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二十三話 『スノーバ無惨・後編』

 その異形は、回帰の剣で穴をあけられた扉と同じ金属でできた大柱に、たった一本のくいで磔にされていた。杭は異形の右の上腕を柱に打ちつけ、その全体重を支えている。


 柱には、本来杭と共に異形を縛り付けていたのだろう鎖が引きちぎれていくつも垂れ下がっており、地面には抜け落ちたらしい杭が数本。


 異形は、おそらく何百年もの間そうしてきたのだろう、弱々しい赤子のような声をあげながら、身をよじって最後の拘束を解こうともがいていた。


「……何だ……何だこれは!? この巨大な餓死者のようなバケモノが! 勇者の聖なる遺産だと言うのか!!」


 怖気おぞけに身を震わせながら叫んだサンテは、隣のユーク達に顔を向け、絶句した。


 笑っている。


 それも、二年間の旅で一度も見せたことのない、すさまじい形相の歪みを伴った、狂喜のかお


 ユークも、マキトも、マリエラも。まるで心の奥底に封じ込めていた邪悪さがあふれ出したかのように、別人のような顔で笑っていた。


 サンテは自分と同じように気圧けおされている解錠屋と顔を見合わせ、一歩後退しようとした。


 だがその瞬間ユークがサンテの外套の胸元をつかみ、引き寄せる。


 歪んだ笑みは消えていた。だが静かな表情の奥底に、有無を言わさぬ殺気に近い色がある。


 ユークが、ぞっとするほど穏やかな声で言う。


「神だ」


「……え?」


「これは世界に平和をもたらす神だ。我々の守護神だよ、サンテ。外見にまどわされてはいけない。我々はこの最後の遺産をあがめるべき神として人々に提示し、新たな信仰を作るのだ。国と世界をまとめるのに、信仰ほど有効な手段はないからな」


 唖然とするサンテを尻目に、マリエラが異形の方へと近づいて行く。見れば、異形が磔にされている柱のそばには石碑がある。勇者ヒルノアの碑文だ。


 マリエラが、辞書を片手に碑文を解読する。ややあって碑文に向かったまま、その内容を口にし始めた。


「四つ目の遺産。『不死の巨人』。勇者ヒルノアは強大なラヤケルスを倒すため、持てる全ての技術を駆使してこの生ける兵器を作り出した。不死の巨人はヒルノアの手足となって魔王を倒したけれど、あまりに強大過ぎてヒルノア自身にも処分できなかった。

 主人であるヒルノアが死ねば、不死の巨人を制御する者はいなくなり、野の獣同然に好き勝手に動き始める。自分の死後に巨人が暴れ回ることを恐れて、ヒルノアは巨人をこの場所に封じたそうよ」


「だが、その封印も限界に来ていたようだ」


 ユークがサンテを、まるで逃がすまいとするかのように肩をつかんで抱き寄せ、巨人の身を拘束する最後の杭を指さす。


 マリエラがうなずきながら、碑文を指でなぞり言葉を続ける。


「ヒルノアが言うには、たとえば不壊や不滅の効果を魔術で武器や品物に与えた場合、魔術を行使した者が死亡してもその力は持続し続ける。術をかけられた物は壊れず、滅びず、いつまでもそのままの形で世界に残り続ける。

 でも、同じ術者が作った不滅の物同士がぶつかり合った場合、より強力な魔術をかけた方が相手を壊してしまうことがあるそうよ」


「不死の巨人はヒルノアの最高傑作だ。だからどんな拘束具も、ぶ厚い扉も、いずれは破られるというわけだ」


「ヒルノアは、だから回帰の剣や、他の遺産、碑文を遺したのだと言っているわ。何百年、何千年か後に必ず世に出て来る不死の巨人を倒すため、あるいは再び隷属れいぞくさせるために、子孫達に自分の技術と物語の断片を遺すと。

 封印が解けた時、世界に散った自分の伝説の痕跡をたどって集結し、災厄に立ち向かい、巨人を処分してほしかったそうよ。巨人の主人となるための儀式……魔術の再現方法も、ここに記されているわ」


「何故そんなものがスノーバの王城にある!?」


 声をあげるサンテに、マリエラがちらりと視線をくれた。


 碑文をなぞっていた指を離し、胸の前で腕組みをして振り向く。


「ヒルノアがこの封印場所を作った後、スノーバがこの地を占領したのよ。当時スノーバという国は建国されたばかりで、今以上に領土拡大に奔走ほんそうしていた。貴重なダイヤモンドの鉱脈が走るこの地を未来の大帝国の象徴とすべく、帝都にしようとしたそうよ。

