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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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二十六話 『頭蓋骨』

 青々とした無風の草原に、三人の足音が立ちのぼっては消える。


 ブナの森と同じように、ここには虫の羽音のひとつもなかった。陽にのぞむ草の表面には虫食いの穴もなく、バッタやてんとう虫が影をおどらせることもない。


 サビトガは歩きながら足元の草をひとつ引き抜いて、その種類を吟味ぎんみしてみた。まるで剣のようにするどい光を宿した草は、しかし実際は羽毛のようにやわらかい和草にこぐさで、指を傷つける心配もなさそうだ。


 土に埋まっていた部分にはまるでいものような太った地下(けい)がごろごろと連なっている。見知らぬ植物だが、ひょっとしたら食えるかも知れぬと地下茎のひとつをもぎ取り、槍の刃で割ってみた。


 瞬間、地下茎の中から白い汁がどろりとしたたる。サビトガは眉根を寄せ、すぐに草を捨てて槍をズボンでぬぐった。


 白い汁の出る植物には、毒性を持つものが多い。もちろん例外もあるが、皮膚のかぶれや、時にもっと重大な異常を引き起こす種類の草がいくらでもあるのだ。未知の草から白い乳液が出たなら触らぬに越したことはない。旅慣れた者にとっての常識を、シュトロや少女も心得ているようで、気がつけば二人ともこちらを見て肩をすくめていた。首をかしげているのは少女をかつぐレッジだけだ。


 しばらく歩いた所で、思い出したようにシュトロが荷物袋をあさった。彼が取り出すロードストーンに、サビトガは、ああ、と声を上げる。


「森を出た今ならそれが使えるな。何もあてもなく歩く必要はなかったんだ」


「そういうこと。今向かってるのが北北西だから、このまま進もう。まっすぐ進路を取るに越したことはねえからな。……にしても、あちぃな。日差しがつえぇ。ずっと森や地下にいたせいか、やたらにこたえるぜ」


 空を見上げるシュトロのひたいに、なぜか少女が右手をすとんと置いた。男二人を下に敷いた彼女が、サビトガに目を向けて口を開く。


「魔の島は気候の変化にとぼしい。無風ゆえに雲を飛ばすことも呼び寄せることもできず、他の土地の気候変動の余波でしか季節を変えられない。つまりこの陽気は、もうしばらく続く。日差しにやられぬよう気をつけねばならない」


「……布でもかぶるか」


「水もたっぷり飲むことだ。適度に休憩きゅうけいを取って、日陰を作って体を横にしよう。急げばどんな不調に見舞われるか分からない」


 うなずいて、荷物袋を開けようとした時だった。いきなりサビトガの目の前に、少女の背中が迫って来た。


 目をきながらも少女を抱きとめるサビトガの足元に、あお向けに倒れたレッジの頭が落ちてくる。ついでに彼の後頭部をくつで受けてやりながら「どうした!」と声を上げると、少女に顔を引っかかれたらしいシュトロが傷跡を手で押さえながら叫んだ。


「レッジ!! てめえなにコケてやがんだ! ふざけんなクソッ! 痛えじゃねえか!」


「何かんですべったんだ! 何か……」


 身を起こしたレッジが、きぬを裂くような悲鳴を上げて尻をついたまま後ずさった。


 レッジが足を取られたのは、真っ白な、つるつるとした、人間の頭蓋骨だった。草にうもれたそれは死後相当な時間が経過したもののようで、一切の肉片も皮膚片も残っていない。


 シュトロがしゃがみ込み、「ははぁん」とあごをなでる。ひびの入った眼窩がんかを指でなぞると、レッジがおえぇ、と声だけで嘔吐おうとのまねをした。


「なんてこたあねえ、『しゃれこうべ』さ。そりゃああるだろうぜ。先達のしかばねがそこらの草影にゴロゴロしてても不思議はねえ」


「そ、その人、なんで死んでるんだい?」


「さあて、こっちに胴体があるが目立った傷跡はねえな。ひょっとしたらそこらの草を引き抜いて食ったのかもな。きっと毒があるんだ」


 ちら、と視線をくれるシュトロに、サビトガと少女は顔を見合わせる。直後にレッジがまたもや悲鳴を上げ、はじけるように立ち上がった。見ればシュトロが頭蓋骨の下あごを外して、両の眼窩がんかに荷物袋から取り出したボロ布を通している。白骨の眉間に固定されたボロ布は、下あごをなくした口から吐き出され……シュトロはそれを、己の頭にかぽ、とせた。


「おっ、いい感じ! しゃれこうべの日よけ帽子だ! ちと小さいが」


「ばっ、ばち当たりだ! 見知らぬ死者を冒涜ぼうとくするなんてッ!」


「この布、生地があらいから頭に直接巻いたらいてえんだよ。これなら巻かずにかぶれらあ」


 にしし、と笑うシュトロが、顔をしかめるレッジに目を向ける。「ただの骨さ」とその唇が動いた瞬間、サビトガの脳裏に突然に光が走った。



『ただの骨さ――何の神性もない、ただの骨のかたまりさ――――』



 シュトロのそれとは違う、一切の人情味のない声でつむがれたその言葉。返り血で真っ赤に染まったサビトガの顔を見下ろす、さめのように無感情な、暗黒の目。


 一瞬意識を染めた過去の情景を頭を振って振り払うと、シュトロとレッジはすでに歩き出していた。腕の中の少女が、サビトガを見つめている。


「…………何でもないよ」


 短くそうつぶやき、サビトガは羽毛のマントを外して少女の頭にかぶせた。そのままレッジの代わりに少女を肩に乗せ、歩き出す。


 頭蓋骨の外された下あごが、サビトガのくつにはじかれて、草の中に消えた。

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