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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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七十二話 『過去の砦』

 とりでの中は存外明るく、屋根の穴から降りる無数の光の柱が、こけをまとった床を点々と照らし出していた。


 屋根と壁は切り出したカバノキをそのまま組んでこさえられているが、床だけはきちんと板に加工された木材で構成されている。


 サビトガはハングリンに追いつきながら、率直そっちょくに「ここは何だ?」といた。いつしか鼻歌を歌っていたハングリンが肩をすくめ、目もくれずに答える。


「何十年か、何百年か前に、どこかの国の軍隊が建てた対魔の者の拠点砦さ。私も詳しいことは知らんよ」


「軍隊……」


「不死の水を我が王に献上けんじょうせんと、兵を引き連れて上陸した功名心豊かな高級軍人がいたのだろう。ありがちな話さ。兵の数にあかせて現地の素材を調達し、砦を築いたんだ。

 ついておいで。この先に面白いものがある」


 ハングリンは砦のだだっ広いホールを突っ切り、半壊した第二の大門を乗り越えて行く。


 サビトガ達も彼にならい、ちた木材のかたまりむ。すると門の向こうに地面がむき出しになった中庭のような場所が見えた。


 カバノキやグミの小木が、取り残されたようにわずかに生える庭。石を並べて区切った畑のような場所もあり、雑草にまじって何かの作物じみたつるが地面をのたくっている。


 だが、門を乗り越えたサビトガ達の目を最も引いたのは、庭の奥に影を落とす、巨大な白骨のかたまりだった。


 近づいてみればそれは一見猿のような、あるいは人のような骨格をしていて、まるで涅槃ねはんに入った聖人のように座禅ざぜんを組んでいる。


 両の眼窩がんかには数本のびた大槍が埋まっていて、穂先ほさきが頭骨を貫通し、背後の壁までもを打ちつけていた。


 ハングリンは、己の身の丈の数倍はあろうかという異形の白骨死体の前に立ち、サビトガ達を両腕を広げながら振り返った。「どうだね」と笑う彼に、レッジがひざをつく音を立てながら引きつった声を上げる。


「……まさか、魔の者の骨だ、なんて言うんじゃないだろうね」


「いやぁ、それ以外にないだろう。産道の民も巨大だが、あれはちゃんと人間の骨格をしている。この骨は人間のそれよりも、肋骨や指骨の数が多いんだ。牙もあるしね」


「クルノフを四人並べても、まだ足りないくらいの大きさだ……! こんなのと戦えって言うのか……!」


 深刻な声を出すレッジがひざだけでなく両手までも地面についてしまう前に、サビトガは「大丈夫だ」と低く言った。


 レッジのみならず、他の全員の視線がサビトガに集まる。「なぜ大丈夫だ?」とくシュトロに、サビトガは白骨を見つめながら、故郷パージ・グナの近海にむ大きな生き物を頭に思い浮かべ、答えた。


くじらの方がでかい。俺の国の漁師達は、巨大なザトウクジラをもりで突き殺してるんだ。少人数での漁も、珍しくない」


 まゆを寄せるハングリンの前で、シュトロがぶふっ、と吹き出した。レッジに視線を移しながら、サビトガは首をかたむける。


「軍隊でなくとも、この大きさの敵とは戦えるさ。レッジ、我々人類は、この程度の大きさはすでに『経験済み』なんだ。より大きなくじらもりで殺せるなら、魔の者をやりや剣で倒すことは可能だ」


「……そ……そういうものかな……?」


「やれやれ。辺境の悪食人種にかかりゃ、せっかくの魔の者の骨もハッタリにもならねえな」


 シュトロが笑いながら目を向けると、ハングリンは至極つまらなそうに顔をそむけ、さっさと骨の前から退いてしまった。頭をかきながら「上階に行こう」と歩を進める彼に、サビトガは背中から声を投げる。


「死体ではなく、生きている魔の者と会ったことはないのか、ハングリン」


「もちろんあるとも。君らもすぐにまみえることになるよ」


「そいつらもこの白骨のように、知性のある連中なのか」


 ハングリンがぴたりと歩を止め、サビトガを振り返る。「座禅ざぜんを組むのは知性の表れだと?」――そうくハングリンの口が、嘲笑の形にゆがんだ。


「それは魔の者の首魁しゅかいたる、魔王に知性を認めているからこそ出る発想だ。あの女の取りました物腰や気取った言い草に知的な臭いを感じたんだろうが、それはとんでもない間違いだよ。

 魔の者に知性などない。大槍に突かれながら聖人じみた姿勢を取る生き物がどこにいるんだ。それこそが魔の者が、まっとうな生物でないあかしさ」


 そのまま顔を前に戻し、中庭を出て行くハングリン。


 サビトガ達はなんとはなしに座禅を組みながら死んでいる魔の者に視線を集めたが、すぐに飛んで来たハングリンの呼び声にきびすを返し、彼の後を追う。


 再びホールに戻った一行は、壁ぎわから伸びるはばの広い階段をのぼり、上階へと進む。砦は三階ほどの高さがあったが、二階から上は壁際を回る回廊で構成されていて、実質吹き抜けになっていた。