 その時に鉱脈のど真ん中に開かずの扉が見つかり、ヒルノアがその製作者として皇帝に名乗り出た」


「そんな話は聞いたこともないぞ、勇者ヒルノアの名前自体、ユークに聞かされて初めて知ったのに……」


「……ヒルノアは全てを皇帝にうち明け、回帰の剣でいったん扉をつらぬき、皇帝に巨人を見せた。皇帝は恐れおののいたけれど、ヒルノアの説明に納得し、扉を再び修復させて再封印を許した。そして自身も巨人の封印に協力することを約束し、この場所に王城を築いた……」


 バカな、と、マキトが身をよじっている巨人を見上げて鼻で笑った。「バケモノの真上に城を建てる間抜けがどこにいるんだ」と。


「そんなことをするぐらいなら、そこの碑文に記されている魔術を使って自分の国の兵器として使えばいいじゃないか。そうすればスノーバは間違いなく世界最強の国になれただろ」


「『こんなものは人間の世界にあってはならない。人間同士の戦争に使ってよいものではない』……そう当時の皇帝は言ったそうよ。この災厄が復活する時、スノーバ国内でこの脅威を押し止めるために、王城を築き、皇帝が巨人の見張り番となろう。とね」


「偽善だね。侵略国家のくせに変な使命感発揮しちゃってさ。人間が国を攻めるのは良くて巨人が攻めるのは悪い? 笑わせる」


 ユークが何度もうなずきながら、サンテを見る。


 サンテは話を聞いている内に、真っ青になっていた。皇帝に口伝で伝わる秘密、それは今マリエラが話した、不死の巨人にまつわることがらに違いないのだ。


 勇者ヒルノアの生み出した、魔王殺しの怪物。その監視と制御こそが、スノーバの皇帝に課せられた、隠れた役目だったのだ。


 侵略国家として戦争を繰り返すスノーバを変えたいがために、自分はひょっとしたら、もっと深刻な災いを世界に解き放とうとしているのかもしれない。


 サンテは自分の肩をつかんでいるユークの手を取り、両手で握って懇願こんがんした。「やめてくれ」と、相手の目を見て言う。


「あまりにも危険すぎる! ユーク、この巨人を戦争の抑止力に使うのは不可能だ! 魔術で隷属させる? 上手くいく保証などどこにもないじゃないか。古代人と違って、私達は魔術自体になじみがない……伝説的な魔術師が使った秘術を、再現できるとは思えん!」


「心配ない。マリエラならできる。彼女の家には代々魔術を使うための、才能をみがく鍛錬法たんれんほうが伝わっているんだ。素養は十分だ」


「なっ……!」


「ヒルノアが言ってたろ? 巨人に対処するための技術を子孫に遺すと。我々勇者の子孫は、いずれ復活する最悪の遺産に立ち向かうために血脈をつないでいたわけだ。

 だが全てをそのまま伝えると、遺産を私欲に使おうとする子孫が出てくる可能性がある。だから有事に、真実にたどり着くための最低限必要な情報だけを伝説として伝えたわけだな。

 おそらく巨人が拘束具を外し切り、扉を叩き始めたら、スノーバの皇帝が勇者の子孫を探して真実を伝える手はずになっていたのだろう。勇者ヒルノアの伝説が民間で埋もれ、皇帝にだけ伝えられたのは、そういう背景があったわけだな」


 ユークが、サンテの手を振り払った。

 唇をかむサンテの頬を、ユークの指が軽くつねる。


 にやりと笑いながら「馬鹿馬鹿しい話だ」と低くささやいた。


「全ては当事者間だけで完結した美談だ。未来に戦いをたくしたヒルノア、それに賛同した皇帝。巨人に関連した出来事があろうとなかろうと、スノーバは歴史上変わらず侵略国家であり続け、戦争と殺戮さつりくを繰り返してきた。

