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二話 『フクロウの騎士』

 灰色の雲が流れていく。


 上空を吹き荒れる風が複雑な気流を生み、翼を持つ鳥さえ己の進路を狂わされ、地上に落ちてくる。


 大草原に立つ白髪の青年の目の前に、何の因果か、大きなフクロウがたたずんでいた。


 草の間で所在なげに目を閉じている羽毛の塊に、青年は膝を折り、右手を伸ばす。左手にはびた鉄の箱が抱えられており、薄い鉄板のふたが風を受けて、カタカタと震えていた。


 フクロウは、ぴくりとも動かない。

 くちばしに触れても反応がない。


 よもや死んでいるわけでもあるまいと指を目に近づけると、ようやくフクロウは目を閉じたまま、ばさりと大きく羽ばたいた。


 そのまま青年の胸元にぶつかると、盛大に暴れた挙句あげくに草をなでながらどこぞへ飛んで行く。


 地面すれすれの低空飛行で逃走する鳥を眺めながら、青年は自分の外套を手で払い、ふと、前髪に引っかかっていた一枚の羽を指でつまんだ。


 泥のような色の、フクロウの羽。それを空にかざすとほぼ同時に、雲の奥で稲光が走り、空全体が明滅した。


 一瞬の光の中に、巨大な影がおどる。雲の中に浮かぶシルエットには翼があり、長い首を地に向けて垂らしている。


「嵐が来る……コフィンの守護神、天空竜モルグ」


 風にまぎれるような声でつぶやいた青年が、一瞬でかき消える竜の影に目を細める。


 次いでフクロウの羽を手放すと即座に風がそれを巻き上げ、上空にかっさらっていった。


 どこまでも高く飛んでいく羽。雲が再び輝き、はるか前方から雨の落ちる音が迫って来る。


「スノーバの神話は、この地の誇りを駆逐する。コフィン人の愛した世界観を破壊し、全てを作り変えようとする」


 独り言を静かにつぶやく青年の体に、草をかき分けるように迫った雨が降り注いだ。


 ごうごうと吹きつける雨と風。引きちぎられた幼い草の芽と、それと同色の緑色の花が空中に舞い上がる。


 青年は混沌とした空にフクロウの羽を探しながら、誰に届くこともない声を風に落とした。


「コフィン国王、ルガッサ。その配下の勇士達。最初の生贄いけにえはすでに、神の胃ので溶け去った頃だ……次に狙われるのは……おそらく、民と共に生きる流浪るろうの騎士」


 青年の目が、西の方角に見える、小さな村へと注がれる。


「あらゆる災厄さいやくに牙をく、民のための英雄。無名の伝説……『フクロウの騎士』か」





 風の中を、軍勢が行進する。


 静かに、素早く、夜の草原を最小限の松明たいまつを携え、剣と槍で武装した歩兵達がく。


 その二百あまりの軍勢の中心に、白馬に乗ったスノーバの将軍と三名の幹部、そしてコフィンの王女ルキナと、戦士ガロルがいた。


 コフィンには馬はおらず、ドゥーという名の巨大なきつねにハミを装着して乗用するのが習わしとなっていたが、スノーバの占領下でドゥーのほとんどは殺処分され、絶滅の危機にひんしていた。


 ルキナとガロルはあてがわれた白馬を苦労して制御しながら、将軍達の目を盗んで小声を交わす。


「ガロル、この軍勢は西のホルポ村に向かっているぞ……何故我々が夜中に叩き起こされ、辺境の村に引っ張り出されるのだ?」


「分かりません。ただ、スノーバはコフィンを倒し王都を占領しましたが、国の端々にある戦火をまぬがれた村に関しては、まだ直接干渉かんしょうを行ってはいませんでした。そこにきて、最近王都の住民が次々と辺境へ逃げ出しています。人が増えたことで妙な動きを起こさぬよう、村々に対して釘を刺すつもりなのかもしれません」


