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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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百七話 『震える闇 後編』

 女達の悲鳴が響き渡った。ミテンに爪を立てられた乳房をかばい、女官達が食卓から離れる。


 漆黒の眼球が、憎悪でも怒りでもない感情に震えていた。わずかに目を見開くサビトガに、ミテンが顔に塗りたくった化粧を得体の知れない涙で崩しながらうめく。


「ずるいぞ。処刑人。なんとなつかしい話をするのだ。このに及んで、なんと懐かしい、忌々(いまいま)しい話をするのだ」


「……あなたは正体を隠すように地味な格好をしていたが、俺には一目でミテン王子その人だと分かった。王の資質の欠如の証とされた、その黒い目は、隠そうにも隠しようがない」


「気付いてないような素振りをしてやがったくせに。嫌な野郎だ……」


「あなたはおびえていた。俺の姿に、罪人の断末魔の声に恐怖しながら、最前列で処刑をていた。まだ幼い子供だったのに」


 サビトガは息をつき、それから、うつむくミテンに言葉を続ける。


「仮にも王子が従者も連れず、こそこそと人目をしのんで処刑を盗み見る。小心な子供が、それでも怖いもの見たさで勇気を振りしぼったのかと思っていたが……あなたはその後も何度か刑場に忍び込み、俺の仕事を陰からのぞいた。常に一人で、正体を隠して。

 その顔に好奇や愉悦ゆえつの色は一切なかった。ただひたすらに強烈な恐怖だけがにじんでいた」


「……」


「今思えば……ひょっとしたら……。あなたは、自分を殺される罪人と重ねていたのではないか。王子の中で唯一ゆいいつ先天的な疾患を持ち、失明を予言されたあなたは、いつか自分が薄情な父王に処分されるのではないかと危惧きぐしていたのでは……」


「危惧だと? 冗談じゃない。確信していたさ。俺はこのままでは必ず役立たずの烙印らくいんを押され、首をはねられるとな。

 ……父は、結果的には全ての妃と王子を平等に守れと言い残した。だがその前には、この俺だけは庇護ひごの輪からはじこうとしていたんだ。

 俺の母が俺の目を嫌い、失望し、第二子を望んでいたからだ。父王は母の望みを叶えるために、俺の始末を考えていたんだ」


 サビトガは、猜疑さいぎ心のかたまりのようなミテンの言葉をどの程度信じるべきか内心悩みながらも、黙って続きを待った。


 ミテンが己の暗黒の双眸そうぼうに指を近づけながら、きりりと歯を鳴らす。


「父王は結局、自分が発掘した妃達を一番に愛していたんだ。王子は妃の宝だから愛しているふりをして見せたに過ぎない。ならば、妃が嫌う王子はどうする? 守ってやる義理などないさ。それどころか己の権力を駆使して謀殺しようとするだろう。

 その時に俺の身を縛り、首を落とすのは王の処刑人。つまりは、貴様だ」


 王族の謀殺。それはどちらかと言えば処刑人の仕事というより、忍ぶ者の任務だ。


 だがそんな道理は、幼かった王子の頭には到底とうてい浮かばなかったのだろう。


 人知れず暗躍する忍ぶ者よりも、公衆の面前で罪人を殺す処刑人の方が、ミテン王子により強く己が死を想像させたに違いなかった。


「俺は、貴様を死の象徴としてきたのだ。俺の人生を終わらせる死神を、王宮を抜け出てはこっそりと見つめてきたのだ。

 怖かった。恐ろしかった。どんなに哀れな罪人も、かよわい女も子供も、構わずに殺してしまう貴様を説得することなど到底とうていできぬと思った。

 このままでは死神の刃は、確実に俺の首を刈る。……ならば俺が、俺自身が、死神以上の魔性とるしかない。そう考えたのだ」


 ミテンがゆっくりとその身を椅子に沈めた。女官達が寄って来ないことを小さく笑いながら、暗黒の眼球がサビトガをる。


「王室の薬庫からくすねたケシの毒を母に盛り、傀儡かいらいとした。中毒の苦しみをもって俺に依存いぞんさせ、俺を愛していると公言させた。下賎な者どもを口八丁くちはっちょうで手なずけ、王宮の品物を闇市に流し、金を作った。他の王子どもが能天気に遊んでいる間に、俺は玉座簒奪のための下準備を進めていた」


「……まさか……先王の病も……」


「どうだろうな。そこは想像に任せよう。とにかく俺は死にたくない一心で王室を掌握する巨悪に育ち、こうして時代を手にした。

 何もかも思い通りだった……幼き日より恐れ続けた、貴様をのぞいてはな」


 ミテンのまぶたに、亀裂のようなしわがいくつも走った。「クソ野郎」と、憎悪がサビトガに放たれる。


「どうしても我が方に転ばぬ貴様を、いっそ殺してくれようかと思ったことは一度や二度ではなかった。だが、それでは駄目なのだ。俺への殺意を秘めたまま死んだ貴様の幻影を、寿命を終える寸前のとこで見るなど御免だ。

 貴様はただ殺すのではなく、服従させねばならぬ。死の象徴への恐怖を克服するためには、それ自体に俺の命を保証させねばならぬのだ。あなた様に仕えますと。あなた様にけっして刃は向けませんと。そう口に出して言わせぬことには、我が魂に平穏は訪れぬ」


「……先王の権威がどうのというのは、建前か。あなたは俺一人を恐れ、相手取っていた……」


「だからこそ許せん。人情を解さぬと思っていた貴様が、人情を抱えていたなどと。義侠のために戦い正義のために死を選ぶような男だったなどと。

 しかも――しかも、その上で――先王が俺の処刑を命じていたなら、間違いなく黙って従っていたと思うと――!」


 ミテンが奥歯を噛み鳴らし、サビトガを真正面から睨んだ。その形相が、一瞬だけ、人間のの怒りを見せる。


 「なぜ貴様のような者がいるのだ」と、若い声が響いた。


「善性を保ったまま、なぜ鬼畜と化せるのだ! 死道に立ちながら、なぜ非人間性の化け物にさぬのだ! シブキの騎士にはるくせに……なぜこの俺の騎士には成らん!? 俺が未だ罪のない子供だった頃に、なぜ救いの手を差し出してくれなかったのだ! 王の権威にたて突いてでも義によってあなたをお守りしますと、なぜ言ってくれなかった!!」


「……俺は、あなたが苦しんでいることを、知らなかった」


 それが理由だ。


 低く答えるサビトガに、ミテンが天井を仰いで獅子ししのように大口を開けた。音もなく感情を解放するミテンが、やがて天を仰いだままにごった悪主の声を吐く。


「魔の島へは十日以内にて。国をげて盛大に送り出してやる。『草』が上陸まで貴様を監視する……少しでも裏切る素振りを見せれば、貴様の知り得る全ての人間をあの世に送るぞ。分かったか。死神」

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