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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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五十七話 『物資補給戦 五』

「ん。こりゃあ美味うまい。上出来じょうでき、上出来」


 仕上がったばかりのマスの燻製くんせいをかじるシュトロに、サビトガは燻製器にまきを足しながら、少々疑わしげな目を向けた。


 すでに陽は落ちかけ、穴底には薄闇がこもり始めている。サビトガ達が起こした複数のき火の明かりと、それを反射する水面の輝きだけが、夜に沈み行く景色を現世につなぎ止めていた。


「塩も香草も使っていない、生魚を煙でいぶしただけの燻製くんせいだぞ。味にはほとんど気を使っていない」


「そうかい? でも俺は気に入ったぜ。炭の香りが染み付いて、こりゃ、いくらでも食えらあ」


「……お前は煙の味が好みなんだな。だったら、次はもっと美味うまいのを作ってやるよ。カバの木ではなくブナの木を使い、塩漬けと風乾ふうかんをしてからいぶした燻製くんせいは、そうでないものの倍はうまみが出る」


 サビトガの台詞に、シュトロは至極しごく上機嫌に「そいつは楽しみだ」と笑った。


 まるで罪のない少年のような屈託くったくのない表情に、サビトガはつい自身も口元をゆるめながら、燻製器からマスの肉を下ろしにかかる。


 カチカチになった魚肉をシダの葉をんでこさえた『つつみ』の上に並べ、積み重ねてゆくと、やがてつまみ食いを終えたシュトロがどこからか新しい肉を持ってきて、あみの空いたところへ設置し始めた。


 少女がしとめたマスの肉は、もうすべて使ってしまった。いったい何をいぶすのかと目をやると、シュトロがつまんでいるのは根元からもいだ(・・・)ヤドカリのはさみだった。


 大ぶりのはさみを山盛りにした平石ひらいし小脇こわきかかえ、ふんふんと鼻歌を歌うシュトロ。眉根まゆねを寄せるサビトガに、シュトロは「心配ねえよ」と目もくれずに言う。


「こいつも酒瓶さかびんの小魚に毒見させたんだ。他の部分はすじっぽくて食えやしねえが、はさみだけは実が詰まってて、結構イケる。一度()でたのを燻製にすりゃ寄生虫の心配もねえし、長持ちするはずだぜ」


「お前、昼飯の後に新しいヤナを仕掛けてたろ。そっちはどうなった?」


「だからそのヤナの獲物がこいつらなんだよ。……けっこうでかい魚がかかってたのに、こいつらがむらがって食い荒らしててよ。ムカついたから根こそぎ引き上げて、食ってやろうって思ってさ」


 真っ赤にで上がったはさみを笑顔であみに並べながら、シュトロは一度「チィッ!」と激しく舌打ちをした。


 経緯はどうあれ、食料の選択肢が広がるのは好ましいことだ。サビトガはまるで何かの儀式のようにうらめしげにはさみを並べるシュトロに燻製器を任せ、マスの肉をシダに包み込むと、そばに転がっていたシュトロの荷物袋に押し込んだ。


 明後日の朝、この穴底を離れる時には、四人全員の荷物袋にまとまった食料が入っていなければならない。


 それは皆で消費する食料の総量を充実させるという意味だけではなく、万一メンバーの誰かがはぐれた時、各人の生存確率を引き上げるためにも絶対に必要なことだった。


 仮に誰か一人が全員分の食料を持ち運んだとしたら、四人が何らかの理由で散り散りになった時、当然に食料を持つ者と持たぬ者ができてしまう。緊急時に食料が尽きるような事態におちいらぬよう、可能な限り四人全員が食料を所持している状態を維持いじしなければならない。


 皆で力を合わせて得た食料なればこそ、そうするべきだった。


 やがて陽が完全に落ちると、サビトガ達は昼から火にくべていた亀を引き上げ、甲羅を砕いてその肉を分け合って食べた。今のところ、酒瓶の小魚の毒見はすべて成功している。亀の肉は淡白ながらも美味で、山鳥の味に似ていた。保存のしにくい亀の卵も、同時に石焼きにしてすべて消費してしまう。


 食事が済むと、サビトガは少女とレッジに飲み水の補充を頼んだ。土に穴をり、防水性の高いカバの樹皮を敷き詰めて生水をそそぎ込み、き火で熱した焼け石を放り込んで煮立にたたせるのが、サビトガ達がこの場で選んだ飲み水の作り方だった。