 頑丈な作りとは言え古い木ばかりで作られた回廊はくつを当てるたびに嫌な音を立て、時折ぼきりと大きな破壊音がすると、砕けた木片が階下に落下した。


 一階で寝た方が安全なのではないか。ハングリン以外の皆の顔にそう書いてあったが、それを口にしないのは崩壊した正門と、魔の者のしかばねを目にしたばかりだからだ。


 人と魔の者との戦いの痕跡こんせきがそこかしこにある。なればこそ勝手知ったる様子のハングリンに真っ向から意見をする者はいなかった。


「下にあった魔の者の骨は、ずいぶん古いもののようだったが」


 口を開いたサビトガを、ハングリンが三階へと続く階段に足をかけながら振り返る。


 その手がつかんだ手すりが、ばきりと音を立てて砕けた。


「この砦同様、数十年か、へたをすれば数百年ほど前の遺骨だろうね。それが何か」


「あの骨以外に、魔の者の死体は残っていないのか? この砦には大矢の発射装置や、投石器がえつけられている。それは単独の敵に対するそなえというよりは、どちらかと言うと軍勢レベルの……『群』に対するそなえのように思えるのだが……」


「さっきも言ったが、私とてこの砦の詳細を知っているわけじゃないんだ。探検の途中で発見し、ていのいい避難所として利用しているだけだよ。大昔に砦にこもっていた人間達がどんな事情を抱えていて、どんな末路をたどったのかなど、知りようがないじゃないか」


 ハングリンはそう答えながらも、あごをなでなで「しかしだ」と口のはしを吊り上げた。


「確証のない想像をめぐらせるならば、きっとこの砦が建てられた頃、平原は今と違って魔の者で埋め尽くされていたんじゃないかと私は思うね。それこそ一国の軍隊が立ち往生するほどの、おびただしい異形の群がこの土地に巣食っていたんだ。

 人々は砦を築き、日々襲い来る魔の者と戦い続けた。その果てに魔の者の群の……統率者のような存在をち果たしたのさ」


「それが階下の遺骨だと?」


「人々は瓦解がかいし離散した魔の者の群を前に、勝ちどきを上げた。そして戦死した同胞や敵の屍を埋めて砦を捨てたんだ。ただ一体、最も強大な魔の者の死体だけは残った敵への見せしめとして、埋めずに野ざらしにしてね。

 そうして魔の島の奥へと突き進んだ人々は、新たな敵と出会い、二度と戻らなかった。そんなところだろう」


「その想像なら少なくとも砦の持ち主達は、魔の者に対して知性を認めていたことになるな。見せしめが通用するのは最低限の知性を持つ相手だけだ」


「そうかね。だがまあ、想像は想像だ。真実は魔の島の、人知れぬ戦いの歴史の中だよ」


「今の平原にも魔の者はいるのかな」


 口をはさんだレッジに、ハングリンは三階に到達しながら「当たり前じゃないか」と驚いたふうに言った。「この世界に到達した以上、安全な場所などもうどこにもないよ」と続ける彼に、レッジが小さく「だよね」と引きつるように笑う。


 つまりはハングリンの想像を下敷きに考えるならば、サビトガ達は今、過去激戦地だった場所にいるのだ。魔の者の大群と、人間の軍勢が殺し合い、雌雄しゆうを決した土地の上にいる。


 老朽化した軍事拠点。そこに残されるのは魔の者の、いわば将の遺骨。


 戦死者達の墓に等しいそんな場所に寝泊まりするサビトガ達を、過去のいくさの敗残兵達が見つければ、当然に牙をむいて襲ってくるだろう。


 サビトガは思考に多分に浪漫ろまんじみたものが混じっていることを自覚しながら、そっとため息をついて「気は抜けんということか」とつぶやいた。


 ハングリンは三階の回廊を渡り、砦の正面を向いた弓兵達の当直場と思われるスペースに入り込む。床面積が広く取られたその場所には、壁に大きなのぞき穴がいくつも空けられていて、回廊や階層間を移動するためであろう、長梯子ながばしごがいくつも転がっていた。


 砦に使われている木材に対して、梯子はしごを構成する木はまだ新しい。ハングリンが荷物を降ろしながら「他の探索者もここを利用するんだ」と、梯子はしごを指して言った。


「寝泊まりした者が、たまに壁や床を補修したり、生活備品を置いて行ったりする。その梯子はしごはラマダという名の僧兵がわざわざカバノキ材を持ち込んで作って行ったんだ。滞在者が緊急時に、すぐに逃げられるようにとね」


「意外に余裕があるな。他の探索者のために物をこしらえる者がいるのか」


「ラマダは特に献身的だった。だが彼は、少し前に死体で見つかったよ。もう新しい梯子をこさえる者もいないだろう」


 一瞬沈黙したサビトガが、「そういう他の探索者とはどこで会えるんだ?」といた瞬間。ハングリンはサビトガ達と初めて会った夜にしたのと同じように、床の上に寝転がって何の予告もなく目を閉じてしまった。


 続きはまた今度。そう背中で語るハングリンに、サビトガはシュトロ達と顔を見合わせながら自身も荷物を置き、会話をあきらめた。


 とにもかくにも、今夜の寝床が決まったのだ。体を休め体力を取り戻すために、サビトガ達は明るい夜を明かす準備を始めた。

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