六十三話 『探検(侵略) 中編』
ハングリンはその後も、レッジが顔をしかめるような派手であでやかなキノコばかりを採集した。
鮮烈な赤や黄色のカサを持つタマゴタケ。全身紫色のウラムラサキ。地味な色のキノコはことごとく無視され、捨て置かれる。
カバノキの皮に積み上がるのは、童話の魔女が釜に放り込んで虹色のスープを作るのに使いそうな、カラフルな食材の山。子供でも幻惑効果や食中毒を疑いそうな、非常識な色彩の群。
レッジがあまりに不審な顔をするので、ハングリンは採取したキノコを枝に突き刺し、実際に焼いて食べて見せた。
赤や緑や紫の色彩をむさぼるハングリンに、レッジは不審な顔のまま「おいしいですか?」と訊く。ハングリンはさっさと呑み込んで「まずまず」と答えた。
「本来なら塩水につけて『虫出し』をするんだが、魔の島にはなぜか虫らしい虫がいない。その点は、まあ、手間がなくていい」
「そう言えば虫の音ひとつ聞きませんね。僕、虫ってダメなんです。どんなにきれいな羽を持っていても、きれいな声で鳴いても、あの胴体や足を見ると鳥肌が立っちゃって」
「繊細だな。そんな神経の持ち主がなぜ魔の島なんかに?」
ハングリンの問いに、レッジは彼とともに焚き火を囲みながら目を細める。「僕の国では伝染病が……」と、サビトガ達にしたのと同じ話を舌に載せた。
ハングリンは焚き火に枝をくべながらレッジの口上を聞き、やがて静かに感想をもらす。
「すばらしい志だ。魔の島に来る人間のほとんどは利己的な動機で不死の水を求めるが、君は祖国の人々のために己が身を危険にさらしているわけだ」
「いや、そんな。人として当然のことですから……」
「察するに、君は義侠や英雄的精神に関して深いこだわりと信念を持っているようだ。それはやはり君の生い立ちや、親御さんの教育に端を発しているものなのだろうね」
レッジは、思いがけずハングリンに己への強い関心を寄せられて、無意識にほほを染めていた。
かつて同じ話を聞かせたシュトロは、レッジをご立派だの舐め腐ってるだのと散々に馬鹿にした。レッジは鼓動を早める胸に手を置きながら「そうなんですよ!」と身を乗り出してうなずく。
「僕は英雄になりたいんです。子供の頃、母からたくさん英雄譚の本を買ってもらって、それからずっとずっと正しく立派な人間になりたいと……!」
「そうかい、お母さんの教えかい。お父さんの方はどう言ってらっしゃるんだい」
「父ですか? あんなのはクズですよ!」
思わず笑顔で言ったレッジに、ハングリンは特に驚くこともなく、小さく薄笑みを返してくる。
レッジはなぜだか無闇に興奮して、ハングリンに自分の生い立ちや境遇を細部にいたるまで詳しく話していた。
金はあるが劣悪な家庭環境で育ったこと、父親からひどい虐待を受け続けていたこと、それでも本で読んだ英雄達の精神をよりどころに、必死に耐え抜いて、最後には運命に打ち勝ったこと。
父親をたった一人で懲らしめたシーンでは、ハングリンも感嘆の声を上げて賞賛してくれた。レッジはひどくうれしくなって、その後のいきさつも手振りを加えて詳細に説明した。
だが、やがてハングリンの顔から笑みが薄れ、次第にその目にうすら寒い色がにじみ始める。魔の島に上陸する寸前まで話を進めていたレッジは、さすがにハングリンの様子に不安を感じて、一度おうかがいを立てるように問いを放った。
「あの、どうかしましたか? 僕の話、面白くないです?」
「……まあね」
とたんにレッジの胸が、きゅっと締め付けられた。せっかくいい気分だったのに、話さなくていいことまで話したのに、まき散らした自分の言葉にまずい部分でもあったのかと嫌な汗が吹き出てくる。
ハングリンは口の端にかろうじて飛沫のような笑みを残した表情で、静かな声を続ける。
「作り話をされても楽しくないよ、レッジ君」
「つ、作り話……?」
「小さな家庭の中でもがき苦しんでいた男が、家を出たからっていきなり国の命運を背負って冒険に出かけるかい?」
ぞっと背筋に寒気を感じるレッジに、ハングリンは完全に笑みを消して、言った。
「君は嘘つきだ。レッジ君。君は国ではなく、自分を救うために魔の島に来たんだ」




