表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
227/306

七十四話 『骸』

 その異形いぎょうを何と表現すれば良いのか。


 ふらふらと体をらすそれは長細いシルエットを赤光しゃっこうの中にきざみ、眼窩がんかと口から細かな血煙ちけむりき上げる。


 眼窩に眼球ははまっておらず、口からはくちびるげ落ちて、歯がむき出しになっていた。


 皮も肉もなくした骸骨(スケルトン)。あるいは極度に腐乱した、死体。


 血まみれのそれを言葉で表現するならば、生者でなく亡者の名を使わざるを得ない。およそ命があるとは思えぬ、しかし確かに息をして動いている、異形のしかばね


 サビトガは己よりも頭四つ分は上背うわぜいがある相手を、じりじりと間合いをつめながら観察する。身のたけの大きさを別にすれば極めて人類に近い骨格だが、しかし明らかにサビトガ達のそれとは異なる特徴が骸骨(スケルトン)にはあった。


 肋骨ろっこつだ。長身の骸骨(スケルトン)の肋骨は異様に発達していて、のど骨や骨盤を取り込むほどに大きくふくれ上がっている。


 それはさながら鳥かごにも似た、格子こうし状の骨のおりだ。骨盤を底とする肋骨のかごの中に、おそらくは捕食されみ込まれたのだろう、人間の肉片が詰まっている。


 腕や足、内臓、眼球に耳朶じだに、鼻梁びりょう。食いちぎられた人体部位が圧縮され、骨の隙間すきまからはみ出ている。


 体幹の動きに合わせてぼとりぼとりとこぼれる目鼻に、視界の外からレッジが「人食い骸骨……!」と引きつった声を上げた。


 その声に、骸骨がぐるりと顔をめぐらせる。


 耳がないのに、なぜレッジの声を認識できるのか。眼球のない眼窩をなにゆえ相手に向けようとするのか。


 その行為に何の意味がある?


 サビトガは疑念を咆哮ほうこうに代え、そっぽを向いた骸骨に突進した。相手が再び顔を前に戻してから動き出すのを見届け、槍先を肋骨の鳥かごに突き出す。


 がきん、と異常に硬い音がした。まるで牛の大腿骨だいたいこつを打ったかのような、強烈な抵抗が手を伝ってくる。


 骸骨が声帯のないのどから金切り声を出した。ほとばしる血煙がサビトガの髪にかかり、大きな手骨が顔面に迫る。


 腕で防ごうとすると、骸骨の背後にシュトロが走り込んで来た。肉を持たぬ敵に剣を抜きかねたと見えて、彼は体ごと骸骨の腰骨にぶち当たり、サビトガの槍を向こう側から肋骨の隙間すきまにねじ入れる。


 体勢をくずした骸骨の手骨がサビトガのほほをかすめ、槍の石突いしづきが床に突っ張った。とっさにサビトガは身をひるがえして跳躍ちょうやくし、床と肋骨をつなぐ槍の靴底くつぞこを叩き込む。


 べきりと音がしたかと思うと、槍と接触していた肋骨が二本はじけ飛び、宙を舞った。槍を引き抜くや穴の空いた鳥かごから、腐敗した腕がずるりとこぼれ落ちる。


 骸骨がひざをつき、悲鳴を上げた。それは明らかな痛覚による叫びだ。


 眼球のない暗い眼窩がんかがサビトガを見ている。


 そこには確かに怒気が。生きた感情の気配があった。


「二人とも離れろッ!」


 響いた少女の声に、サビトガとシュトロが同時に床をる。直後に骸骨の背中に鉄の深鍋ふかなべがぶち当たった。


 火にかけっぱなしにしていた、油料理の鍋だ。ガンガンに熱せられたカボチャの油が、骸骨の全身に飛び散り、炸裂さくれつする。


 すさまじい絶叫。骨と血と人肉の焼ける臭いがき上がり、もだえる骸骨が油の飛沫しぶきを飛ばす。


 顔を引きつらせるサビトガの視界の奥で、ふと、ちろちろと炎の色がおどった。はっとしてさらに後退するサビトガの耳を、レッジの高揚こうようし切った叫びが震わせる。


「とどめだッ! くたばれぇえーッ!」


「馬鹿! やめろッ!!」


 シュトロの声が聞こえた直後、油まみれの骸骨に火のついたまきが何本も飛来し、火の粉がボン! と音を立ててぜた。


 高温の植物油に、捕食された人間のあぶら。炎は全てを取り込んで派手に燃えさかる。


 まずいと思った時には、炎のかたまりと化した骸骨が半狂乱で駆け出していた。古い木と草でできた建物を、炎と油をき散らして走り回る。


 「火を消せ!」と屋根裏のハングリンが珍しく大きな声を上げる。サビトガが返事をする前に火をまとった骸骨は砦の壁をぶち破り、木片と骨片をまき散らしながら、外へと去って行った。







「……っとによぉ、この、アホタレが。バカタレが。スットコドッコイが。ボケナスの英雄気取りの、いいとこ取りしようとして結局全部(のが)す、大間抜けめが」


「すいませんでした……」


 シュトロの罵詈雑言ばりぞうごんを一身にび続けながら、小さくなったレッジがげた木材を片付ける。


 火事は五人の必死の消火活動の結果、ホールの床の半分ほどを消失させる程度の被害にとどめられた。壁や柱が延焼する前に床を引っぺがせたことで、とりでの構造それ自体にほとんどダメージはない。


 それでもあわやパーティー全員を焼死させるところだったレッジはさすがに猛省もうせいし、シュトロや少女に小突かれ、られるままになっている。


 サビトガは水でらした麻布で顔に飛んだ油をき取り、辺りに火の気が残っていないことを確かめてから、床に座り込んでいたハングリンに「ちょっと付き合ってくれ」と声をかけた。


「逃げた骸骨の後を追う。あんたならこのあたりの地形にも詳しいし、ヤツの痕跡を拾うこともお手の物だろう」


「……そこのシュトロ君の方が適役ではないかね。地形うんぬんはともかく、非常時に私は戦力にならんぞ」


「シュトロは他の二人と一緒に砦の門を補修する。骸骨はきっと崩れた大門からまっすぐ侵入してきたんだ。敵を追う班と拠点を確保する班、どちらにも戦いにけた者が必要だ。仲間を守るためにな」


 ふふんと鼻を鳴らすシュトロを一瞥いちべつしながら、ハングリンは至極しごくおっくうそうに腰を上げる。


 旅衣を失い上半身をさらしている彼に、サビトガは寝具用の草のけ布を貸してやりながら、わずかに声を低くしていた。


「あの骸骨が魔王やあんたの言う『魔の者』か? あれをあと千匹倒せば、不死の水が手に入る?」


「そういう話だ。もっともアレはあくまで魔の者の一種に過ぎん。より強大で恐ろしげな敵はごまんといるぞ」


「だとしてもあの手の敵が相手なら、希望がないわけでもない」


 ハングリンはその言葉の意味が分からなかったらしく、掛け布を羽織はおりながら首をひねった。


 サビトガは槍をにぎりしめ、骸骨のぶち破って行った壁の穴をにらみ、ふっ、とひとつ、息を吐いた。


「痛みを感じる相手なら俺の『餌食えじき』にできる。処刑人、拷問官の、腕の見せ所だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