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二十二話 『スノーバ無惨・中編』

 冷静に考えれば、無茶な話だった。


 結局のところユークの語った計画は、古代の強力な兵器を集め現代の軍事国家を従わせようという力対力の押さえ込み合いだ。


 仮に一国を滅ぼすほどの兵器を得たとして、その後どうやって国家との交渉の席を設け、また人々の賛同を得るつもりなのか。


 漠然とした計画に、それでも興味を持ってしまったのは、サンテ自身が己の夢と理想を実現させる手段を持っていなかったからだ。目の前で見せつけられた古代の剣の馬鹿げた威力に、つい心を動かされてしまった。


 幻想的な事象を目にして、何となく、ユークと行動を共にすれば今の不安定な自分の立場から抜け出せるような気がしたのだ。


 理想を抱えて放浪を繰り返すよりは、何かしら行動を起こした方が良いとも考えた。


 だからサンテはユークに連れられて、貧民窟の奥にある冒険者組合の建物に足を踏み入れ、そこで冒険者としての登録を済ませた。


 スノーバにおける冒険者は、国家公認の職業だ。スノーバ国民であれば誰でも就くことができる反面、その活動は完全に組合と個々人の責任のもとで行うよう定められている。


 つまりは、国は多少の援助資金を組合に出すが、冒険活動によって生じた事故や不都合には一切責任を負わない。


 冒険者の生死に関して国が反応することはないし、逆に冒険者が国内で狼藉ろうぜきを働いた時は容赦ようしゃなく犯罪者として捕縛するということだ。


 就業も活動も自由だが、身分保障は一切ない。それが冒険者という職業だった。


 ユークは書類に偽名を記入するサンテを笑いながら、自分の二人の仲間と引き合わせた。赤銅色の髪をした、若い男女。


 ユークと同郷で、同じ勇者ヒルノアの子孫だという二人は当時、単に冒険者マキト、冒険者マリエラと名乗っていた。


 サンテはユーク達と一晩スノーバ帝国のあり方を議論した後、翌朝にはユークの主導のもと、勇者ヒルノアの遺産探しに出発した。



 ――二年。貧民窟の一角から始まった旅は、じつに二年もの間続いた。


 勇者ヒルノアの伝説の痕跡を地道に調査し、スノーバの領土を端から端まで歩き回った。


 敗戦国のうち捨てられた伝説は、ある時は道端に寝起きする流浪の民の口から語られ、またある時は別の信仰に作り変えられ、辺境の教会の碑文に見ることができた。


 そういった旅の末にサンテ達が回収できた遺産は、二つ。


 一つは近づくのも危険な火山の火口付近の洞穴の奥に、刃が剥き出しの状態で放置されていた『不壊ふかいの戦斧』。


 さらに一つは危険な人食い狼の群が巣食う樹海の最奥、勇者ヒルノアの遺した碑文の根元に埋められていた『回帰かいきの剣』。


 いずれも命がけの冒険の果てに手に入れた遺産だったが、サンテにはそのいずれも、国と国との戦争を終わらせるほどの兵器には見えなかった。


 不満を口にするサンテに、ユークは手に入れたばかりの回帰の剣を月光にかざしながら、涼しい顔でこう言った。


「肉断ちの剣、不壊の戦斧、そして回帰の剣。これらは勇者ヒルノアが魔王討伐の旅の過程で立ちふさがった野盗や野獣、魔物を倒すために使った武器だ。

 宿敵魔王ラヤケルスを直接ほうむったのは、残る最後の四つ目の遺産。伝承によるとこの回帰の剣が、四つ目の遺産を『解放』するのに必要らしい」


「……解放……?」


「マリエラ、碑文の解読は進んでいるか」


 勇者ヒルノアの碑文に向かっていたマリエラが、彼女の家から持ち出したという古代文字の辞典をめくりながら、うなずく。


「石碑に刻まれた文章の半分は、勇者ヒルノアの後悔と言い訳を垂れ流したものね。古代人の事情に興味がなければ無視しても問題ないわ。魔王を倒すために、既に国が禁じていた魔術を行使したことをいているみたい」


「心底どうでもいいな。残る半分の内容は?」


「強力な兵器である遺産を、破壊せずに遺した理由ね。ヒルノアは魔王を倒した後全ての武器を廃棄はいきしようとしたけれど、最も強力な……四つ目の遺産だけは、どうしても破壊することができなかったそうよ。

