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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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九十八話 『時代の飛沫 後編』

「――いやッ!」


 苺之妃が叫び、シブキを横から抱き寄せた。蜂蜜色の爪が白装束に食い込み、がたがたと震えながら幼い体をつかまえる。


「やめて! お前のような化け物がこの子をどうすると言うの!」


「……」


「この子が何をしたと言うの!? 何もしてないわ! 人の臓腑ぞうふにまみれた怪物に取り殺されるような悪いことは、何一つしていない! この子は誰よりもいい子よ! いい子だったわ!!」


 息が詰まるほどにシブキを抱きしめる妃に、怪物が歩み寄る。どす黒い血潮を畳に吸わせる刀を、苺之妃は涙にれる目で見た。


 彼女の白い喉が、絞め殺される寸前のウサギのような声を吐く。


「やめて……やめてあげて……お願い…………」


「苺之妃様! 落ち着いてください!」


 震える細腕からやっと頭を出したシブキが、息を吸いながら声を上げた。涙目を下ろして来る苺之妃の手をさすりながら、シブキは怪物へ、苦労して笑顔を向ける。


「よく来てくれた、サビトガ。この通り私は準備を済ませている。間に合わせの白装束だが、どうせ血で汚れるものなら多少不恰好でも構うまい」


「母上様は」


 低く人の言葉でく怪物に、シブキは苺之妃をなだめ己から離しながら、ぐっとつばを飲み込んで答える。


「一足先に逝かれた。お前には万事よろしく頼むと」


「そうですか」


「……時間がない。らぬ邪魔が入らぬ内にやってくれ」


 畳の上に座りなおし、目をつぶろうとするシブキに、サビトガは鋭く「シブキ王子殿下におたずねする!」と声を放った。


 びくりと肩を震わせるシブキに、サビトガは刀の人肉を振り払いながら声を続ける。


「このような地獄の様相にさらに処刑人なる鬼畜を召喚し、御自分の首を取らせようとなさるはシブキ王子というおおやけの人物を歴史から抹消するためか!? それともシブキという名の、一人の少年の人生を決着させるためか!?」


「な、何……?」


「あなたがつかわされたクイナ嬢は、いまわのきわに全てをあなたの望むようにと願われた! だがこの『あなた』とは、王子としてのあなたなのか、それとも私人しじんとしてのあなたなのか!?」


 愕然がくぜんとするシブキに、サビトガは異形の眼差しを顎骨の奥からそそぎながら、ぎりり、と奥歯の音を響かせた。


「あなたを多くの人がしたい、おもっている。その結果として俺がここにいる。だからこそ俺は、人々が愛したあなたという人物の正体を決して見誤らない。

 皆、あなたが王子だから愛したのではない。あなたの生身の人格にかれたからこそ、愛したのだ」


「サビトガ……!」


「王子としてのあなたなど、ただの愚王の割りを食らった被害者に過ぎぬ。時代の波にみ込まれ、何も成せぬまま消えるシブキ王子の最期に、それでも格好をつけたいとおっしゃるなら力をお貸ししよう。

 だが、あなたはそれを心底から望んでいるのか? そこにおわす苺之妃様や、亡き母上様の真の願いがそれなのか?」


 シブキが目を落としかけた時、廊下から足音が響いた。猛烈な勢いで床を叩く靴が、すぐに障子の前に到達し、部屋に飛び込んでくる。


 衛士が二人、長刀を振りかざしてサビトガの背に襲いかかった。


「背中刺しィイイイイイイッ!!」


 唾棄だきの響きを舌に載せる衛士達が、しかし次の瞬間サビトガの刀を腹と喉に受け、畳の上を転がった。


 苺之妃のすぐひざ先に突っ伏した衛士が、腹からこぼれる臓物を押さえながら蜂蜜色の爪をつかもうとする。


 ひっ、と恐怖の声をもらす苺之妃の目の前で、サビトガが衛士の後頭部、頭蓋骨の隙間に刃を突き立てた。


 絶命する衛士に、苺之妃がくらっと体をらす。あわてて抱きとめるシブキを、サビトガが血走った目で見た。


「あなたは、己がんだ処刑人の姿に身を震わせた。王子としての覚悟は決まっていても、の少年としてのあなたは死を恐れていたのだ」


「……」


「立場や体裁のために笑って死ぬには、あなたは若すぎる」


 サビトガが血に染まった刃を引き抜き、天井を指差した。星のような集合灯の光を指先に載せ、王室処刑人は己が主にと望んだ人物に、気を放つ。


「波は全てを吞み込み押し流す! だが吞み込まれたものは、最後に抵抗の証としてちりのような飛沫シブキを空に飛ばす! 飛沫は波よりも高みにのぼる!

 あなたは時代の波に呑まれた得がたいものや人の、飛沫とならねばならないッ!!」

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