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十九話 『接近』

 城門前に、短剣の柄に手をかけた二人の門番に挟まれる形で、スノーバの女幹部が立っていた。


 長剣を携えた、黒い髪の女。ルキナは闘技場で彼女にされたことを思い返し、顔をゆがめながら冷ややかな声を向ける。


「何の用だ」


「お前に話があって来た。城内に入れてもらおう」


「断る。話ならここで聞く」


「外ではできぬ話だ」


 ……何を企んでいる。


 ルキナは女の真正面に立ち、自分よりわずかに高い位置にある顔を睨んだ。


 鋭い目つき、高い鼻、広いひたい。いかにもプライドが高そうな顔立ちだ。


 ルキナの背後から、会議場に集っていた、調教師以外の家臣達がやって来る。

 ルキナは女に、静かに目を細めながら言った。


「昨夜の元老院の議場での騒ぎだが」


「ん」


「祖国と王家をあざむいたとがで、私が元老院を処分した。これはコフィン人同士の問題であり、スノーバとは関係のないことだ」


 女はルキナをじっと見下ろしていたが、やがて無言で自らの長剣に手をかけた。


 とっさに家臣達がルキナに駆け寄り、門番達が抜剣の構えを取る。


 女は、長剣の吊りひもを外し、さやごと握ると、それをルキナに向かって差し出した。眉を寄せるルキナに、女が変わらぬ無感情な声で言う。


「元老院などどうでもいい。将軍も、やつらに価値を認めていないからこそ、その離反りはん行為をお前に教えたのだ。元老院が制圧されたと聞いても、一笑に付して終わりだろうよ」


「……」


「私の用件は、もっと別のことだ。更に言えばごくごく、個人的なことだ。コフィンの王女であるお前と、一人の人間として話をしたい。……武器を預ける。城内に入れてくれ」


 ルキナは女の言葉に、ますます怪訝けげんな顔をした。

 ごくごく個人的な用件? スノーバの幹部などに、個人的な面談をわれるいわれはない。


 目の前の長剣を見つめ、思考すること数秒。


 ルキナは長剣を握る女の手を、自分の手で押し返した。


「帰ってくれ。ここはコフィン人の王城だ。スノーバ人に入って欲しくない」


「……闘技場でのことを怒っているのか?」


「ああ。だが、闘技場のことだけではない。お前達スノーバ軍がしたこと、全てに怒っている」


 コフィンの人々の視線が、憎悪が、鋭く女に突き刺さる。


 女は目を閉じ、息をついた後、鞘に納まった長剣を自分の足元に勢い良く突き刺した。


 土くれが飛び、ルキナの鉄の靴に跳ね返る。女は自分を睨むコフィン人達の前で、突然肩当てを外し、地面に落とした。次いで赤い外套の留め紐を外し、同じように脱ぎ払って地に落とす。


 目を丸くするルキナの前で、女はさらに腹に巻いていた防刃用の細い鎖をほどき、捨て去る。


「娼婦のまねごとでも始める気……?」


 家臣達に混じったナギが、ルキナの背後でそっとつぶやいた。


 お上品だこと。そうナギが続けた瞬間、上半身肌着一枚になった女が首を振り、束ねた黒髪を宙に舞わせた。


 ズボンのポケットに、鷹の刺繍ししゅうの手袋をはめた両手を突っ込み、改めてルキナに視線を向ける。


「予備の武器は隠し持っていない。丸腰だ」


「……話を聞いていたか? スノーバ人は城に入れないと言っている」


「神の正体を教える」


 一瞬、その場のコフィン人達の表情が凍った。


 ――神の正体?

 

 スノーバ軍の最大の兵器である、得体の知れない巨大な神。その正体を、コフィン側に教える。


 女の意図をはかりかねたルキナが、つい困惑を顔に出してしまいながら訊き返す。


「神の正体だと? つまり、あれは……お前達が操る巨大な生き物は、ただ単に『神』と表現する以外に、素性があるということなのか?」


「将軍はあれを、スノーバを守護する聖なる神と言っているが、その神性……神たるゆえんは、将軍とその幹部しか知らない。スノーバの入植者達は、あれを神と呼ぶ根拠を知らないのだ。正体を知らぬまま、ただ自分達についた強力な味方として、受け入れている……」


「興味深い話だ」


 突然、ルキナの真横でガロルの声がした。


 いつの間にこの場にやってきたのか、裂けた口の傷をきつく縫い合わされたガロルが、麻服姿でルキナの隣に立っている。


 ぎょっとして顔を向ける王女の前で、ガロルがまるで狼のような顔でスノーバの女幹部に口を開く。


「俺が以前同じようなことを指摘した時、将軍は明らかに回答を拒んでいた。スノーバ軍の神は、スノーバ国民のあがめる神ではない……だがそれを、何故将軍の部下であるお前が我々に明かす? それこそ将軍への離反行為だろう」


「それも含めて、お前達の城内で話したい。時間がそうあるわけではない……夜までにはスノーバの都に戻らねば」


 ガロルはルキナに、決断をあおぐような視線を向けてくる。


 スノーバの幹部を信用できるわけがなかったが、相手の提示してきた話はあまりにも重大だ。


 罠である可能性も高いが、もし本当にこの女が何らかの理由でスノーバの神の正体を明かそうとしているのなら、話だけでも聞いておいた方が良いかもしれない。


 ルキナはあごに手を当てて思考をめぐらせた後、目の前の女に再び鋭い視線を向けて言った。


「特別に……城内の一室に案内する。だが、また私を愚弄ぐろうするつもりなら、いつか必ず後悔させてやるからな」


 ルキナは女の脱ぎ捨てた装備を運ぶようナギに指示し、家臣達とともに敵国の幹部を、自ら城内へ引き入れた。

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