「釘を刺す……」


「兵隊を使っておどす程度なら良いのですが……しかしそれならば、夜陰やいんにまぎれて村に近づく理由がありません。見せしめに、何人か血祭りに上げる気かも」


 ルキナはガロルの言葉に兜の奥で歯ぎしりし、周囲の歩兵達を見た。


 無骨な鉄の鎧をまとったルキナ達と違い、スノーバの兵士達は末端に至るまで、銀色のプレートアーマーと、将軍の顔をした鉄仮面をまとっている。


 ルキナは彼らが喋ったり、咳をしているところを見たことがない。鉄仮面の奥からはただただ濃厚な殺気だけが放たれており、そこに人間らしい感情の気配は一切なかった。


「このに及んで民の虐殺を許すわけにはいかぬ。ガロル、何とか止められないのか」


「……あの顔を見る限り、望み薄かと」



 ガロルの視線をたどると、馬上の将軍が右腕を台にして頬杖ほおづえをつき、ルキナを面白そうに見つめていた。


 かっと頭に血が上り、腰の短剣に目を落とすルキナ。だがその瞬間、スノーバ軍の幹部の一人が白馬を横付けして来た。


 神喚び師の少女とは別の、もう一人の女幹部。非常識としか思えない、大の男の背丈以上もある長剣を腰に下げ、長い黒髪を後頭部でたばねた、目つきの鋭い女だ。


 赤い派手な外套の上に肩当てをつけた女は、ルキナと並んで馬を操りながら、冷淡れいたんな口調で言った。


「何をこそこそ相談している」


「……そちらの将軍は、条約を忘れたのか。国民の生命は保証すると言ったばかりだぞ」


「反逆者は例外、というのが、将軍のお考えだ」


「反逆者だと?」


 女はルキナの兜をじろりと睨むと、たか刺繍ししゅうが施された皮手袋をはめた手で、前方の闇に浮かぶ村を指す。


 家々から漏れるわずかな灯り。人々の暮らしの息吹に対して、女の冷ややかな声がつむがれる。


「あの村は危険人物をかくまっている。フクロウの騎士と呼ばれるコフィン王家のしんが、将軍の暗殺を企て、村人を扇動しているという報告が入ったのだ」


「フクロウの騎士!? 何を言う! あの男は単なる流れ者だ! 王家の臣どころかコフィン人ですらない! 十年前にふらりとこの地に現れ、草原や村々を気ままにうろついているだけの放浪者ほうろうしゃだぞ!」


「そちらの民の間では『伝説』と呼ばれている、と聞いたが? ただの放浪者が何故伝説になる?」


 ルキナは女の針のような視線に、思わず顔をそむけてしまった。

 唇を噛むルキナの耳に、女の低い声が突き刺さる。


「調べはついている。下手な嘘はつかぬが身のためだ」


「嘘ではない。彼は、フクロウの騎士は……コフィンの、国賓こくひんなのだ……」


 眉を寄せる女に、ルキナは首を振る白馬に手綱を振り回されながら、ゆっくりとした口調で続ける。


「コフィンは一時、南の隣国『セパルカ』と戦争状態になったことがあった。今は和平を結んでいるが、フクロウの騎士は当時の戦役で義勇兵ぎゆうへいとしてコフィン側に志願し、セパルカの勇者を三人も討ち取ったのだ。

 しかも講和会議の際、セパルカの王がフクロウの騎士を名指しで席に呼び、敵ながら見事と賞賛しょうさんの言葉をかけている。コフィン、セパルカ両国に認められた英雄として、彼は特別にコフィン騎士の称号を与えられ、伝説となっているのだ」


