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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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四十七話 『果ての水面』

 太陽が木々のいただきから離れ、空と大地が十分にあたたまってから、サビトガ達は野営地を後にした。


 テントの天幕と和草にこぐさの寝具は折りたたんで、同じ和草でんだなわで縛って持って行くことにした。背負うのは荷物のほとんどを喪失そうしつしていたレッジの役目だ。


 朝食にはシュトロの荷物袋に残っていた、小瓶こびん入りの干しいちごを皆で分けた。食料もどこかで補給しなければならない。地底湖で手持ちの食べ物の大半をらしてしまってから、未だ一度も口に入れられる物を手に入れていなかった。


 サビトガは地面に空いた大穴のふちをめぐる坂道に降り立ちながら、穴底にきらめく水の青をのぞき見た。


 おそらくは雨水がまってできたのだろう水たまりは、遠目にもかなりの大きさであることが分かる。周囲にしげる緑も、生物の営みの気配を感じさせた。


 食べ物があるとすれば、あそこだ。サビトガは続々と坂道に降りて来る仲間達の足音を聞きながら、地の底へと続く螺旋らせんを歩き出した。


 坂道は広く、なめらかで、明らかに人の手で作られたものだった。ところどころ土がり起こされていたり、壁面が崩れていたりはするものの、道それ自体の傾斜けいしゃはゆるく不変で、歩きやすい。


 高度な土木技術、計算技術で作られた道だ。それは産道の民のルーツに関係するものなのか、それとも全く違う部族、生き物の手によるものなのか。


 サビトガ達は古くも優れた降り道をひたすらに進み続けた。しだいに太陽が穴の真上に近づき、ぢりぢりと皆の頭に光をそそいでくる。


 途中、麻布でできたテントの残骸があったので、休憩きゅうけいついでに昼食をとった。今度はサビトガが油紙に包まれた、干した梅の実を供出する。


 この梅の実が、サビトガの手元に残った最後の食物だった。レッジのナッツも食い尽くしてしまった今、シュトロの荷物袋に食べ物が残っていなければ一切の栄養源が尽きたことになる。


 だが、シュトロの荷物袋の中身をあえて知ろうとする者はいなかった。サビトガもレッジも少女も口をつぐみ、シュトロも告白しようとはしなかった。しても仕方ないと考えたのだ。


 一同は陽光が降りそそぐ穴の中を歩きながら、水だけは好きなだけ飲んだ。煮沸しゃふつした地底湖の水は口当たりが重く、腹にたまる。それが今は好ましかった。


 そうしてサビトガ達は、実に半日を穴の降下についやした。ゆるい螺旋らせんの坂道を黙々と歩き続け、頭上から太陽が去り、空が茜色あかねいろに染まるまでひたすら目の前の道を見すえ続けた。


 ……彼らが足を止めたのは、まさにその、見すえていた道の先が、消失してからだった。


 今まで降り続けてきた坂道が突然に、まるで巨大なナイフに切り落とされたかのようにすっぱりと途切れていたのだ。あまりのことにレッジがぽかんと口を開けたままひざをつき、そのままずりずりとひざ立ちで道の果てを、その向こうをのぞき込む。


「ウソだろ……この下は水だ。でっかい水たまりしかない」


 まるで飛び込み台だ。そう続けるレッジに、サビトガも眼下をのぞき込む。


 目に入るのは、確かに巨大な水面の世界だ。途切れた道の真下には底知れぬ水たまりが広がり、そのはるか向こうに短い草におおわれた岸と、木々が見える。


 飛び込めるかな、とつぶやくようにくレッジに、サビトガは即座に首を横に振った。


「高すぎる。それに水の下に何があるか分からん。十分な深さがあればいいが、とがった石でも突き出していたら死ぬぞ」


「じゃあどうする? 長い長いロープがあれば降りられるかもしれないけど、僕らの手持ちの道具じゃとても届かないよ。後戻りして道具を作ってくるにしても、帰りは上り坂だ。体力が……」


「おい」


 不意にシュトロが声を上げ、サビトガ達の間に腕を出した。その指が、水たまりの向こうの岸を指している。


「誰かいるぞ」


 サビトガとレッジが、同時にシュトロの指の先を目で追った。


 水面みなもの果て、草と木々にいろどられた地面に、何者かの影がある。さっき目をやった時には、確かに誰もいなかったはずだ。緑の岸に立つそれは、遠目には男か女かも判別できない。


 だがそれは確かに人影で、サビトガ達に向かってまっすぐに右腕を突き出していた。


 指さしているのか、手の平をかかげているのか。目を細めるサビトガのとなりに、シュトロがぬっと首をのばしてきた。


「声をかけてみるか? 叫べばきっと届くぜ」


「いや、待て。どうもみょうな感じだ。あれは俺達を指してるのか? 手を振るでもなく、何かのサインを送るでもなく、なぜじっと俺達を指さしているんだ?」


「あれがあの人の国の挨拶あいさつかもしれないじゃないか。魔の島にはね、世界中から色んな人が来るんだよ」


 レッジが分かりきったことをのんびりと言った直後、サビトガ達の背後で土をる音がした。


 はっとして首をひねったサビトガの目の前を、まるでひょうのように全身をするどく、しなやかな形にとがらせた少女の影がよぎる。


 言葉もなく、何の前触れもなく飛び出した少女の足を、サビトガは反射的に追い、つかもうとした。


 指が少女の肌をかすめ、虚空こくうをつかむ。気がついた時にはサビトガは足をすべらせ、坂道の果てから転落していた。


 水面に、少女とサビトガの身が、落ちてゆく。

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