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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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四十六話 『星に臨む』

 いつしか東の空に明るみがしていた。


 サビトガはテントの排煙口に手をかざし、こわばった指に熱を当てようとしたが、焚き火はすでに燃え尽きているらしく、冷たい夜気のなごりがまとわりついただけだった。


 シュトロが和草にこぐさから腰を上げる気配がした。サビトガは冷たい爪先を見つめながら、低く声を吐く。


「ヴァイス達は、今もお前を狙っているのか」


 シュトロが、まるで何かを我慢しているかのような苦しげな声で、「ああ」と答えた。


「俺は、やつらから奪った身分証と金を使って、いろんな国を逃げ回ったよ。国境をいくつも越えて、大陸を横断し、しまいにゃ海も越えちまった。でも、結局やつらの追跡を振り切ることはできなかった。やつらは本当に……地の果てまでも、追ってきた」


「何人殺したんだ」


「覚えてねえ。村人のぶんも合わせて、六十人くらいじゃねえかな。あんたが処刑した人数と、どっちが多いかな……?」


「俺の方が多いよ」


 即答するサビトガに、シュトロがごろりと眼球を転がす。サビトガは伸びた爪をこすり合わせながら、もう一度「俺の方が多い」と繰り返した。


「六十人は、たいした数じゃないさ」


「……それ、もしかして、なぐさめてんの?」


「……」


「……ヴァイス達はさ……そういう台詞を聞くと、狂ったみたいにわめくんだよ。一人の人間の価値は、命の重さは、国よりも重いんだってさ」


 サビトガが、露骨に顔に嫌悪をにじませた。「ふざけてるのか」と言う彼に、シュトロは薄笑みを返す。


「だよな。さんざ人命を使い潰してきて、何言ってんだって思うよな。でも、やつらは大まじめな顔でそういう台詞を吐くのさ。連邦の外の……外国人の目のある場所ではな」


「善と平等の国、か。自国の内情と正反対の風評を他国に広めようとするのは、自分達のやり方がめられたものではないと自覚している証拠だ。お前の言ったとおり、どの道崩壊(ほうかい)は避けられぬ国だったのだろうな」


「ヴァイス達は、対外的には俺を内乱の扇動せんどう者とか、指導者として追ってるわけじゃない。あくまで同胞の村人達を殺した殺人者として手配しているんだ。さもないと自国の国民が俺にアテられて(・・・・・)蜂起ほうきするような連中だってバレちまうし、ひいては善と平等の国って触れ込みもパァになっちまう。ヴァイスが俺に何度も返りちにあってることも隠してるはずだ。国のが損なわれるからな」


うそ隠匿いんとくばかりだ」


「だからこそやつらは、よその国の官憲をなるべく巻き込まずに俺を討伐しようとした。俺を狙って来るのはいつも内々にことを収めようとする、白装束のヴァイスばかりさ。

 ……なんとかしのいできたが……連邦の内乱がいよいよ激化してきたみたいでよ。ヴァイス達の追撃も本格的になってきて、とうとう国境を固められて身動きできなくなっちまった。この、魔の島の領域でな」


 サビトガが目を上げると、シュトロはばつの悪そうな顔をして、がりがりと頭をかいた。「悪かったよ」とそのくちびるがゆがむ。


「初めから不死の水目当てで旅してたような顔をしたけど、本当は来たくて来たわけじゃねえんだ。追い詰められて、逃げ込んだだけなんだよ。二度と生きては帰れねえって、死の魔境にな」


「お前は俺に言ったぞ。自分は不死の水を飲んで、今までの人生を清算したいのだと。夢みたいな伝説に命を賭けるのは、夢にでもすがらねば生きていけない人間だからだと」


「……ああ、言ったよ。確かに言った」


「島の外にいれば国境を固めたヴァイス達が次々と刺客を差し向けてきて、いずれ囲み殺される。島に上陸したなら、踏破とうはして不死の水を得る以外に生き残る道はない。お前は伝説の秘宝に、不死の力にせられて魔の島に挑んだのではない。ただ殺されないために……祖国との『戦争』に負けないために……」


 ただ、それだけのために。


 サビトガは長い黒髪の中に双眸そうぼうを沈めながら、きり、と歯を鳴らす。シュトロはそんな相手の仕草に顔をそむけ、いで、空の明るみをめ上げるように見た。


 じきに朝陽が、刃のような光で世界を照らし出すだろう。新しい朝が来る。戦いの一日が始まる。


「……こんな風に言うやつがいる。人は、他人を犠牲にして幸せになってはならないんだと。誰かの不幸の上に築かれた幸せは、本当の幸せじゃないんだと。

 そしてまた別の誰かは、もっとはっきりしたものの言い方をする。人を殺したやつに、幸せになる権利はないんだと。必ずむくいを受けなければならないんだと。さもなきゃ世の中おかしくなっちまうってな」


「……」


「連邦やヴァイス達のことを考慮しても、俺に幸せになってほしいとは思わねえってやつは多いだろうよ。なにせ俺は、あまりにも人を殺し過ぎた。村人達だって、そもそも俺がヴァイスになりてえなんて欲を出さなきゃ死なずに済んだとも言える。

 まともな物語じゃあ、俺は悪役さ。どこぞの罪一つねえ正義漢にたたっ斬られなきゃならねえ、クズだよ」


 サビトガが立ち上がり、シュトロに漆黒のひとみを向ける。闇の玉のようなそれに、何かの光が走った。


「――でもよ――これまでの人生で、俺に何かを与えてくれた人は、みんな俺に『生』を求めてくれたんだ。生きろってよ、幸せになれってよ、口をそろえて言ってくれたんだ。俺に死ねって言ったやつは、みんな俺から何かを奪ってきた連中さ。

 ……俺がどっちの願いを叶えたいか……あんたには分かるかい、サビトガ」


 朝陽の気配が、木々と空の向こうから迫って来る。


 シュトロのひとみが、やがて燃えさかる星の色を吸収して、人間の光を放った。



「他人の血にれた手で、幸せをつかんでやる。連邦の崩壊を見届けて、その先を生きてやる。罪も報いも関係ねえ。俺は俺の愛した人の願いだけをかなえるんだ。そのための不死だ。そのために俺は……夢みたいな伝説にも挑んで、全てを組み伏せてやるんだよ」

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