「それ故に、どこの馬の骨とも知れぬ男を自国に飼っているのか、お前達は」


 女の返しに、ルキナは兜の奥で荒く鼻息を吹く。


 こんな、まともに振れるかも怪しい長大すぎる馬鹿げた剣を下げた女に、まがりなりにも自国の英雄を馬の骨呼ばわりされるのは耐え難い侮辱ぶじょくだった。


「東の果ての国から亡命して来たと聞いているが、彼の出自など問題ではない。国のために命がけで働いた男をないがしろにするほど、コフィン人は下劣ではない」


「ご立派なことだ。だが今日、フクロウの騎士は死ぬ」


 女が底冷そこびえのするような声でつぶやいた直後、軍勢の最前列の歩兵が村に到達した。


 低い木製の柵を蹴り倒して突入する歩兵達に、若き将軍が背中に背負った宝剣を抜き放ちながら叫ぶ。


「村人を全員広場に引きずり出せ! 一人一人尋問してフクロウの騎士をあぶり出すのだ! 女子供も、一人たりとも逃がすな!」


 幹部達が将軍の命令を繰り返し、家々に、家畜小屋に歩兵達がなだれ込む。


 ルキナは村の広場に白馬を乗り入れると、自分とガロルをはさむように馬を止めるスノーバ人達を睨んだ。


 小さな村一つ襲うのに、わざわざ将軍と幹部が総出で敗戦国の王女であるルキナを引っ張り出す。


 自国民が虐殺されるのを目の前で見せつけ、狼狽ろうばいする様子を笑おうと言うのなら、あまりにも子供じみた行為だ。


 やはり、見た目どおりのガキなのだ。ルキナは過ぎた権力を与えられた子供そのものの将軍を睨み、奥歯をきしませる。


 だが、惨劇を予想して顔を引きつらせるルキナとガロルの前で、家屋に踏み込んだ歩兵達がぞろぞろとそのまま出て来る。


 眉を寄せる将軍に、戦斧を担いだ男が油で逆立てた赤銅色の髪をいじりながら、声を上げる。


「誰もいない……ようだね。村人ども、一足先に逃げ出したか」


「いや違うぞ、マキト! 後ろだ!」


 将軍の言葉に、その場の全員の視線が戦斧を持った男の背後に注がれる。


 歩兵達が音を立てて広場をふち取るように後退し、刃を構えた。


 目を丸くして馬を返すスノーバ軍の幹部達の目の前。広場の中央に、どこから現れたのか、一人の騎士がたたずんでいた。


 ルキナの鉄鎧と似て非なる防具。コフィン軍の数年前までの、旧式装備。全体的に丸みを帯びた、鉄の装束しょうぞく


 その錆びの浮いた肩当てから伸びるマントは、無数のフクロウの羽をろうで固め、つなぎ合わせてあつらえられた、泥色の英雄の証。


 目元に一直線に覗き穴を空けた流線型の鉄兜にも、まるで冠のように無数のフクロウの羽が差し込まれている。


 亡命者でありながら、剣の腕一つで武功を立て、本来貴族王族にしか許されぬ騎士の称号を特別に与えられた男。


 コフィンの流浪の英雄、フクロウの騎士が、そこにいた。


 歩兵の群がかざす松明の灯りに浮かび上がるその姿に、背後を取られた戦斧の男がまるで無礼を働かれたかのように、非難がましい目つきをする。


 白馬から降り立ち、その手綱を長剣の女に押しつけると、広場の土の地面を歩いて敵と対峙たいじする。


 フクロウの騎士は、ややうなだれるような姿勢で、右手に握った抜き身の剣の刃先を地面に向けている。左手にはルキナの父、コフィン国王から戦役の褒章ほうしょうとして授けられた、篭手に連結された小さな盾が光っていた。


