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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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三十三話 『善と平等の国』

 老人は頭がさっと冷えていくのを感じながら、両腕を男達に取られ、玄関へと引っ立てられる。


 廊下の闇をくぐり、床に横たわる大魚に見送られながら家の外へと出ると、男達は老人に船の場所をいた。あたりに人影はなく、大声を出してもすぐに助けが来る見込みはない。


 老人は男達の腰に下がった剣を盗み見ながら、仕方なく浜に上げた釣り船の場所を教える。


 ……何か、重大な間違いが起こっている気配がした。老人が魔の島に導いた処刑人と、この白装束の男達の言い分が、どうにも頭の中ですっきりとつながらないのだ。


 処刑人の落ち着いた、どこか優しげなものすら感じるおだやかな物腰と、罪のない者を三十人以上も惨殺ざんさつした凶暴な男のイメージが、どうしても重ならない。


 桟橋から砂浜へと降り、村の明かりから遠ざかりながら、老人はおそるおそる口を開いた。


「あんた達、俺が魔の島に人を案内したと、どこで知ったんで……」


「重大犯罪者が村民の助けを得て魔の島に渡った可能性があると、この村のおさに話した。するとすぐにお前の名を出したぞ。若い漁師はみな魔の島に近づかないが、お前はよく一人用の釣り船で島の方へぎ出し、大物をって帰るとな。魔の島へのガイドができるのは、お前くらいのものだと言っていた」


 老人は、それで孫娘が友達にみょうなことを言われていたのかと歯噛はがみした。


 村長の家には下働きの者が三十人以上詰めている。その内の誰かがこの男達と村長の会話を聞き、うわさをまいたのだ。老人が外国の犯罪者を魔の島に導いたかもしれないと……。


 老人は、今すぐに男達に説明してやりたかった。自分は確かに魔の島に人を案内したが、それはせいぜい手荷物を船に載せて運んでやったり、島までの距離や、砂の道の歩き方を教えてやった程度の手助けだったのだと。


 気概きがいさえあれば、砂の道は一人でも踏破とうはできる。どこかで小船でも買えば、砂の道をたどる必要すらない。あらゆる方角から島に向かい、上陸することができる。


 老人の導いた処刑人が、白装束の男達の捜している犯罪者とは限らないのだ。


 ……だが、たがいの誤解にもとづいた会話をて、男達はすでにそうとうに気が立っていた。何を言っても言いのがれと取られかねない。


 斬りつけられるリスクを考えれば、このままおとなしく島へ案内した方が良い。昼間と違い、夜の海は闇に沈んでいて、砂の道を歩くのは極めて困難だ。明かりを持っていようとも水面下の道はほとんど視認できず、老人の助けなしではまず間違いなく立ち往生おうじょうけられない。


 ならばこそ、魔の島にたどりつくまでは男達は老人に手出しができない。仮に船を奪おうとも同じことだ。小さな釣り船には三人と乗ることができないし、よそ者の操船では朝までかかっても島にたどり着けないだろう。砂の道に船ごと突っ込んで、転覆てんぷくするのがオチだ。


 道案内後に解放されるなら良し。さもなくば夜の海に逃げ込んでしまえば良い。


 男達が魔の島にさえみ入ってしまえば、二度と老人の前に姿を現すことはないのだ。


 やがて男達は老人の釣り船にたどりつくと、ふところから携帯用の松明たいまつと火打石を取り出し、火を生み出した。


 老人は男達にかれるまま処刑人の歩んだ道程を教え、真っ黒な夜の海に、再び釣り船を押し出した。






 ぱちぱちとはじける火が、青草の天幕を照らし出す。


 サビトガは焚き火に向かってあぐらをかき、体を温めながら、新たに刈ってきたにこ草をせっせとみ続けていた。


 テント内には火を起こしてから編み上げた草の絨毯じゅうたんが、焚き火を円状に囲むようにかれていて、レッジと少女がその上で横になっている。


 寒さというのは、空気よりも地面や壁からより強く人体に浸透しんとうしてくる。寝転んだ地面や背を預けた壁が冷えていた場合、その接触面が体の中で最も温度が低くなり、そこから熱が奪われてゆくのだ。


