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二十五話 『希望』

「お待ちくださいルキナ様、その者の話、やはり信用なりませんぞ」


 わきから、老年の貴族が口を挟んだ。


 ルキナが視線をやると貴族はサンテを指さし、よく通る声で言う。


「確かに魔王ラヤケルスと、魔王を倒した勇者の伝説はコフィンにも残っております。勇者、ヒルノアの名前こそ伝わっていませんが、魔王の行使した毒の雨や動く屍の魔術のことも、正史の碑文に確認することができます。しかしながら、魔王を倒したコフィン人の勇者がスノーバ軍の『神』を作ったなどということは、あり得ません」


「何故言い切れる?」


 貴族はルキナの問いに、白いひげをつまみながら胸を張って言った。


「コフィンに伝わる魔術では、あの神を作り出すことは不可能だからです。私も教養程度ではありますが、古代に存在したコフィン魔術のある程度の原理、ルールというものを学んでおります。それによりますと魔術はあくまで『無から有を生むものではなく、有を人為的に操作する術』とのこと」


「……つまり?」


「ハナから世界に存在しないものは操れないのです。ヒルノアの遺産とやら……鎧をすり抜ける長剣や魔術を打ち消す剣もかなり怪しいのですが、まあこれはただの武器を魔術で変質させたと考えれば、まだ納得がいきます。水銀もどきを扉の形に固めたのもしかり。

 しかしながら、神。あれだけはいけません。あれは明らかに生物であり、この世ならざるものです。あのようなものが現世に存在するわけがない」


 貴族の台詞にガロルが「有ではなく、無を操作している。本来世界に存在しないものを操っていると?」と言葉を向ける。


 貴族は大きくうなずき、サンテに鋭い目を向けた。


「あのような巨大な怪物をコフィン人が生み出すわけがない。いかに古代コフィンの魔術師と言えど、不可能というものだ」


「私から見れば、お前達があがめているドラゴンも、この世のものとは思えんよ」


 サンテの言葉に、貴族が目を丸くする。スノーバの元皇女は深くため息をつき、視線をルキナに向けて続ける。


「先入観は捨てることだ。天空竜モルグが存在するなら、神も存在する。勇者ヒルノアが一から神を作り上げたのか、世界のどこかから連れて来たのかは知らないが、あの神は間違いなく勇者ヒルノアの遺産の一つだ。そして神は、魔術の技法で操作されている」


「……一つ訊いていいか」


 ルキナがサンテを見下ろし、首を傾けた。


「お前の話は分かった。信じる信じないはさておき、語った物語は理解した。……それで……お前はこの話を我々に聞かせて、何をさせたいんだ?」


「……」


「お前は神の正体を教えると言って面会を望んできた。結果、神は我々コフィン人がよく知る勇者の遺産だということが判明した。……それで? 神の由来が分かったからと言って、我々には何の得もない」


 神は変わらず圧倒的脅威であり、国を脅かす天敵だ。


 そう続けるルキナに、サンテがゆっくりと、噴水のへりから立ち上がった。


 おもむろにズボンに手を入れると、おりたたんだ羊皮紙ようひしの束を取り出し、差し出してくる。「何だ」と問うルキナに、サンテはゆっくりと唇を開いた。


「私とユーク達がスノーバ国内で見つけた、勇者ヒルノアの二つの碑文の写しだ。一文字残らず、書き写してある」


「これをどうしろと?」


「私はスノーバ軍の幹部を務めながら、神を無力化する方法をずっと考えていた。神は死なない。傷ついてもすぐに治癒ちゆする。そんなものを殺す方法などあるのか……飼い主のマリエラを殺したとしても、神が共倒れするわけじゃない。勇者ヒルノアの死後も神が生き続けたように、神は単独で暴れまわるだけだ。

