百九話 『朝焼けの二人』
魔の島の最奥。電気の光に満たされた地下世界。
そこに朝焼けに似た光景が訪れることを、サビトガは砦の穴だらけの屋根に座りながら知った。
白い光が、水蒸気や空気中の何かしらの成分に影響されてか、青や赤の色彩を放っている。
天から地平線へと続く、虹色の帯。世界の光量がわずかに減少し、地上の朝焼けに近い風景を作っていた。
「味気ない世界だと思ってたが、ちっとは気の利いたこともあるもんだな」
背後から、起き出して来たシュトロが長梯子を登って来る。
サビトガは返事をしない。シュトロは隣に腰を下ろし、ほぅっと息をついた。
祖国を相手取り、たった一人小さな戦争を敢行している若者の目には、サビトガのそれにはない輝きがある。
あの日、大穴の縁で昇り来る太陽の光を吸収したシュトローマンの双眸は、絶望的でもなお未来を見つめているのだろう。
今のサビトガには、輝く星をまともに映せるような眼はない。誇りも意志も捨てたわけではないが、それ以上の暗いものが身の内にあふれていた。
俺は未来に生きる者だと、胸を張ることなどできない。そんな資格はなかった。
「ずっと一緒に行こうな」
何気ない口調で言われた台詞に、サビトガは反射的に瞳を転がした。
シュトロは朝焼けの光を全身に浴びながら、己の暗いものをすべて捨てて笑っていた。
「いいだろ。相棒」
すぐに返事をすべきだった。だがなぜか喉が詰まって、声が出なかった。
サビトガは全く意識せず、余裕のない手つきでシュトロの右肩をつかんでいた。ぐっと握ると、心の中だけで『ああ』と応える。
シュトロは驚くことも困惑することもなく、朝焼けの大地を指さして「おっ、湧き水だ」と、地下から噴き出す海水の飛沫を示す。
虹色の塩のきらめきが、サビトガの乾いた目に、かろうじて色彩を映し込んだ。
世界の北と東から、それぞれの業をまとって来た男達。
彼らは、少なくとも今だけは、自分達のためだけに生きることを許されていた。