三十話 『冒涜者』
「このミテンにここまで言葉をかけさせておいて何たる言い草! 劣った王子を四人ばかり殺すのがそこまで面倒か!」
「……」
「分からぬのか処刑人! この場に集った家臣らが全員朕につく以上、ミテン国王の誕生はもはや約束された未来なのだ! 他の王子は己の駒を揃えるのに失敗したのだ! その徳と人望のなさゆえに……!」
「この者達があなたについたのは、徳と人望のせいなどではない」
顔を引きつらせるミテンに、サビトガは彼と同じような表情をさらしている男達に視線をめぐらせる。
「空の玉座の前に五人の跡継ぎが残された。その前代未聞の事態を前に、彼らは王子同士の争いを予感したのだ。となれば、各王子に特別の忠や義理を持つ者、そして五人の王子全員を守れという国王陛下の遺志を尊重する者以外は……自己保身、あるいは王家それ自体の瓦解を防ぐために、最も勝算のある王子を選び、勝たせようとする」
「ハッ! だから言うておるではないか! このミテン王子こそが最も優れた支配者の器を持つゆえに……」
「全国民が、そして諸外国が注目している王の葬儀の最中に乱を画策し、家臣達の獲得に奔走する。そんな無様をさらすような王子達に、器も徳も、人望もあろうはずがない」
争う者は、全員が不適格なのだ。
サビトガは自分を押さえる男達の手汗を感じながら、低く、どこまでも低く、室内の人々の罪を宣告した。
「ミテン王子が選ばれたのは、玉座に着くためにあらゆる手段を駆使し、競争者を、血を分けた兄弟さえも蹴落とし、皆殺しにするだろうその冷徹さ、貪欲さ、そして容赦のなさを買われたからだ。他の王子達には年相応の臆病さや、良心の呵責がある。乱を経て玉座に着いた後に反逆の芽をことごとく摘み尽くし、己の王国を守ることができるのは、おそらくはミテン王子だけだ。
だが、それは所詮不当な王者の姿だ。より人間性の欠けた凶暴な男が王となる……そのザマは、野良犬の群が共食いの果てに首魁を決めるのと何も変わらぬ」
「ゆえに貴様らの誰一人として、先王のなきがらに顔向けしている者がおらぬのだ」――サビトガはそう言い放ち、床に座す男達の背の向こう、聖殿の最奥に安置されている王の聖棺を目で示した。
本来、そうあるべき静寂の中に沈む聖殿。様々な感情が床に沈みこみ、噴き上がる空間に、ややあってミテン王子の足音が響いた。
サビトガに背を向けて、ゆっくりと歩む王子。家臣達の間を通り過ぎながら、彼は喉をかすかに震わせた。
「朕の治世において、先王の処刑人は有用だ。たとえどんなに無礼で、不快な男だろうとな。……しかし、しかしだ……何も頭を下げて朕の配下に加わってもらう必要はない。拷問と脅迫の果てに屈服させても、同じことよ。
もし意地を張ってくたばっても、それはそれ。仕方ないと、諦めよう」
次第に、サビトガの目が大きく見開かれていった。サビトガ以外の王家の家臣達も、同じように玉のごとく開いた目を、ミテン王子に向ける。
ミテン王子は、その場の誰もが視線を避けていた父王の聖棺に近づいていた。そしてその手が、金剛石のごつごつした原石でできた蓋を、床の上に落とす。
鋭い制止の声がいくつも飛んだ。だがミテン王子は聖棺の中に手を突っ込み、あろうことか……肉を落とされた父王の頭骨を、両の手につかみ上げた。
ばくん、とサビトガの心臓が跳ねる。暗黒の目をしたミテン王子が、そんなサビトガに、言った。
「こんなものはな。所詮、ただの骨さ。何の神性もない、ただの骨の塊さ――」
次の瞬間。ミテン王子が腕を振りかぶり、国王の頭蓋骨を硬い聖棺に叩きつけた。
炎と薬品で清められていた骨が、いとも簡単に砕け散り、粉々に四散する。悲鳴としか言いようのないカン高い声が、家臣達の口からほとばしった。
「このミテンのみを崇めよ!」
歯を食いしばるサビトガの目に、ふたつの暗黒が映る。
「王を越えし者、王の屍を砕きし者! 聖殿を――――聖棺を冒涜せし者! ミテンを崇めるのだッ! 天下万民! 我を頭上に掲げよッ!!」
「――ひでえ話だ」
サビトガの隣で、シュトロがつぶやく。
彼の目はまん丸に見開かれていて、陽光を浴びた草の色をほのかに映し、輝いている。
レッジも、サビトガの肩に乗る少女の目も同じだ。まるで宝玉のような、光に満ちた目。
サビトガは歩き続けたひざを曲げ、息をつきながら、うなずいた。
「高みに向かっていた道が、正反対の場所につながることもあるさ」
――少々、極端ではあるがな。
そうつぶやくサビトガと仲間達の目の前には、広大な草原の切れ目があった。
何時間もひたすらに目指してきた地平線の果て。そこはわずかに隆起した丘になっていて、その向こうには、大地がなかった。
草原の中に突然姿を現した、巨大な穴。
それこそ街のひとつがすっぽり収まりそうな大穴のはるか底には、遠く草の緑と、水の青が見える。
その深さは、明らかに海抜よりも低い。島の内部に海をつらぬくほどの縦穴が通っていた。
「……降りるのか?」
ひょっとして。
シュトロが視線を穴のふちに沿って滑らせると、やがて彼の右手方向にある坂を捉えた。
巨大な穴の側面に、ぐるぐると輪を描くように刻まれた坂道がある。螺旋を描いて地底に下りるそれは、さながら地獄への降り道だ。
げんなりと顔をゆがめるシュトロ。少女がサビトガの肩から降り、羽毛の襟巻きを返してきた。
「食事を取って、寝床を作ろう。この穴は数時間で降りられるようなものじゃない。今日は休んで、体力をつけて、明日の朝攻略開始だ」
うなずくサビトガとレッジの横で、シュトロが駄々をこねる子供のように草に転がり、頭に載せていた頭蓋骨を押し潰してしまった。