 金属のなべやコップなど、火にかける容器がない時に水を煮沸しゃふつするには、このやり方が一番手っ取り早い。穴掘り式の燻製器の例と同じく、大地は人が利用しうる、最も身近なうつわだった。


 サビトガは土を掘り始めるレッジ達と、再び燻製器のヤドカリに向かうシュトロを横目に、焚き火の明かりの届く範囲のカバの木の樹皮を少し厚めにがし始めた。何かと便利なカバの木だが、サビトガはここに来て、カバの樹皮から携帯用の使い捨て松明(たいまつ)を作ろうとしていた。


 地底湖で少女が使っていたブナの松明は、手が込んでいて非常に高機能なものだったが、可燃性のガスの充満した洞窟を通るためにから燃焼部までをまるごと捨てざるをえなかった。


 結果サビトガ達は火の気とまきを同時に失い、その日の夜の焚き火を起こすのに大変な苦労をした。同じ失敗を繰り返さぬためには、気軽に使い捨てられてかつ大量に持ち運べる、極めて単純なつくりの松明が必要だ。


 油分の多いカバの樹皮、樺皮がんぴは、その材料にこの上なく適している。


 まずは健康なカバの樹皮を仕込み剣ではがし、焚き火の熱で乾燥させる。のちに樹皮を適当な大きさに分割し、軽く火であぶりながら曲げてゆく。ななめにしぼるようにねじりながら、筒状つつじょうに形を整えると、片方の先端を結び上げ、石で潰して放置する。


 そうして樹皮が冷え固まると、適度な油分を含んだ燈火用樺皮とうかようがんぴが出来上がる。片手に収まるこれを切れ込みを入れた枝などにはさみ、潰していない方の先端を上向かせた状態で火をつけると、螺旋らせん状に巻かれた樺皮が少しずつ燃焼し、長く松明として機能するのだ。


 燃焼部位とが独立しているので、もしまたガスをくぐらねばならぬ場面が訪れても火のついた樺皮だけを外して捨て、先に進むことができる。ガスを抜けた先でに新しい樺皮をはさみ、火をつければ良いのだ。


 かさばらず、軽く、ゆえに大量に持ち運べる。一から火を起こす際にもちいる火口としても、燈火用樺皮はすぐれたアイテムだった。


 サビトガはせっせと樺皮を加工し、石で潰して地面に並べてゆく。これも食料同様、四人全員が十分な量を持ち運ぶべきだ。一人につき十本。サビトガは目標を定め、気合を入れて手を動かす。


 ……そうして四人がそれぞれの仕事に従事し、一段落がついた頃には、夜はすっかりけていた。空の小さな穴底では、具体的な時刻は正確にははかれない。だがそれでも、人が深夜を感じうる世界の断片は、焚き火の周囲に満ち満ちていた。


「――すごい月」


 光の粒子を全身に浴びながら、レッジが言った。


 頭上を、真っ白な皿のような月が支配している。焚き火の光がしらむほどの、ある種霊的な光線を放つ、無欠の満月。


 ある時から突然自分達を照らし始めたその円盤えんばんの星を、唯一ゆいいつシュトロだけが「うるせぇ光だ」と非難した。


「そろそろ寝ようかと思ってたのに、目がえちまわぁ。よぉ、今日はどの順番で見張りをする? やっぱり寝て起きてを繰り返すよりかは、最初か最後に働いて、残り時間をがっつり、まとめて寝た方が疲れが取れるよなあ」


「最後にやりたいって言ってるようなものじゃないか」


 別にいいけど、と腕を組む少女に、シュトロがにかっと笑みを向ける。


 強力な月光が降りそそぐ穴底からは、敵がひそみうる物陰がほとんど駆逐くちくされている。寝難ねにくくとも、比較的安全な夜になりそうだ。


 サビトガ達は見張りの順番を決め、火にまきを足してから休みに入った。月光とは無関係だろうが、めずらしく気温の高い夜だ。シュトロはテントに入ったが、それ以外の三人は焚き火のそばに草をいて身を横たえ、あるいは座った。


 穴底の夜が、またひとつ、過ぎ去ってゆく――。

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