表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
243/306

九十話 『無様の空』

「――放せッ!!」


 妃達のあまりの狂乱ぶりに、サビトガは敬語を捨てて自分を引きずる腕をがそうとする。


 おどしに骨鋸を白い肌に当てるが、即座に嘲笑ちょうしょうびせられた。「引けるものか」と、サビトガのくつをうれしげにめる女がわらう。


意気地いくじなし! 優男! お前は絶対に我々を傷つけない! 傷つけられるものか! 後宮の不義を見逃し続けたお前の性根は、ここにいる皆が知っておるぞ!」


「嫌がるな、逃げるな、い奴め。可愛かわいがってあげるから大人おとなしくおし」


「ああ、たまらない。男の臭いよ。戦う男の、血と汗の臭い……!」


「早く引きずり込んで! 他の部屋のやつらにられちゃう!」


 もはや回廊は大混乱におちいっていた。コウモリの鳴き声にも似た女の叫びが雨音を掻き消し、ひのきの床が割れんばかりの足音を地鳴りのように伝えてくる。


 このままでは八つ裂きにされる。腰まで部屋に引きずり込まれていたサビトガは、意を決して女達の腕ではなく、自分の胸当てや腕当てのひもを引き裂いた。


 女達の何人かが外れた防具とともに闇の中に吹っ飛び、尻餅をつく。サビトガはさらにマントの羽毛や髪の先を切り捨て、白い腕の拘束こうそくを解く。


 最後に靴を舐める女を押しのけると、震撼しんかんする廊下にほうほうのていで脱出した。


 息を乱すサビトガの左右から、殺気にも似た気配が迫って来る。白い指に再びとらわれる前に、サビトガは回廊の手すりを越えて中庭へと降り立った。


 暴徒同然の女達に追われながら、梅林を駆ける。おびただしい人影が雨の中庭になだれ込み、すぐに泥の上を埋め始めた。


 回廊を押さえられた以上、地べたを逃げ回っていても袋のネズミだった。活路があるとすれば、上だ。闇と雨雲のこもる空へ向かうしかなかった。


 目の前の木陰から、雨に髪をらした下級妃がまるでかくれんぼをしていたかのように笑顔をのぞかせた。可愛かわいげな童顔に、血走った執念の眼光がともっている。


 両腕を伸ばし、唇の動きだけで愛をせがむ彼女を、サビトガはつとめて厳しい目で見ないようにした。まぶたを震わせながら、気合と共に地面と、樹肌きはだを蹴る。


 抱擁ほうようを待つ下級妃の頭上、いびつに広がる梅の枝をつかみ、体を一気に押し上げた。


 足下から下級妃がすさまじい目を向けてくる。つくろっていた可愛さをかなぐり捨て、歯と目をいて悪態をつく彼女を、サビトガはさらに枝を飛び移り、置き去りにする。


 細い梅の枝がぎしぎしとれ、靴の下でばきばきと樹皮を砕けさせる。中庭と回廊にひしめく女達が悲鳴を上げた。れない手で必死に梅の木にしがみつき、登りそこねながら、サビトガの行方ゆくえを何百もの目で追う。


 サビトガは梅の枝がみちびくまま、後宮の東側、二階建ての上級妃の寝所へと向かう。枝の先から屋根へと移る瞬間、下級妃達の中から、行かないで、と涙声が上がった。


 何も返さないことが、最も彼女らを傷つけないと思った。


 屋根を伝い、回廊から死角となる暗闇へと入り込む。


 意気地なし。


 妃の一人に言われた言葉が、脳裏に一度だけよみがえった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