言葉を聞き、ちらりと少女を振り返る。少女は色々と考えをめぐらせているようで、視線をさまよわせながら「新しい飼い主を探すつもりだったのにな」と小声をもらした。
「オーレンから引き離せるのは良いが、あんなに痩せてひづめも割れてちゃ、連れ回すことはできないぞ。あの馬には休息が必要だ。この集落に留まり、療養させないと」
「……レイモンドに『今夜の寝床を貸せ』と言ったのはまずかったかな。まだ俺達自身の住み家ももらえていないのに、馬の寝床をどうするか……」
「うちに預ければ良いんじゃないですか?」
さらっと言ったチャコールに、サビトガと少女が同時に視線を向ける。「塔の中は広いし」と続けるチャコールが、自分のあごを指先でなぞりながら目を細めた。
「私とブレイズは、今ちょうど探索に区切りをつけて、次の活動のための準備をしているところなんです。情報を整理したり、食料や道具を補充したり――だからもう少しこの集落に居るんですよ。馬のひづめが治る程度の時間はかかると思います」
「ありがたい申し出だが、しかし……」
「獣の毛を刈る家の出ですから、牛馬の世話はお手の物です。預かり料も要りませんよ。ひづめが治ったら私達の用にも馬を使わせてもらいますから。
それでなくても、馬糞を肥料にした作物は美味しいし、たてがみや尻尾で色んな道具が作れるし……ひづめを手入れする時に出る爪クズだって、焼けば獣用の寄せ餌にできるんですよ。馬の世話をすることで得られるメリットは絶大です」
チャコールの言葉に、サビトガは妙に感心して口をつぐんだ。
馬を単なる乗用動物と見た時、老いて痩せた馬の価値は限りなく低いと言わざるを得ない。だが適切な知識をもって家畜として養えば、馬をより生産的な存在として囲うことができる。
親切心やついでではなく、自分にメリットがあるから世話したいのだと言うチャコールは、髑髏馬を預けるには理想的な相手のように思えた。
結局サビトガと少女は、髑髏馬に関してはチャコールの申し出に同意し、彼女にその保護を頼んだ。夫であるブレイズの承諾も必要かと思ったが、彼はしばらくして一緒に出て行ったギドリットとともに、すっかり手入れのされた髑髏馬を自ら引いて戻って来た。
切り取ったたてがみや、尻尾の毛の束をほくほくと見せびらかすブレイズに、今更何の相談も必要なかった。レイモンドの呼び出しというのは、髑髏馬に関することだったのだ。村を仕切る顔役というのも伊達ではないらしい。
今後の活動のためにも、なるべく早く村長レイモンドと改めての話の席を設ける必要がある。思えばこの世界のことも、魔の者との戦いのことも何も聞き出せていない。身の振り方を考えるために、彼の言葉が必要だった。
だがサビトガは、今は後から追って来ているシュトロ達との合流を待った。
自分達が本来どういう面子で、どういう勢力なのかを示すことは、レイモンドとの対話には恐らく不可欠なことだからだ。




