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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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百十九話 『新参者の決断』

 サビトガが足を止め、靴底でこけを踏みにじる。


 橋の向こうには輝く木々と白い空が広がり、講堂から飛び立ったコウモリがふらふらと黒い影をさまよわせていた。


 少女がサビトガのとなりから気障きざな男を指さし、「オーレン」とその名をげる。「『鉄の足のオーレン』だ」と続く台詞に、当人が首をひねって不満げな顔をした。


「産道のジジイがつけたあだ名か。せっかくだけど、いまいち気に入らないんだよね。だいたい鉄の足って語呂ごろが良くない。呼びにくいよ」


「長老の前では良いセンスだとか、名誉だとか言って喜んでたくせに」


「そこはきみ、大人の処世術ってやつだよ。今はこう名乗ってるんだ……『馬脚ばきゃくのオーレン』!」


 くるりと体を回し一礼してみせるオーレンに、少女とサビトガがほぼ同時に「ふざけたやつだ」と吐き捨てた。


 余裕たっぷりの馬賊ばぞくの態度が、二人の表情をますますけわしいものに変えてゆく。


 サビトガは橋の途中で追い抜いた髑髏馬を振り返りながら、怒気を隠さぬ低い声で言った。


「なぜ俺達を襲った? 集落の住人なら、こういう形での再会も予期できたはずだ」


「ほんの挨拶あいさつ代わりさ。別に君の小汚い荷物を本気で欲しがったわけでもない」


「……洒落しゃれ酔狂すいきょうで人のかてを奪うのか。お前は」


 サビトガの怒気に、一瞬臭い立つような殺気が混じった。


 わずかに笑みを薄めるオーレンに視線を戻し「返してもらおう」と続けると、しかし気障きざな唇がぬけぬけと「無理だね」と答える。


「もう売ってしまったから。こちらの『腹探りのレイモンド』さんに」


 唐突とうとつに注目をびる中年男が、足元の荷物袋を心底しんそこ迷惑そうに見下ろした。


 サビトガが無言のまま一歩を踏み出すと、オーレンがレイモンドを残して後退する。さらに数歩同じことを繰り返し、サビトガとレイモンドがたがいの手の届く距離で相対あいたいした。


 レイモンドが四角いあごを木苺の瓶でこすり、「ガンをつけるな」とまゆを寄せる。サビトガは構わずにらみつけながら言った。


「集落のおさのレイモンドだな。あの馬鹿を叩きのめしたら、あんたの機嫌をそこねることになるのか?」


「別に。俺はあいつの味方でもお前らの味方でもねぇ。若いやつらのノリについていけねぇ、哀れなオヤジだよ」


「なら、この一件がおさまったら今夜の寝床を貸してくれ。森の入り口で待ってる仲間の分もだ。それで盗品を買ったことは、忘れよう」


「構わねえが、一度落ち着いて周りをよく見た方がいい。オーレンはクソ野郎だが、全く考えなしの馬鹿ってわけでもない」


 サビトガが目を細めると同時、少女が短く声を上げて走り寄って来た。彼女が指さす方向、大橋のたもとに、いつの間にか無数の人影がつどっている。


 逃げ場のない橋の出口をふさがれた。レイモンドが橋のきわ(・・)退きながら、「悪く思うなよ」と年を取った犬のような目をする。


「新参者が集落に近づいたら、みんなで姿を消して様子を見る決まりになってんだ。無人の集落でどんな行動を取るかでそいつの本性が分かるってのが、先代のおさの持論でな」


「……」


「別に、それで相手をどうこうしようってわけじゃねえ。物を盗んだり、食料をつまみ食いしたり、誰かの家で立ち小便したって制裁はえよ。ただそれを見ていた他の住人の態度が、相応に変わるってだけだ。

 その点お前らは行儀が良かったから、みんなの心証しんしょうも悪くはねぇだろうが……」


 人影の群が、橋の上を歩いて来る。じろりと視線をやると、オーレンが橋の終端で楽しげにサビトガを見下ろしていた。


「さあ、どうするぅ? みんなが見ている前で僕になぐりかかってみる? 言うまでもないけど僕も他の連中も、全員が優れた異邦人だからね……万一乱戦にでもなったら、君達はまず生き残れないよ」


「レイモンドと見解が違うな。正直な新参者は、住人に厚遇される余地があるらしい。卑劣な食わせ者の方が嫌われるんじゃないか」


「そうそう話の分かる住人ばかりじゃないよ? 僕と仲の良い人達が、問答無用で襲いかかってくる、か、も……」


 ステップを踏むオーレンから、サビトガはもう一度こちらへ向かって来る集団へと視線を移す。


 七、八人が石材を踏む音を聞きながら、しかしサビトガはやがて、陶器のあご骨の奥にじわりと笑みを浮かべた。


「……いや、どうやら、話の分かる者の方が多いようだ」


 ぴくりと表情をこわばらせるオーレンに、サビトガはまっすぐ、人さし指を突きつけた。


「馬脚のオーレン。お前は俺達に危害を加えた。よってこの場で、決闘を申し込む」

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