七十六話 『万雷の恥辱』
サビトガとハングリンは多少苦労しながらも敵の残骸を一所にかき集め、小石と土をかぶせて埋葬した。
他の敵から死臭を隠すためだったが、しかしこれほど血肉と油の臭いが拡散してしまった今ではどれほどの効果があるか分からない。
新たな敵襲に備える必要があった。二人は砦に戻り、仲間達と対策を練ることにする。
崩れ落ちていた砦の大門はシュトロ達の手によってみごとに立て直されていたが、反面たった三人の力で持ち上がった大門はところどころ木が腐り、欠けて、穴が空いていた。
火事を消す際にひっぺがした床材で補修はされているが、猛り狂った骸骨が突進してくれば数分と持ちこたえられないだろう。
シュトロ達もそれは心得ていると見えて、大門のすぐ後ろの土を掘り返し、落とし穴を作っていた。穴のそばに味方を渡すための長梯子と、穴に落ちた敵にぶつけるための石が積んである。
廃墟同然の砦の防御力を底上げする応急処置としては、中々のものだった。しかしサビトガは火のついた骸骨がぶち破って行った壁の穴が未だそのままになっていることにすぐに気づき、あわてて床材の残りと草の縄で補修にかかる。
魔の者が全力でぶつかってくれば、結局どの壁も崩されてしまうのだ。やはり必要な休息を取り次第他の拠点に移った方が賢明だった。
サビトガは砦の穴を一通りふさぐと、それからようやくシュトロ達に事の顛末を報告した。骸骨の正体を知ったシュトロは中庭の遺骨が確かに死んでいることを確かめに走り、レッジは自分の放火が敵にとどめをさした可能性を知らされ、ほんの少し表情をゆるめる。
骸骨と不死の水に関してハングリンが口走った内容を聞いた少女は、何ともいえぬ表情を顔に浮かべ押し黙ってしまった。
各々が各々の思考をめぐらせ、多少の意見を交わした後、ようやく赤い夜を休む運びとなる。
砦を出るのは明日の朝、睡眠と見張り番はいつも通りのローテーションと決まった。三階の弓兵達の当直場に寝具を広げ、見張り役は平原に臨む覗き穴と、階下を順に警戒する。
やがて、横になった者達が、寝息を立て始めた。
――万雷の拍手の音が聞こえる。
騒々しい楽器の音と、やけくそな口調で万歳を叫ぶ声が聞こえる。
夢だとすぐに分かった。それは過去の光景。祖国パージ・グナの、歴史に残る醜態だ。
処刑人の衣をまとい都通りを往くサビトガを、民衆が貼り付けたような笑顔で送る。
拍手。拍手。拍手。
サビトガの祖国における拍手とは、見事な演劇に対する賞賛の表明を起源とする行為だ。
演劇。お芝居。茶番。
民衆はサビトガを賞賛するふりで、全てをまがい物だと非難しているのだ。
その気持ちはサビトガも同じだった。一人の処刑人の出立を、全国民が半狂乱で祝福する。二度と戻れぬ魔の島へ王命を受けて向かう男を、生きて帰れよと心にもない言葉で送り出す。
王座を簒奪した邪悪な男の求める芝居を、皆で演じてやっているのだ。
万雷の拍手の音は、人々の尊厳がはじけて出る破裂音だ。
国から尊厳が、取り返しのつかないものが失われる、破滅の音。
それがサビトガの背に、耳にまとわりついてくる。心身をさいなむ、魂を汚す、傷跡のように――――
「君だって、十分に惨めだ」
はっきりと聞こえた声に、サビトガは目を開けた。真っ赤な視界の中央に、ハングリンの顔面がある。
横になったまま、ハングリンの首元をつかんだ。彼が武器や危険物を持っていないことを知っても、その手はほどかない。
ほどけなかった。
「俺を検めるんじゃない」
殺気もあらわに言ったサビトガに、ハングリンは相手の顔を覗き込んだまま、ぐにゃりと笑った。




