百一話 『橋上戦』
足が重かった。元々万全の状態ではなかった肉体が、幾多の戦いを経て着実に疲弊し力を失っている。
後宮の入り口でウダイ達相手にしたような暴れ方はもうできない。死力を尽くしても、殺せるのはあと数人が限度だろう。
目の前の敵を撃破し、そのまま王宮を脱出する。それが理想だった。
架け橋を踏み鳴らすサビトガの姿に、灯火を携えた衛士が三人、前進をやめて左右に展開する。橋を封鎖する形で剣を抜く彼らへ、サビトガは三叉槍を振りかぶり、間合いに達すると同時に横なぎに打ち払った。
極太の柄が衛士の一人を翳された剣ごとへし折り、架け橋の外へと吹っ飛ばす。堀の水に人体が没する音。振り切った槍をくぐるようにして、すぐに二人目の衛士が剣を突き出してくる。
サビトガは喉下から迫る刃先を、俯けた陶器の顎骨で受け止めた。目を剥く敵の足を払い、転倒したところへ槍先を突き下ろす。
胸を串刺しにされた衛士が、ごぼりと血の泡を吐く。サビトガは彼の傷口に槍を残したまま、棒跳びの要領で真正面に迫っていた三人目に蹴りを放った。
顔面を蹴飛ばされた衛士が背後へよろめいた隙に槍を引き抜き、そのまま胴を払い斬る。
仕留めたと思った。だが穂先から伝わる感触は硬く、肉を断つ手応えではない。
衛士の裂けた服の下から、金属の光が覗いていた。蹴られた顔を押さえながら、それでも不敵に笑う衛士に、サビトガは目を尖らせて「仕込み鎧か!」と槍先を返す。
じゃらりと鎖帷子の音を立てて、衛士が灯火を放ってきた。その灯火を切り裂き、剣先がサビトガの顔面に向かってくる。
シブキ達の足音が、すぐ後ろで聞こえた。背後につけと命じたのはサビトガ自身だった。
避けるわけにはいかない。サビトガは気合と共に、槍底を敵の刃先より早くぶつけようと渾身の力で突き出す。
果たして敵の剣はサビトガの眉間をとらえ、しかしその皮を突き破る寸前で停止する。
一瞬早く衛士の腹に突き刺さった槍底が、鎖帷子を軋ませながら、その体を架け橋の床板の上にはじき飛ばした。
剣を取り落とし、嘔吐する衛士。サビトガは容赦なく再接近し、鎖帷子に覆われた腹に槍の穂先を突き下ろす。
鎖帷子は斬撃には強いが、刺突には弱い。
斬る者にとってそれは複雑に刃を受け止める、鉄の凹凸。しかし突く者にとっては穴だらけの、衝撃を散らせぬくず鉄の布だ。
巨大な槍の三つの穂先が、鎖を突き崩し引きちぎりながら、衛士の腹を貫通する。
サビトガは絶命する衛士の断末魔を聞きながら、ずるりと槍を握る手をすべらせ、その場にひざをついた。息が完全に上がっている。四肢が鉛のように重く、もはや三叉槍を引き抜くこともできそうになかった。
シブキと苺之妃が寄って来る気配。サビトガは脳裏に不敬の二文字を思い浮かべながらも、使命を完遂するために二人に「立たせてください」と頼んだ。
雨に濡れた、しかし温かな手が体に触れる。足に力を入れるサビトガの耳に、新たな追っ手の声が届いた。
移動しなければならない。サビトガはシブキと苺之妃の肩をつかみながら、架け橋の先へと向かった。




