二十四話 『伝説』
「スノーバは皇帝とその家臣達を失い、国としての機能を破壊された。帝都の中枢で猛威を振るう不死の巨人に、軍はやがて抵抗を諦め、ユークと冒険者組合の前に全ての将校が頭を垂れた。
暴力革命、完全な、力による国の強奪。不死の巨人を自在に操るマリエラが、ユークを革命の英雄として民の前に紹介し、全てのスノーバ人に彼を受け入れるよう求めた。否と言う者は、ことごとく粛清された。巨人の恐怖が、スノーバを押さえつけたのだ」
サンテの語る物語に、コフィンの人々は様々な表情を浮かべて彼女の顔を凝視していた。
恐怖、嫌悪、そして懐疑……それまで黙って話を聞いていたガロルが、縫われた口をなでながら問いかける。
「ユーク将軍は、当初皇帝を殺さぬと言っていたはずだ。あれは嘘だったわけか」
「ユークと何年も行動を共にして、分かったことがある。彼はきまぐれで、事情次第で簡単に考えや計画を変える。勇者の遺産、不死の巨人を実際に手中にして、心の押さえがきかなくなったのだろう。
彼は巨人の性能を楽しむために、私の声を無視してマリエラと巨人に皇帝を殺させ、王城を破壊しつくした。皇妃も、姉のテオドラも、その時に命を落とした」
「玩具を与えられた子供じゃあるまいに……いや、実際に子供だが……」
「殺戮の後、ユークは私に一言だけ謝った。『すまない、つい』とな。彼にとって私との約束など、その程度のものだったということだ。
……それから後は、ユーク達と冒険者達によって、国の上層の再編成が行われた。以前の政府関係者を皆殺しにして、代わりに組合の人間をすえるだけだ。政治のド素人達が、役職と肩書きをケーキのように分け合って喜ぶ姿……私はそれを見て、冒険者達がユークの呼びかけに応じたわけを知った」
サンテが肩をさすりながら、唇を一度強く噛んだ。
「スノーバの冒険者には、純粋に未知への冒険と興奮を求めて身を差し出している者の他に……かなり高い割合で、他に仕事のないごろつきや、とりあえずの社会的身分を得ようとして冒険者を名乗っている前科者などが混じっている。
その中には当然国から冷遇されている、敗戦国民の末裔達もいたが……彼らの多くも復讐や、身分の解放のために革命に参加したのではない。強大な力を得たユークの反乱に、お祭り気分で参加して、騒ぎたかっただけなのだ。
皇帝の家臣や軍の将校のみならず、ユークを拒絶した一般人が処刑される時でさえ、冒険者達は拳を突き上げて笑っていた」
「それは、一概には言い切れぬと思うが……」
「少なくとも私にはそう見えた。かつての敗戦と国の消滅の汚辱をそそぎ、憎い仇を倒したという悲願の成就を感じさせる表情は、冒険者達……革命軍の誰からも読み取れなかった。
正義、自由の復活、革命と新時代の到来……ユークが口にする心地の良い言葉に、誰もが酔っていた。ユークは、スノーバの頂点に立った反乱者は、ごろつき同然だった冒険者を革命の勇者と呼び、誰もが主人公だと叫んだ。誰もが英雄の一人で、主権者だと」
サンテの目の奥に、強い嫌悪の光が宿る。
彼女のまぶたから、涙とも汗ともつかぬものがひとすじ流れた。
「……あの様は、まるで疫病だった。時代の変わり目に、一国民に過ぎなかった者達が歴史に介入し、英雄と呼ばれる実感。誇りを持たない、あるいは持てなかった自分達が、一日にして歴史の表舞台に立たされる快感。
それらに冒険者達は浮かれ、熱狂し、道に転がる食い散らかされた屍や、破壊された建物を視界からはじき出し、ただただユークと新たな時代を歓迎したのだ」
人が、悪を見なくなっていた。同胞の死体の前で歓声を上げられる心のゆがみが、人々に伝染していたのだと、サンテは語る。
ルキナはその目を見つめ、長い息を吐いてから、静かに訊いた。
「スノーバがユークに掌握された後は? 周辺国の反応はどんなものだったんだ?」