 あれを止める方法があるとすれば、それは勇者ヒルノアの遺言の中にこそあるはずだ。私はそう考えた」


 羊皮紙を受け取るルキナを、サンテはきゅっととがらせた目で見つめてくる。


「碑文の全文の内容は、古代文字の辞書を持つマリエラしか知らない。その辞書もいつの間にか焼却され、スノーバ国内に他の辞書を見つけることもできなかった。マリエラに探りを入れたこともあったが、彼女は露骨に碑文の内容を話すことを拒んだ。

 ……半ば諦めていたが……この国に来た時、全く予期せず希望が見えた。魔王ラヤケルスの名を、元老院の手紙に見つけたのだ」


「元老院だと?」


「お前達の元老院が我々によこしていた、密書だ。私とマキトが、ユークに贈られてくる品は手紙も含めて全て事前に検査することになっている。毒でも塗ってあればことだからな。元老院はユークがコフィンの英雄譚や伝説を収集していることを知って、自ら情報を提供してきていた。

 フクロウの騎士や狩人の話も、元老院からの密告だ。その中に二人の・・・魔王の話もあった」


 ルキナが羊皮紙に落としていた目を、瞬時にサンテに向ける。


 サンテは自分の腕を抱きながら、ルキナの真っ青な瞳を覗き込む。


「コフィンで魔王と呼ばれた、二人の男の伝説がそれぞれ書き連ねてあった。もう一人の方はともかく、魔王ラヤケルスの伝説がこの地に残っていた事実に、私は全てを察した。勇者ヒルノアがラヤケルスを追ってスノーバに来る前……勇者と魔王が元々住んでいた国が、コフィンだったのだと。

 ならばヒルノアの使っていた古代文字は、古代コフィンの文字だ。コフィン国内にヒルノアの碑文を解読する辞書が残っている可能性がある」


「……なるほど。我々に接近してきた理由はそれか。勇者ヒルノアの碑文を解読して、神を倒す手がかりを得ようと言うのだな」


「元老院の密書から魔王に関するものだけを抜き取り、ユークの目に触れないよう隠した。その密書は、今渡した束の中にある……頼む、どうかそちらの国に残っている辞書を探し出し、碑文の全文を解読してほしい。マリエラが言及を避けたのなら、何かしら都合の悪い記述があるはずなんだ」


 サンテが、羊皮紙を持つルキナの手に、自分の手をそえてきた。


 複雑な表情を返すルキナに、サンテは首を振りながら、うなるように言う。


「私は、いずれ地獄に落ちる。今のスノーバはもう昔のスノーバではない。私がこの手で滅ぼしたも同然だ。……だが、罪の業火で焼かれる前に……命があるうちに、少しでも贖罪しょくざいをしたい。死に行く者を救い、せめて己が招いた、神とユーク達による暴虐を止めたい。お願いだ。手を貸してくれ」


「……もし我々が今日のことをユーク将軍に伝えれば、お前はどうなる?」


 ルキナの言葉に、サンテはぎゅっとその手を握りながら即座に答えた。


「私の言葉に、行為に少しでも裏切りを感じたら躊躇ちゅうちょなく密告してくれて構わない。その結果ユークに粛清しゅくせいされたとしても、恨み言は言わない。それが、私がコフィンに差し出す誠意だ」


 周囲の誰かが、乱暴に髪をかく音が響いた。ルキナはサンテの手を握り返そうかとも思ったが、結局彼女の手をそっと指でほどき、渡された羊皮紙を鎧の奥にしまい込んだ。


 サンテはその仕草をしばらく見つめていたが、やがて自分の髪を縛り直し始める。


 じょじょに、元通りにつり上がっていくサンテの目を眺めながら、ルキナは少しだけ頬をゆるめて訊いた。


「お前はユーク達の革命に手を貸したとは言え、元は皇帝の娘だった女だ。こうして我々の王城に単独足を運んでいることが知れたら、疑われるんじゃないか」


「ここに来ていることは、隠していない。ユークには闘技場で反抗的な態度を取ったルキナ王女の尻を蹴り上げるためにコフィンの城へ行くと、はっきり告げてある」


 あんぐりと口を開けるルキナに、サンテが咳払いをしながら「もちろん建前だ」と目をそらす。


「スノーバが北の国々を攻め落とす間、私はなるべくユークの気に入るような振る舞いを心がけた。ユークの言うことに一々賛同し、自分の理想が彼のおかげで実現したと誇らしげに語った。ユークに、愛をささやいたこともあった。口が腐る思いだったがな。