 戦いを担わされる勇者の子孫は、事実上ただの敗戦国民の末裔であり、貧民窟の住人だ。遠い先祖の事情など知ったことか。今現在のスノーバは悪であり、我々はその被害者だ」


「ユーク。巨人を隷属させる儀式を始めるわ」


 マリエラが声を飛ばし、巨人に近づいて行く。


 彼女は懐から小さなナイフを取り出すと、自分の手の平を裂き、血液を巨人へと飛ばした。巨人の足についたマリエラの血に、赤い蛇が殺到さっとうする。


 巨人の周囲を歩くマリエラを背に、ユークがサンテとマキト、解錠屋に向かって両腕を広げて叫んだ。「革命だ!」と。


「我々は不死の巨人の力をもってこの国を掌握し、悪しき権力者による支配を終わらせる! 戦いと殺し合いを続ける侵略国家の全てに、武力でもって降伏を迫るのだ!」


「ユーク! 私は!」


 回帰の剣が、サンテの胸に突きつけられた。喉を引きつらせる皇女に、ユークがふっと悲しげな顔をする。


「サンテ、やめてくれ。君はそんな愚かな人ではないはずだ。よもや今更、君の正しい理想と、夢を放棄するつもりじゃないだろう? 二年間の冒険は何のためだったんだ? この国を、世界を救い、人間同士の戦争を終わらせるためじゃなかったのか?」


「ユーク……これは、この方法は、本当に正しいのか? 私達はおたがいの先祖の遺志を踏みにじろうとしているのではないのか……?」


「しっかりしなよサンテ。ごまかされちゃダメだ。伝統とか遺志とか、聞こえのいい言葉の裏で僕らのご先祖様はいったい何をしたんだ? 皇帝は平気な顔で侵略戦争を続け、勇者ヒルノアは子孫に自分の尻ぬぐいを押しつけたんだぞ」


 口を挟むマキトに、サンテは地面に目を落とす。


 スノーバの戦争は、国のあり方は、間違っていると思う。だが先祖が、歴代皇帝が守り続けてきた秘密を暴き、けっして戦争に使おうとしなかった巨人を奪って革命を起こすというのは、どうしても納得の行くやり方ではなかった。


 だがサンテの迷いをよそに、マリエラは着々と儀式を進めていく。彼女の低く響くような声が、サンテの耳を静かに震わせる。


「巨人隷属の秘術……不滅のもの、魔術で生み出された異形を使役するには、術者の血液を異形に付着させ、その香りを覚えさせる。しかる後に異形と、偉大なるものの名を唱え、呪文に決死の意志をのせ、放つ……」


「サンテ。私はこれから冒険者組合の本部に行く。そして組合の長をこの場に連れて来て、巨人……いや、神を見せ、全冒険者の蜂起ほうきを要求する。君も同行してくれ」


 ユークが回帰の剣を握ったまま、突然サンテを抱きしめた。


 顔を引きつらせるサンテの耳に、ユークの、明らかに殺気がこもった声が吹き込まれる。


「時代の節目ふしめだ。正しい側につくか、悪しき側につくか、一瞬の判断が人物の運命を変える。一生を私の友人として終えてくれ、サンテ。そうすれば皇帝が倒された後も……君と、君の家族の身の安全は、保障しよう」


「……それは……脅迫か……!?」


「とんでもない。決めるのは君だ。だが私なら、私情に流されて正義を放棄するような無責任なまねはしないがな」


 ユークがサンテの背を叩き、くるりときびすを返した。


 組合の解錠屋に「君も一緒に来て、ここで見たことを証言してくれ。革命後に英雄になれるぞ」と声をかけると、そのまま扉の向こうへと歩いて行く。


 ユークと、解錠屋が扉の穴へ入って行くと、サンテの背をマキトが戦斧の柄でついた。振り向けば、石のような無表情で、マキトが視線を向けてくる。


「ここで降りたら、あんたは歴史に残る腰抜けだよ。自分が望んだ未来から、逃げるのかい」


「……私は……」


「巨人の脅威が、世界から戦争をなくす。あんなものに立ち向かおうとする兵士はいないさ。あんたは巨人が正しく使われるよう、革命後の政府の重鎮じゅうちんとして見張っていればいい。それがあんたの、新しい時代での役目さ」


 サンテはマキトに肩を叩かれ、結局ユーク達の後に続いた。


 マリエラの唱える呪文が、洞窟に不気味にこだまするのを背後に聞きながら。




 それから三日後の、朝。スノーバの王城を突如衝撃が襲い、玉座の間に巨大な異形が、壁を突き破って出現した。


 異形は皇帝とその家臣達を食い殺し、城内を蹂躙じゅうりんし、一気に頂上の塔まで這い上がる。


 狼の顔の描かれた国旗のわきに、無惨に食い荒らされた皇帝の屍が吐き出され、それを合図に帝都の各所から武器を持った冒険者達が蜂起し、兵士の詰め所や重要施設を襲撃した。


 巨人と冒険者の反乱はスノーバ帝国を一瞬にして地獄に変え、千年近く続いた皇帝支配を、跡形もなく粉砕した。

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