「スノーバの混乱に気づいた諸国は、数日とおかずに軍を進めてきた。世界の統一をもくろむ大国は全て挙兵したよ。それに対してユークが国民に命じたのは、防衛でも施設の復旧でもなかった。静観だ。巨人が敵軍を撃破するのを、ただ見ていろと言った」
「……当然、結果は……」
「マリエラと巨人が戦場を飛び回り、スノーバの周囲を血の海に沈めた。敵兵達の多くは飛来する巨人の姿を見た時点で肝を潰し、戦意を喪失していた。無理もないがな……それから後は、侵略、侵略だ。矢でも投石器でも死なない不死の巨人は単独で国々の中枢へ侵攻し、王を直接食い殺して回った。
一年で、全ての周辺諸国がスノーバに降伏したよ。全ての国が、スノーバの領土になった。革命政府が体裁を整え、実際に動き出したのもその頃だ」
「勇者の遺産が戦争を終わらせる。確かに言葉通りになったな。敵を全て倒せば戦争は起こりえないわけだ。見知らぬ他の土地に、自ら侵攻しない限りは」
冷ややかに言うルキナに、サンテはわずかにうつむき、上目づかいの視線を向ける。
ルキナが手を何度も握ったり開いたりしながら、唇を舐め、湿らせてから、再度口を開く。
「北の世界を統一したユークはスノーバ軍の頂点におさまり、将軍を名乗った。やつの仲間であるお前達は同じく軍の幹部となり、数多の兵を率いて山脈を越え、コフィンにやって来たわけだ。目指すは全世界の統一か」
「……ユークに、たとえば世界の王になるというような野望はないと思う。実のところ、彼が山脈を越えて大陸の南側にやって来たのは、民の……特に冒険者の要望によるところが大きいのだ。北の大地に敵がいなくなったなら、冒険者達は戦勝の快感を得られなくなる。
元々、国を維持するための地道な仕事などしない人々だ。占領した国の大地を冒険し尽くしたら、さらに遠い国の撃破と新たな秘境を求める」
「快感を得るためにコフィンを倒したと言うのか」
ゆっくりと肩をつかんでくるルキナに、サンテは上目づかいのまま、目を細めた。そうしてゆっくりと、うなずく。
「ユークにとって、冒険者達は自分の正しさの象徴なのだろう。彼が世に出た時、真っ先に彼を支持したのが冒険者組合の仲間達だった。だから彼らは現在のスノーバで最も優遇されているし、ユークも彼らを喜ばせるために骨を折る。
……更に言えば、ユークは北の世界の国々に対しては撃破した後、特に何の制約も加えることなくスノーバの傘下に迎えている。国の頂上にスノーバ政府の高官を置き、支配してはいるが、コフィンのように不平等な条約を押し付けて虐げてはいない。
北の国々は、倒されてもあくまで対等な立場でスノーバの一部にされただけなのだ。属国にされつつあるコフィンとは違う」
「つまり、どういうことだ?」
「ユークは……まがりなりにも戦争の消滅を掲げて反乱を起こした。もとは皇女である私をなびかせるための甘言だったとは思うが、ユーク自身この大義名分にはある程度の落としどころを用意したかったのだろう。
だから北の世界、スノーバ人が知っている国々を厚遇し、あくまで平和のための戦争であるというポーズをとった」
サンテの唇から、長いため息がもれた。
「……だが、問題は戦争を終結させた後だ。各国の王や政府関係者を殺し、政治のド素人である革命政府の人間を後釜にすえた結果、各地で国の運営に支障が出始めた。
かつての王達が対応していた諸問題が顕在化し、食糧自給や経済の歯車が狂い始めた。豊かな大地であるとは言え、それまで多くの人間が個別に対処していた国の問題を、スノーバという一つのくくりで解決しなければならなくなったことは大変な混乱を招いた」
つまり、国を下したはいいがそれを管理する能力がユーク達にはなかったということだ。
サンテが床に目を落とし、唾を飲み込んでから続ける。
「何万、何十万という人間の生活を管理するというのは、並大抵のことではない。ユークがあくまで軍の頂点にとどまり、政府内の役職を得なかったのは、彼自身に自分に政治的能力が備わっていない自覚があったからだ。だから冒険者組合の知恵者達に政治の舵を任せた。