 そこに刻まれたフクロウの紋章に、ルキナはたまらず隣のガロルの手首を握る。


 亡き父が戦場で共に戦い、身分を越えて友情を表明していた英雄が、これから処刑される。


 そんな時に、よりにもよって処刑者側の群に混じり、やつらに与えられた白馬にまたがっている自分がどうしようもなく恥ずかしかった。


 目を伏せるルキナの前で、戦斧を担いだ男が髪をいじりながら気だるげに声を上げた。


「あんたがフクロウ? 村人は?」


「村を出て行った。彼らは隷属れいぞくより誇りを選んだ。敵国には屈しない」


「尻尾をまいて逃げ出したくせに偉そうだね。まあいいよ、代わりにあんたが泣いたり、わめいたりしてくれるんだろ? なんか戦う気でいるみたいだけど……無駄だからね」


 戦斧の男が言い終わると同時に、将軍がルキナに向けてあごをしゃくった。瞬間、音もなく長く鋭い刃が、ルキナの兜と鎧の隙間、喉元にあてがわれる。


 ぎょっとするルキナに、長剣を握る女が無言で鼻を鳴らした。

 さやに収まっていた長大な剣を、いったいどうやって瞬時に引き抜いたのか。


 即座にガロルが「何をする!」と短剣を抜くが、歩兵の何人かがやはり声もなくルキナ達を取り囲み、剣と槍を突きつけた。


 ルキナは刃でひたひたと白い喉をなでられながら、ようやく自分がこの場に連れて来られた理由を察し、馬上の将軍に怒声を向けた。


「卑怯者! よりによって私をフクロウの騎士への人質にするなんて……これだけの人数で囲んで、まだ彼が怖いのかッ!!」


「おや、姫騎士殿は存外頭が弱いな。雑草を食いすぎて脳に土が詰まったか?」


 宝剣を、まるで楽器をかなでるような手つきで叩く将軍の言葉に、ルキナとガロルが同時に歯軋りする。


 将軍は高い声で笑いながら、フクロウの騎士を宝剣で指した。


「神喚びの秘術と数々の神器を持つ我々が、こんなならず者一人を怖がるわけがなかろう。姫騎士よ、これはお前の心を折るための儀式だ。コフィン人に残された最後の王族、指導者の血筋であるお前を殺さずにおくのは何のためだと思う? 我々スノーバは、何もコフィン人を皆殺しにしたいわけではないのだ」


「なっ……」


「コフィンがコフィンであるために必要な、あらゆるものを奪う。国王、英雄、コフィン人が誇りとする伝説を全て消し去るのだ。そしてその誇りの消滅を前に、王女であるお前はもがき苦しみ、やがて私に懇願こんがんするだろう。『もうやめて』『許して』と。

 国のトップが形ばかりでなく、心から私の前に屈服し、鎧を脱ぐ。姫騎士……いや、ルキナ王女殿。お前は全コフィン人の前でドレスを着て、私と主従の誓いを立てるのだ。尻を出し、奴隷の焼印やきいんを自ら押しつける。

 コフィン人はその光景と王女の悲鳴に涙し、全身全霊で理解するだろう。コフィンが真にスノーバの属国と化したことを。お前の屈服が、即ちコフィンの屈服となるのだ」


 コフィンの民を殺さず、心を砕いて奴隷にしようと言うのか。


 ルキナは全身を走る怖気おぞけにあえぎながら、まぶたを垂れる汗ににじんだ視界で、フクロウの騎士を見た。


 彼は微動だにせず、変わらぬ姿勢で剣を地に向けている。


 彼に、何か声をかけたいと思った。だが言葉が浮かばない。私に構うな? 許してくれ? まかり間違っても助けてくれなどとは言えない。


 ぐるぐると頭をめぐる言葉に気が遠くなりかけた時、フクロウの騎士と対峙していた戦斧の男が、ゆっくりと足を開いた。


 戦斧が持ち上がり、夜の闇をなでる。


「まあ、そういうことだから。あんたとは戦う気ないんだよね。黙って死んでくれないと、お姫様の顔がずたずたにされちゃうよ?」


 ぐっとルキナの喉が詰まった。こんな形で、英雄が殺されてなるものか! せめて存分に戦わせてやらねば、あまりにも救いがないではないか!


 吐くべき言葉は決まった。私に構うな、戦え! そう叫ばねば国王ルガッサの娘である資格がない!