 不滅ふめつの最強の遺産が、もし世界に災厄をばらまくようなことがあった時のために、その制御方法を記した別の碑文と、他の遺産を共に残すことにした、と」


 ユークが片眉を上げ、マキトとサンテを振り返る。


「つまり四つ目の遺産を制御するか、さもなくば他の遺産を総動員して破壊を試みよということか。最後の遺産は、けた違いの性能を持っているらしいな」


「マリエラ、四つ目の遺産が封印されている場所は、ちゃんと書かれているんだろうね」


 遺産の一つである戦斧を担いだマキトの言葉に、マリエラはにこっと笑って、サンテを見る。


 けげんな顔をするサンテに向かって、マリエラは頬に右手の人さし指を当てながら、言った。


「火山の南側のふもと……ダイヤモンドのれる鉱脈が走る土地。そこに空いた、巨大な天然の大穴おおあなの底に、最後の遺産を封印したとあるわ」


「ダイヤモンドの鉱脈……大穴……? ひょっとして、スノーバの王城がある場所のこと?」


 マキトが、言いながらサンテを見る。

 目を見開くサンテにマリエラが歩み寄り、サンテの首筋に白い指をはわせながら、ますます笑みを深めた。


「スノーバの王城は、投石器等の攻撃を防ぐために地に空いた穴の中から建てられている。地底から突き出た城の塔から、穴のふちへ橋をかけて人々が出入りする仕組みになっているわ。敵が攻め込んで来た時は橋を上げて、穴の底から地上へ掘り上げた秘密の抜け道で兵団を出動させ、敵を背後から襲う。

 篭城ろうじょう戦に特化した作りになっているけれど……その奥底に古代の兵器が眠っていることに、皇帝は気づいているのかしら?」


「……」


「サンテ。王城には人の出入りが禁止されている部屋や、使われていない階段がなかった? 皇帝か限られた者しか立ち入れないような、封印された場所が」


 他の三人の視線を受けて、サンテは目を地面に落とした。


 眉間にしわを刻みながら、うなるように答える。


「皇帝シデオンの、玉座の間……その真下の部屋に、巨大な金属の扉がある……はるか昔から、閉じっぱなしの扉だと聞いた。中に何があるのか、皇帝しか知らぬ。皇帝に即位する者が先帝から直接口伝(くでん)で教えられる以外に、正体を知る術のない禁断の扉だそうだ」


「決まりだな。最後の遺産は王城にある。サンテ、我々を手引きしてくれ。王城に忍び込むぞ」


「ユーク……お前達を城に引き入れるのは簡単だが、禁断の扉はあまりに巨大でとても四人では開けられないぞ。まして鍵でもかかっていたらお手上げだ」


「冒険者組合から、腕の良い解錠かいじょう屋を雇おう。とにかく実物を見ないことには始まらないじゃないか」


 ほくそ笑むユークの言葉にサンテは反論することもできず、結果、自分が生まれ育った王城に、こそこそと外部の者を引き入れることになった。




 勇者ヒルノアの最後の遺産に接近するにあたり、まずはサンテが一人で王城に戻り、ユーク達を引き入れる手はずを整えた。


 二年ぶりに帰って来た皇女に皇帝とその妃は特に何も言わず、家臣の者達もうわっつらだけのあいさつをして各々の仕事に戻って行った。


 唯一、姉のテオドラだけが、あまり父上を心配させるものではないと小言を言ったが、サンテはまじめに取り合わずに聞き流した。


 そのまま十日ばかりをふつうに過ごし、たまに帝都に出かけてはユーク達と連絡を取る。


 十一日目の夕刻、王城の橋が上げられる寸前に、帝都に戻る人々と王城へ帰る人々の流れに混じって、サンテはユーク達を城内へと引き入れた。


 衛兵や侍女達はサンテの普段からの好き勝手な振る舞いを見ているので、同年代以下の若者達を引き連れていても特に気にした風もなかった。


 皇帝家の人間や、家臣達と会わぬよう注意しながら、サンテ達は王城の奥へと進み、玉座の間の前を駆け抜ける。ちょうど夕食の時刻だったこともあり、広大な玉座の間には誰もいなかった。


 そのまま通路を進み、階段を降り、階下へと突き進む。


 王城の最深部であるその部屋は、天井の高い、玉座の間以上に広大な空間だった。床や壁は平らに整えられてもおらず、岩肌がそのままむき出しになっている。


 暗闇に支配された地下室で、マリエラが用意していた人数分の松明に携帯用の火起こし器で火をつけた。


 火起こし器は火打石と火打ち金が縄でつながれただけのものだが、火打石を火打ち金に掘られたでこぼこの溝の上ですべらせれば、無数の火花が散って油を染み込ませた松明に容易に燃え移る。


 燃える松明を手にサンテ達が部屋の奥へと進むと、やがて岩肌にすっぽりとはまった、巨大な金属の扉が現れた。横幅は人が何十人も寝転べるほどの長さがあり、高さは松明の火では照らしきれない。おそらく、天井付近まで伸びているはずだ。