 ゆえに、睡眠中の体を冷気から守るためには、まず体と地面を離すことを考えねばならない。

 上にかぶせるけ布より、下にく敷き布を優先すべきなのだ。


 そうすれば体の接地面を草の絨毯じゅうたんで守りながら、焚き火で身を温めつつ、ゆっくりとけ布ならぬ掛け草をむことができる。


 サビトガは最初にでき上がった掛け草をかるく焚き火のけむりに当ててから、おもむろに顔を左に向けた。


 テントの排煙口の向こうに、刈ったままの和草の上に座っているシュトロの背中がある。


 立ち上がり、彼の背後へと近づくと、サビトガは掛け草をそっと肩にかぶせてやった。


 シュトロは振り返りもせずに、声だけでうれしげに「ありがとよ」と返す。彼の股に座ったカカシの頭がわずかにかたむき、首の下にまった刃がのぞいた。


「あんた、わりと手先が器用なんだな。俺の国の『国民服』より作りが丁寧ていねいだぜ」


「国民服……その農夫の服のことか?」


「いや、これは俺が自分で買ったもんさ。国民服ってのは……俺の祖国のルイン連邦が、国民に毎年支給する作業着のことだよ。ねずみ色の貧弱な繊維せんいでできていて、すぐに破れるんだ。そしたら次の年になるまで代わりはもらえねえ。連邦民は役人や上流階級の人間でない限り、みんな国民服しか着ちゃいけねえ決まりになってたから……腹やケツを丸出しにしてるヤツや、はだかで動き回ってるヤツがそこらじゅうにいたな。男も女も、子供もな」


 サビトガはシュトロの頭を見下ろしながら、少しばかり記憶の糸をたぐった。

 確かシュトロの祖国は、北国だったはずだ。雪と氷の世界……そう聞いていた。


 シュトロが、わずかにサビトガを振り返って、言葉を続けた。


「寒くってよ。一日中、一年中、たまんなく寒くってよ。新品の国民服を着ていたって、生地きじ隙間すきまからてつくような風がガンガン入ってくるんだ。一日の仕事が終わっても、長靴ながぐつや手袋がげなかった。どんなにどろやコヤシで汚れていようとな」


「防寒具は作らないのか? 国民服の上から羽織はおる物は……」


「作ったさ。自分の髪の毛でな。でも全然足りねえんだ。寒いままなんだ」


 髪の毛。眉根まゆねを寄せるサビトガから、シュトロは再び視線を外して前を見る。


 カカシの頭が、何かの拍子ひょうしにさらにかたむいた。


「ルイン連邦にあるものは、道ばたの石から雑草から、虫けらまで、全部国のものなんだ。国民が勝手に使っちゃいけねえことになってる。国民の財産は、国から支給された労働に必要な物品と、おのが肉体だけだ。だから髪の毛ぐらいしか防寒具の材料がねえんだよ。長い時間をかけて伸ばして、切って、集めて、帽子ぼうしや上着にするんだ。でも全然(あたた)かくねえんだよ。加工に必要な油や道具がねえから、みすぼらしいもんしかできねえんだ」


「……なぜ民にそんな仕打ちをするんだ。まるで奴隷どれいじゃないか」


「奴隷以下さ。だが連邦のおえらがたは、自分らが国民を庇護ひごしていると豪語ごうごしてはばから(・・・・)ねえ。……相棒。ルイン連邦はな、長いこと自国を『善と平等の国』って呼んでるんだよ」


 シュトロの歯が、かり、と、音を立てた。



「俺達国民は、善と平等の奴隷さ。うすっぺらい美辞麗句びじれいくに押さえつけられ、こごえさせられてきたんだ」

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