 おかげで私は、そこそこユーク達に信用されている。と、思う」


「全ては贖罪の機会を得るためか? ……だが、フクロウの騎士の件だけをとっても、お前が疑われる要素は十分にある。これ以降の接触は秘密裏にした方が良い」


 ルキナのその言葉に、サンテが口を開く前に先ほどの老年の貴族がすっとんきょうな声を上げた。「ではルキナ様、この女を信用なさるので?」……ルキナが貴族に、にっと笑ってみせる。


「証言を検証はさせてもらうが、おそらく、手を組むことになるだろうな。私は彼女のことをほとんど知らないが……同年代の娘の決死の言葉が嘘か真実かぐらいは、見分けられるつもりだよ」


「そんな! いや、ルキナ様の御判断に異を唱えるわけではありませんが、しかし……!」


「もともと、神に対する反撃の案は何もなかった。見極めようではないか……サンテ皇女の物語が真実ならば、この出会いはコフィンが存続するための重要な転機となる。逆に、偽りだったならば……私がこの手で、サンテの首を落としてやる」


 ルキナが意地悪く笑うと、サンテがふっ、と、どこか安心したような笑顔を見せた。




 ナギから服と肉断ちの剣を受け取ったサンテは、ルキナとガロルに城門まで見送られた。すっかり暗くなった空を見上げながら、サンテが背後の二人に声だけを放る。


「今日は時間がなかったが、まだお前達に教えたいことはある。いずれ機会を見て話そう」


「……サンテ。もし、お前のおかげでコフィンが救われたなら……」


 サンテが、ルキナに向かって右手の人さし指を立てた。「言うな」と、低い声が命じる。


「いかなる感謝も、されたくない。神を世界に解き放ったそもそもの元凶が、私であることを忘れるな。お前達はスノーバを倒すことだけを考えていれば良い」


「……」


「碑文の解読、くれぐれも頼んだぞ」


 サンテはそれ以上何も言わず、足早に城門前から立ち去った。


 彼女の背が見えなくなってから、ガロルがルキナにささやくように言う。


「古代文字の辞書は、以前ダストがいくつも写本を作っていたのを見ています。書庫を探せば見つかるはずですが……ただ、古代言語は文法が複雑だと聞いたことがあります。解読に時間がかかるかもしれません」


「至急人員をけ。それと、古代魔術に詳しい人間を誰か連れて来い」


「……馬鹿なことを言いますが……ダストがいれば」


 ガロルの台詞の途中で、ルキナがため息をついた。「そう、ダストさえいれば」……そう言葉を引き取るルキナが、ガロルに横目を向ける。


「碑文の解読も、サンテの証言の検証も、一人でやってくれたのにな。何しろやつは、コフィンで最も魔王ラヤケルスを知っている人間だ。ラヤケルスの研究の第一人者だからな」


「亡き国王陛下に追放されてさえいなければ、居場所を探して連れ戻すこともできるのですが……おそらく貴族や騎士団の何人かが、彼の復帰を許さないでしょう。たとえ亡国の危機のさなかでも」


「……セパルカ王への書簡を作る。ダスト以外の、古代魔術の識者を探してくれ」


 きびすを返したルキナが、一度だけガロルを振り返って「もう働けるんだよな?」と訊いた。


 ガロルは即座に「無論です」と答え、右手を上げて力こぶを作ってみせる。


 笑いながら城内へ戻る主君の背を見送ってから、ガロルはわきに立つ二人の門番と、交互に顔を見合わせた。

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