 マキトがさび一つ浮いていない扉を何度か力を入れて押してから、ユークを振り返って言う。


「当たり前だけど、びくともしないよ。岩盤を押してるみたいだ」


「鍵穴らしきものも見当たりませんが……こりゃ、やっかいですね」


 ユークが冒険者組合から連れて来た解錠屋の男が、扉をなでたり耳をつけたりしながらうなる。


 どうする、と視線を向けてくる面々に、ユークは少し考えてから、自分が背負った回帰の剣を見た。


 勇者の遺産は、手に入れるたびにユークが新しいものに取り替え、性能を試していた。

 今は肉断ちの剣をサンテが、不壊の戦斧をマキトが使っている。


 ユークは雪のように白い鞘から、同じように純白の刃を引き出し、眼前にかかげた。柄頭つかがしらや握りに黒い宝石が埋め込まれた回帰の剣は、心なしか闇の中であわく光っているように見える。


 ユークが、松明を床に落とし、扉へと近づく。マキトが道を開けた直後、白い刃が空を切り、扉へとまっすぐに突き出された。


 サンテは硬質の音を予想したが、響き渡ったのはどぷん、という、まるで何かが水中に没したような音だった。


 目を丸くする人々の前で、回帰の剣を突き込まれた扉はその部位からどろどろの鉛色の水となり、溶け落ちて行く。


 まるで火に溶けるろうそくのように、ユークの目の前の金属にずるずると奥へ奥へと穴が空き、やがて扉には人一人分の横穴が貫通した。


「……解錠屋はいらなかったな」


 小さく笑うユークに、サンテが「どういうことだ」と声をあげた。


「何が起こった? 今のはいったい……」


「回帰の剣が最後の遺産を解放する、とはこういうことだったのだろう。おそらくこの『扉のような物』は、勇者ヒルノアの魔術で『扉の形』に固められていた、液体金属だ。水銀かそれに近い液状の金属に、頑丈な、けっして開かぬ扉の形に凝固するよう魔術を介して命じたのだろう。

 つまりはこれは扉と言うより、巨大な『ふた』だ。溶けない氷の塊が道をふさいでいるのと同じだ」


「……魔術の産物だったのか……」


「はるか昔からあるのに、錆が浮いていないのはそのせいだな。自然な状態の金属じゃない。本物の鉄や木で作った扉はいずれ人間に破られる。だから古代魔術の技術で扉を一から『精製』したわけだ。なんじ、永久とこしえにこの場を守る不壊の扉となるべし……とかなんとか、な。だが」


 ユークが、手にした回帰の剣を鞘に戻しながら一同を振り返る。自信満々の、不敵な笑みを浮かべて。


「同じヒルノアが作った回帰の剣ならば、穴を開けることができる。回帰の剣は『魔術の力それ自体』を消滅させる剣だ。自然の力ではない、魔術でもって作られた品や、引き起こされた現象に刃を入れることで魔術の効果を無効化する。

 なんじ、全ての魔を裂く剣となれ。魔の術と力を無に帰すべし……だから魔術で凝固させられていた液体金属は、元の姿に戻ってしまったんだ。魔術を使う前の状態に戻されたわけだな」


 サンテには、魔術の法則も原理もよく分からない。どれもこれも不自然で不条理な超常現象にしか見えない。


 だが、この一連の流れにサンテは、確かな『物語としての矛盾』を感じていた。

 穴の奥へ歩み出すユークに続きながら、その背に声を投げる。


「何故ヒルノアは……最後の遺産へ通じる穴を扉でふさいでおきながら、その扉を破壊できる回帰の剣を遺したんだ? 自分で作った扉をわざわざこじあけさせるのは何故なんだ?」


「さあ、分からんな。興味もない。だが……その答えはおそらく、この先にある。最後の遺産がどのようなものか分かれば、ヒルノアの遺志も分かるだろう」


 勇者ヒルノアの、遺志。


 サンテは頭上から垂れてくる液体金属を避けながら、言い知れぬ嫌な予感に頬を引きつらせた。


 邪悪な魔王を倒した勇者とやらは、何故スノーバの王城の地下に、最も強力な遺産を残したのか。


 いや、そもそも勇者が遺産を封じた地に、スノーバの王城が後から建ったのかも知れない。歴代皇帝は、父のシデオンは、この穴の先に眠る遺産の正体を知っているのだろうか。



 やがて扉の穴を抜け、城の最奥へたどり着いたサンテは、知ることとなる。


 世界の悲劇を失くすために追い求めた勇者の遺産が、真に敵を倒すため……命を奪うための、兵器であったことを。


 そのまがまがしさを、恐ろしさを、サンテは一目で理解した。

 それほどに遺産の姿は、悪意と狂気に満ちていたのだ。




 岩肌から、無数のダイヤモンドの原石がのぞく穴の底。


 そこにはりつけにされていたのは、赤く輝く蛇にまみれた、巨大な人ならざる異形だった。

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