 ルキナが口を開くのと、戦斧が振り下ろされるのは、同時だった。




 ――鉄が鉄を切り裂く、耳障りな音が響いた。



 空中に舞う、鉄の破片。それに混ざる血液。


 戦斧を振り下ろした男が口端をゆがめ、たたらを踏んで後退した。


 目を剥く彼が視線を落とすと、麻服の上に装着された胸当てがななめに切り裂かれ、伸びた傷が左の二の腕を切り裂いていた。ばくりと開いた傷口から、血が噴き出ている。


 一瞬にして剣を振りないだフクロウの騎士が、羽毛のマントを夜風にはためかせながら、低く恐ろしい声で言った。


「貴様らが損なえるのは、ルキナ王女の外面の美しさだけだ。魂までは汚せん。我々は」


 屈しない。


 そう言い切ったフクロウの騎士が、咆哮ほうこうを上げて戦斧の男に襲いかかった。


 とっさに戦斧の柄で振り下ろされる刃を受け止めた男を、フクロウの騎士が左手の盾で殴り飛ばす。


 頬を打たれ、よろめいた男に、剣が何度も何度も空を切って振り下ろされる。剣撃を防御する戦斧の柄が次第に下がっていき、そのたびに男の左腕から鮮血がほとばしった。


 たまらずわきへ逃げようとした男を剣が追撃し、左の手首を貫いた。


 声を上げて膝をつく戦斧の男。


 圧倒的な戦闘技術の差に、それまで黙っていたガロルが刃を突きつけられたまま拳を振り上げた。


「強い! やはり強い! そうとも、彼はコフィン最強の一人だ! 国王が崩御ほうぎょされ、元老院が早々に降伏を決めなければ彼もまた戦場へ参じたはずだ! お前達が戦うはずだった敵だ!」


「言い訳がましいな、王女の召使いが。誰が強いだと?」


 白けた目で将軍が言った直後、フクロウの騎士のマントが音を立てて破れ、泥色の羽が飛び散った。


 絶句するルキナ達の目の前で、フクロウの騎士が膝をつく。

 入れ替わりに戦斧の男が立ち上がり、天をあおいで深呼吸をした。


 その裂かれた傷口から、赤く輝くものがうねうねと伸びている。


 唖然とするルキナに、長剣を握った女が静かに口を開いた。


「我々もまたスノーバの『最強』、スノーバ三傑さんけつだ。彼の名は、勇者マキト。『神』の力の片鱗へんりんを授けられた男。祝福されたその肉体は、どんな傷を負っても朽ちることがない。身の内に宿った『聖なる蛇』が、即座に肉をつなぎとめるからだ」


 赤くうねるもの、聖なる蛇が、戦斧の男、マキトの裂けた肉をくわえ、体の中に戻る。


 まるで何事もなかったかのように息をつくマキトの前で、フクロウの騎士は自分の鎧をつらぬき腹を食い荒らしている蛇をつかみ、引き抜いた。


 地に落ちた蛇は赤子のような声を上げ、空中に霧散していく。マキトが息も絶え絶えの敵を睥睨へいげいし、舌打ちをした。


「やめてくんないかな。無駄だって言ったろ」


「……化け物、か……」


 小さくつぶやいたフクロウの騎士を、マキトが力任せに蹴り飛ばした。剣が地を転がり、ルキナのまたがる馬の足元に落ちる。


 マキトは戦斧を頭上高く振りかぶると、ゴミを見るような目で、仰向あおむけになったフクロウの騎士に言った。


「化け物じゃない、聖人ってやつさ。あんたみたいな努力だけで強くなった凡人ぼんじんとは、根本的な作りが違う。……最期だよ。お姫様に何か言ったら?」


 フクロウの騎士は火を吐くかのような顔を震わせているガロルと、兜の奥から濡れた目を向けてくるルキナを一瞥いちべつする。


 しかしすぐに目の前のマキトに視線を戻すと、低くあざけるように笑った。


「そうかい」


 マキトは言葉と同時に、戦斧を振り下ろす。

 轟音と共に鉄が砕け、羽と、兜が宙を舞った。


 短く声を上げて身を抱くルキナ。食いしばった歯から憎悪のうめきをもらすガロル。


 スノーバの将軍はそれらを楽しげに眺めながら、飛んで来たフクロウの騎士の頭部を受け止めた。


 それを高々と掲げると、歩兵達が無言で剣と槍で空を刺す。


 響く将軍の哄笑こうしょうに、ルキナは兜越しに両耳をふさぎ、泣き声に近い悲鳴を上げていた。

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