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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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五十八話 『遭遇』

 異変が起きたのは、見張り役を二度交代し、三番手の少女が用足しに焚き火を離れようとした時だった。


 起きぬけでかすんだ目のはしに、突如とつじょチカチカと月光以外のきらめきを見た少女は、それが錯覚さっかくであるかどうかを疑う前に、たった今身を横たえたばかりのサビトガの肩をつかみ、り起こした。


 即座に飛び起きるサビトガ。少女は率直そっちょくに「何か光った気がする」とげる。


 月はすでに頭上から姿を消していたが、その強力な光はいまだ大穴の中にすべり込み、壁面を白く照らし出している。穴底に再びこもり始めていた闇も薄く、目をこらせばカバの木立ちの様子を遠く見通せた。


 サビトガは槍を引き寄せ、陶器とうきのあご骨を装着しながら、少女にレッジとシュトロを起こすよう命じる。無言で従う少女を背に、サビトガは身を低くし、子供の背丈せたけに目線を合わせた。


 瞬間、サビトガの視界の奥で、チカッ、と刺すような光がまたたいた。


 大穴の壁面に空いた、横穴。サビトガ達が次の順路と見定みさだめていた洞穴。


 光はその中を動いている。


 心臓が、急速に鼓動こどうを早め、体に熱い血を送り始めた。


 これより出会う、すべての魔の者を殺せ――。


 魔王の言葉が耳によみがえり、洞穴から見るもおぞましい異形がい出て来る妄想が否応いやおうもなく頭をめぐる。


 気付けば、三人の仲間がそれぞれの武器を手に、サビトガのわきに立っていた。みな休息を取りつつも、こういった事態に常にそなえていたのだろう。一言も狼狽ろうばいの言葉をもらさぬ彼らに、サビトガは真に心強さを感じ、無意識にあご骨の奥で破顔はがんしていた。


 軍隊時代、肩を並べて戦った同胞どうほうは何千人といたが、心の底から信頼できる戦友は数えるほどしかいなかった。


 戦闘でもっとも恐ろしいことは敵に囲まれることではなく、味方に置き去りにされることだ。全員で突撃しているはずが、隊列の仲間がみな臆病風おくびょうかぜに吹かれて逃げ出し、敵に向かっていたのは一番槍の自分、ただ一人だった……。そのさまを想像することが何よりも恐ろしかったし、実際似たような状況におちいったことは一度や二度ではなかった。


 背後の味方の逃走を疑い、前の敵に集中できない。それは前線で戦う兵士をもっとも弱くする心理だ。


 なればこそ逆に知らぬにそばに寄って来て、わきを固めてくれるような仲間と出会えることは、無上の喜びだった。


 サビトガはカカシの顔をかぶったシュトロや、浅く息をしているレッジに目配せをすると、カバの木を盾にするようにしてゆっくりと前進し始めた。


 光はいつしか動きを止めて、洞穴の闇の中に浮かんでいた。またたきをなくしたそれは地上に落ちた一個の星のようで、松明たいまつ蝋燭ろうそくの火のようには見えない。ゆらめきを感じぬそれのもとへ、サビトガ達は慎重に近づいて行く。


 カバの木立ちをこんな形で、しかも夜中に突っ切りたくはなかった。災厄さいやくの象徴のような洞穴に陽のない内に近づくのは、嫌な予感しかしない。だが突然現れた自分達以外の光を放置するわけにもいかなかった。


 やがて木立ちが開けると、草におおわれた地面はにわかに盛り上がり、洞穴の中へゆるい坂道となって続いていた。光は、洞穴のそばに転がっている、無数の落石のひとつにっている。サビトガは仲間達に手の平を向け、まずは自分が行って様子を見てくるとハンドサインを送った。


 洞穴の周囲には月光が届かず、ほの暗い闇がこもっている。落石の上の光は強い割に拡散性が低く、明かりとしての役割をほとんどになっていない。サビトガは槍の刃先を光に向け、ゆっくりと木立ちから進み出る。足音を殺し、接近する。


 洞穴の入り口をけっして視界から外さぬよう、気を張り詰めて光源へとたどり着けば、光を放っていたのは子供の頭ほどの、鉄製のランタンのような道具だった。


 落石の上に置かれたランタンは四角い形をしていて、サビトガ達のキャンプへ向けられた面だけが明るく発光している。サビトガはランタンに不審な糸や針金が接続されていないことを確かめてから、慎重に手に取り、その構造を調べてみた。


 立方体の鉄の箱の中には鏡がり付けられていて、鉄のつつやゆがんだ銅板どうばんが複雑に組み入れられている。それらの中央に、ガラスの容器に満たされた液体につかったなまり色の火縄ひなわが、異様に明るく燃えていた。


 おそらくは火縄の光を反射鏡や銅板を経由して集束させ、一つの光のたばとして放つための道具だ。箱の形を構成する六面の外板のうち、一面のみがガラスでできていて、箱内に満ちた光をその方向にだけ解放している。


 ……どう見ても人工物。それも、極めて新しい発想と技術で作られた道具だ。まぶしさを感じるほどの光を放つ携帯照明器具など、サビトガの祖国にはなかった。


 それがなぜ、岩の上などに置き去りになっているのか。サビトガ達の来る方向に、光の解放面が向けられていたのか――。



「目くらまし」



 突如とつじょ聞こえた声に反射的に飛び退きながら、手にしたランタンを頭上に向ける。洞穴の入り口よりほんの少し高い位置、壁面を照らす月光がギリギリ届かぬ暗がりに、なんと人影が張り付いていた。


 洞穴の周囲には、常に注意を向けていた。けっして視界から外さぬよう意識もしていた。にも関わらず人がいたことに気付かなかったのは、まさにこちらに向けられたランタンの光に目をくらまされていたからだ。


 過剰な光に、景色の暗部を認識する力を奪われていたのだ。それも明らかに視覚に異常を感じるまぶしさではなく、半端はんぱに目を開けていられる光量だったからこそ、だまされた。


 目がいていると、錯覚させられていたのだ。


 小さなツルハシのような道具を壁に突き立て、セミのように高所にたかっていた人影は、しかし自分が光を当てられると迷惑げに「違うさ、違うとも」と声を続けた。


「戦う気などない。遠目に見えた焚き火の主が、人か、人外か、確かめたかっただけだ。この穴底では、一切の油断が許されない。そんなことは新参者の君にも分かっていることだろう」


「何者だ! 降りて来い!」


「サビトガ! 待て!」


 カバの木立ちから、少女の声が飛んできた。


 がさがさと草をむ音が三人分、サビトガの背後に迫って来る。


 サビトガは人影をにらんだまま、少女の乱れた息が聞こえる方へ「知り合いか?」と低く問いかけた。少女がつばを飲み込む音を立て、それからランタンの光に捕らわれた人影を指さし、言う。


「オマエも知ってるヤツだ……。弱くて、賢い異邦人。産道の民に見捨てられたのに、自力で最古の秘境に行き着いた探索者。まさかまだ生きていたとは……」


 振り返るサビトガに、少女はうなずきながら、続けた。


「探検家、ハングリン・オールドだ。クルノフが抜けられなかったブナ森を単独で克服した……百人に一人の、異邦人だよ」

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