だが、それでも限界はある。このままではスノーバはいつか立ち行かなくなる。ならばどうすればいいか……養うべきスノーバの民を増やすのではなく、一方的に搾取できる、属国を作ればいい」
ルキナが、サンテの肩を強く握った。サンテは自分の腕をつかみ、床を睨む。
「幸い、冒険者達の戦勝を望む声や、開拓者精神に応えるという形でそれは成る。属国、植民地を大量に抱えれば、スノーバ国内だけは平和で、豊かな国になる」
「矛盾と欺瞞だらけの理屈だ! 何が平和のための戦争だ! 結局お前達は我々に侵略戦争をしかける道を選んだではないか!」
「スノーバ人以外は、人間ではない。人間に似た、別種の生き物だ。コフィンを攻めることは戦争ではなく……『狩り』だと。そうスノーバの革命政府は、国民に説明している」
振り上げられたルキナの手を、背後からナギが両腕でつかまえた。
無意識にサンテを殴ろうとしていたルキナが、はっとしてサンテの肩から、逆の手を離す。
目を落としたサンテが、「当然だ」と弱々しく言う。
「私とて、他国に同じことを言われたら拳を振り上げている。……今のスノーバには、大義などない。自国が栄えるために、縁もゆかりもない国を倒し、隷属させ続ける。皇帝シデオンの代よりはるかにたちの悪い、侵略国家だ。……ユークも、私も、理想を何一つ実現できていない……偽善者の、ガキだよ」
「いや、あんたは自分を恥じているが、将軍達は違う。開き直って、自分の悪意と欲望を容赦なく我々にぶつけてくる。あんたの方が、少しだけ、マシだ」
ガロルがそう言って「だが」と、サンテに鋭い目を向ける。
「恥じているなら、どうしてもっと早く将軍達を止めなかった。自分の父親が殺されるのを、国を破壊されるのを、黙って見ていたのは何故だ。何かしら方法はあったんじゃないのか」
「……心のどこかで……天秤にかけていたんだ。ユークが作り変えるスノーバと、皇帝シデオンが治め続けるスノーバ……侵略国家から脱却する可能性があるのは、どちらだろうと……」
「父親が食い殺されても、国が変わればいいと?」
サンテが、ガロルや、ルキナ達の前で顔を上げた。「私が愚かだった」と、一瞬だけ涙声になった。
「反戦主義が間違っているとは思わない。人の血と屍の上で成り立つ国が正しいとも思わない。だが……たとえどんな国だろうと、そこに生きる無数の人々の人生を育んでいる。国の崩壊は、人々の命を危険にさらす。そんな当たり前のことに気づかなかったんだ。
国を変えるには、長い時間と綿密な計画が必要だ。たった一人の人間が正義感や理想だけで変えていいものじゃない。ユークが言うような……『魔法のような簡単な方法』など、ありえなかったんだ」
あってはいけなかった。顔を手で覆うサンテに、たまらずルキナが椅子から腰を上げた。
天窓を見上げると、いつの間にか空全体が暗くなってきている。夜まで、時間がない。
ルキナはサンテの頭に視線を下ろし、気を落ち着かせるために深呼吸をしてから、言った。
「正直に言おう。お前の話には、不審な箇所がいくつもある。全てを信じるのは、難しい」
「誓って事実だ。嘘はない。偽らざる私の過去……私の罪だ」
「……魔王ラヤケルスの名が出てこなければ、罠だと断じていたかもしれない」
ルキナが自分の家臣達を見る。コフィンの人々は、自国に伝説として名を残す魔王の話題に、みなきつく唇を閉じ、頬を緊張させていた。
顔を覆う手を下ろすサンテに、ルキナは無意識に声を潜めて、言った。
「魔王の伝説は、我が国にも伝わっている……魔王はコフィンの地で生まれ、各地で数多の悪をなし……当時のコフィン国王の命を受けた、勇者の手によって討伐された……つまり……」
ルキナの喉が、一瞬ひきつり、妙な音を立てた。
「勇者ヒルノアは、コフィン人。『神』は、古代コフィンの人間が作ったということか……?」




