百十四話 『異常の森 後編』
「……何を言い出すんだ。当たり前じゃないか」
サビトガが答えると、少女は一度引きつるように鼻を鳴らした。幼児がぐずる時のそれに似た仕草に、サビトガは一瞬どきりとしたが、無論少女は泣き出したりなどしなかった。
鼻の頭をかきながら、平静な声で会話を続ける。
「道案内に、島に関する知識の共有。生存のための細々とした分業。ワタシがオマエにしてやれているのは、その程度だ」
「十分すぎる助けだよ」
「他の優れた異邦人は、もっと貴重なものを産道の民から受け取っている。半人前のワタシには無いもの……『戦力』だ」
眉根を寄せるサビトガ。少女は小さな手を握ったり開いたりしながら、首を振って続ける。
「『使命』に出かける産道の民は、本来ならワタシのような年少者ではなく、もう少し上の世代の連中なんだ。生涯成長という『奇形』の力を持つ産道の民の中で、最も若さと体格の比率が戦いに適した世代が使命に挑む。
オマエより体が大きく、オマエより力のある、血気盛んな産道の戦士。それがオマエの背を守るはずだった」
「……」
「ウェアベアや魔の者とも互角にやり合えるような、強力な味方を得られる。それが優れた異邦人の当然の権利なんだ。なのに……オマエはワタシみたいな、ちっこいのをあてがわれて……シンカしてない、ただの人間以下の仲間を抱えてしまって……だから……」
「産道の民は、異邦人を能力で選別する。それゆえに自分達も選んだ相手には十分な戦力を差し出すということか。その理屈なら確かに、君が負い目を感じる『筋』はあるな」
うつむきかける少女のあごを、サビトガが指先で持ち上げた。目を細め、「しかし無用の『筋』だ」と声を吐く。
「どれほどの戦力の持ち主であろうとも、その相手との信頼関係が築けなければ手は組めない。君が仮に十分な力を蓄えた大人だったとして、しかし俺を使命遂行のための道具として利用するような人間だったなら、けっしてパートナーの契約など結ばなかっただろう。シュトロやレッジにしても同じだ。俺が彼らに求めるのは戦力なんかじゃない」
「異邦人同士ならそれでいいのかもしれない。でも……」
「同じなんだ。俺は産道の民を仲間にしたわけじゃない。君を仲間にしたんだ」
少女が唇を噛み、自分のあごに添えられたサビトガの指をほどいた。
しばし視線をそむけ、髪をくしゃくしゃとかき、それからどこか納得できないような、しかし少しばかり気が楽になったような表情で、言う。
「……損な性格だな、オマエ。そんなんじゃ島の外でも苦労したろ」
「余計なお世話だ」
笑うサビトガに、少女もまた小さな笑みを返す。
にわかに湧いた互いの関係への不安にけりを着け、やがて二人が再び歩を進めようとした、その時。
前方から、何かが落ち葉を踏む音が響いた。




