七十九話 『軍人悲歌』
雨足が、狂ったように大地を叩く。空に稲光が走り、二人の形相を鋭く照らし出した。
処刑人と軍人。両者の間には埋めがたい溝と、差異がある。
抱く矜持と信念は、けっして噛み合うことはない。
そんなことは、本当は最初から、分かり切っていた。
将軍がしわの刻まれた口元をゆがめ、再び地に顔を伏せた。「お前が『背中刺し』になった時」と、ずいぶん昔の話を舌に載せ始める。
「私は、てっきり高級武官の友人がまた一人増えるのだと思った。敵国の将を討ち取った兵卒が、英雄として私のそばに昇級してくる……そうなるものだと……そうなって当然の大手柄だと……」
「俺が『お仲間』であれば、説得も楽だったろうにな」
眉一つ動かさずに言ったサビトガに、将軍はぬかるみに拳を突き込み、獣のようにうめいた。「そんなことを言っているのではない!」と、濁った声を雨の中に響かせる。
「なぜ処刑人なのだ……! 国のために命を賭して大戦果を上げた兵士が、なぜ軍の大幹部でなく、処刑人などという汚れ役を押し付けられるのだ! 王が兵士を、軽んじている! 軍を末端から成す兵士を牛馬同然に見くびっているのだ! だから『背中刺し』だの『錆咎』だの、そんな言葉が飛び出るのだ! 国家の英雄に対してな!!」
「……」
「私には耐え難かった。許せなかった。自分の部下が不当な扱いを受けたことに心底屈辱を感じていた。聖殿でお前に対し無礼な口を利いたのも……本当はお前ではなく、お前の処刑人という役目に対して嫌悪を抱いていたのだと、後になってから気づいた。兵士を貶めるお役目など……とうてい、受け入れられぬ……」
将軍が泥を握り、歯を食いしばった。サビトガの視線を受けながら「我らが先王陛下は愚物であった!」と、彼がけっして言ってはならぬ台詞を吐き散らす。
「愚かな、醜悪な、無知で蒙昧な最低の国王だった! やつの王室の存亡などもはや知ったことではない! 私は私の兵士達と、王国臣民をこそ戦火から救いたいのだ! だから危うさを知りながらもミテン様を主に奉じた! 国家の瓦解を防ぐためにだ!」
「今の今まで、お前を時代に翻弄された哀れな愛国軍人と思っていた」
サビトガは将軍を見下ろしながら、小さく「だが違った」と、何の感情も込めずに続ける。
「確信犯だったか。先王に明確な憎悪を抱く、反逆の徒……怒れる一軍人。
ことによると、本当は先王の崩御以前からミテンを利用することを考えていたのかもしれん」
「何だと……!」
「全王子の中で最も狡猾で欲深く、強烈な覇気を持ち、しかも国の歴史や伝統というものを一切顧みないのがミテン王子だ。やつをうまく利用すれば国の悪習や、兵士に対する不当な扱いを駆逐するための『毒』として使えるかもしれん」
将軍の視線が一瞬泳いだのを、サビトガは見逃さなかった。
檻の中で目を尖らせ、三度目の「帰れ」を強く言い放つ。
「お前にはお前なりの怒りや嘆き、大義大望があるのだろう。それを云々するつもりは毛頭ない。だからお前も、これ以上俺に関わるな」
「……サビトガ……」
「もう死ぬまで会いたくない」
将軍は、しばらく檻の中を見つめた後、緩慢な動きで立ち上がった。
去り際に彼はつぶやくように訊く。「仇しかない先王になぜ義理を通す?」と。
サビトガは答えなかった。
いかなる言葉も、身振りすらも返さなかった。
やがて闇を伝う雨が、二人の間を別つ。
ざあざあ、ざあざあと。




