百十二話 『異常の森 前編』
魔の島は、次第にその内情を露にし始めている。
不死の水の伝説の下に構築された闘争システム。異邦人と魔の者を殺し合わせるため、周到に整えられた冒険舞台。
その案内役としての産道の民と、黒幕『魔王』。
永遠の命という夢想を世界に発信し続けてきた秘境は、人為的な策謀と罠の張り巡らされた悪意の巣だった。
巣にからめ取られた人間達が、それでもなお抗い、集い、死地に築いた『集落』。
そこが希望の基地となるか、更なる醜悪のるつぼとなるかは、サビトガにも予想がつかない。
ハングリンからの伝聞ではなく、己が目で事実を確かめてみるしかなかった。
生物の影のない広大な平原。そこに散在する岩場を三つほど越えた頃、サビトガ達の視界に濃い緑の色彩が映り込んだ。
近づくほどに頭上高く広がるそれは、樹齢を推し量ることも困難な巨木で構成された森だ。カバノキでも、ブナでもない。サビトガ達が見知らぬ種類の木々は電気の光を緑の葉でろ過し、うす青い光の幕を森の中に満たしている。
先導していたハングリンが、足を止めてサビトガを振り返る。「この奥だ」と言うが早いか、ねずみのように素早く一行の最後尾に引き下がった。
呆れるサビトガ達に、集落を追放された男は悪びれるふうもなく言う。
「私とシュトロ君とレッジ君は、ここで火を焚いて待機する。集落の連中と話をつけたら戻って来てくれ」
「大きな森だぞ。案内がなければ迷ってしまう」
「大丈夫、集落は探索者の避難所だ。森に入った人間がたどり着けるよう仕掛けがしてある。……もし魔の者と出くわしたら、大声で助けを呼べ。きっと誰かが来てくれる」
サビトガは疑わしげな顔をしながらも、当初の予定通り少女を伴い、森の中へと踏み入った。
背中に注がれるハングリン達の視線が、すぐに木々に阻まれ、届かなくなる。
代わりに遠い枝葉のかなたから、得体の知れない音と、気配が届き始めた。