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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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八十八話 『残骸のウダイ 後編』

 鯨骨の刃が風を切り、身をひるがえすウダイの肩先をこそぐ。ビロードが細かに飛び散り、そのおりのような黒の中を近衛兵の剣が飛ぶ。


 飛燕ひえんを思わせる一切のみだれを排除した軌道だ。鎮痛、鎮静、陶酔とうすいの効果をもたらすケシの毒に酔った身で、これほどの剣閃けんせんを生んでみせるウダイは心底見事な兵士だった。


 だが、と、サビトガは一級品の刺突しとつにこめかみの皮を飛ばされながら思う。


 ウダイがどれほど得がたい戦士であろうと、処刑行為の実行にケシの毒を必要とする程度には良心にあつい男であろうと、関係ない。


 日々真面目に近衛兵の任務をこなしていただけの男が、恐らくは突然に政変に巻き込まれ、否応いやおうなくミテンの配下に組み込まれたのだとしても。


 望んでもいない処刑人の役をになわされ、罪のない人々を殺し続ける生き地獄に落とされたのだとしても。それゆえに心をみ、毒々しい三日月のを目元に貼り付けてしまったのだとしても。


 それでもサビトガは、ウダイに対して同情や共感を示すわけにはいかないのだ。彼を確実に、完膚かんぷなきまでに殺害しなければならない。


 他の敵と、何一つたがうことなくだ。


「この国は……中毒者に、罪人を裁かせた……!」


 骨鋸の背をウダイのわき腹に叩きつけながら、サビトガがうなる。変わらぬ三日月に、骨鋸がさらに強く風をまとう。


「貴様は毒に酔ったまま人を殺した!」


「それが許せんか!? 背中刺しッ!!」


 折れたあばらをかばいもせず、ウダイが骨鋸を剣で受け止める。もう何度目かも分からぬせり合いの中、サビトガは暗い確信に満ちた声を吐く。


「俺達の苦しみなど、些細ささいなことだ」


 三日月が震える気配がした。


「俺達の苦痛や、矜持きょうじの果てに……血を流すのは……俺達じゃない……」


 サビトガの視界の果てに、この部屋で唯一、己が手を他人の血で染めなかった人がいた。


 彼女を殺したのは、あるいは自分達処刑人の都合なのか。


 違うとは言い切れなかった。


「分からない」


 ウダイが三日月の目のまま、一瞬だけ声を震わせた。


「分からないよ。兄弟」


 気の迷いか。サビトガを兄弟と呼んだウダイは、しかし直後に三日月をまぶたが裂けんばかりに深め、サビトガの腹にひざを打ち込んだ。


 息を詰めながら、サビトガは片足立ちになったウダイを押し退け、はじき飛ばす。床を転がるウダイが、まるでおかに上がった魚のように全身のバネを使って身を立て直し、剣先を舞わせた。


 折れたあばらが内臓に刺さったのか、乳児の顎骨から鮮血がほとばしる。血反吐にまみれながらウダイが笑う。壊れた精神が、心が、狂った感情の声をほとばしらせる。


「近衛兵団のウダイは飛燕をも落とすぞ! 我が剣はパージ・グナの光だ! この剣で多くを守ってきた! そして奪ってきたのだ!!」


 言葉通りの閃光のような連撃がサビトガを襲う。骨鋸で防ぎながら、あるいは防ぎそこねながら、サビトガはひたすら深手ふかでだけを回避し、全身を切り刻まれる。


 毒におかされていなければ、この剣は更にはやいのだろう。だがそれはサビトガも同じだ。サビトガは剣自体を手にしていない。


 二人が剣士として対峙たいじできなかったのは、誰のせいでもなかった。


「先の影法師どもは、名を語るにも及ばなかった」


 最もするどい閃光を前に出てかわしたサビトガが、ウダイの胸元で骨鋸を振るった。


 刃のような三日月が、肉のげる音と共に震動する。


「だが――貴様の名は覚えたぞ、ウダイ」


 骨鋸の刃に、乳児の顎骨と、ウダイの喉から鼻にかけての皮がへばりついていた。


 顔面の下半分をがれたウダイは、いまや自分自身の顎骨をさらしている。


「貴様は確かに近衛兵だ。……処刑人の面頬めんぼおは必要ない! 素顔で死んでゆけッ!!」


 サビトガが、骨鋸の刃を全身全霊で振るう。とがった鯨骨に喉を引かれる瞬間、ウダイの三日月がほんのわずか、ゆるんだ気がした。


 残骸のウダイ。しかし近衛兵のウダイ。


 彼は一度たりとも己を親衛隊士とは称さなかった。


 彼の閃光の剣は、最後に彼自身に、塵ほどにでも誇りを感じさせられたのだろうか。


 サビトガには、分からなかった。


 分かるはずもなかった。

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