二十五話 『草原へ』
草原の草は若い獣のたてがみのように、つやつやと光を帯びてまっすぐに空に向かっている。
サビトガは握っていた紐を少女にひったくられながら、ゆっくりと視線を背後へと向けた。サビトガ達の背後には、草におおわれた大きな洞穴が、まるで大口を開けた蛇のように長く地面の隆起を後に引いていた。
その隆起はやがて盛り上がった丘の中に取り込まれ、丘の頂上には葉ずれの音を立てるブナの森がある。少女が回収した腰紐を結びながら、森を見上げて言った。
「産道を通らず自力で森を抜けた異邦人は、ああいう場所からこの『子宮』に出て来る。やっと森を抜けられたと喜ぶやつもいるが、たいがいは目の前に広がる草原の広大さに呆然とする。魔の島はどの方角から見ても森に地形を隠されているから、広さを甘く見積もるやつが多いんだ」
「草原と、森しか見えない。これからどこに向かえばいいんだ?」
サビトガの問いに、少女はひょい、と肩をすくめてみせる。視線を前方に戻し、自身のひざまである草の中に足を踏み入れる。
「森から離れればいい。草原の中心に向かって歩けば、いずれ道が開かれる、はずだ」
「はず?」
「……ここから先へは、ワタシも立ち入ったことがない。使命に出かけた者のみが知る、最古の秘境への道だ」
自分に駆け寄って来るサビトガ達を尻目に、少女は草の匂いのする空気を胸いっぱいに吸い込んだ。海岸とブナの森、地下を主な暮らしの場としてきたのだろう彼女は、わずかに機嫌を良くしたような表情でレッジを見る。
首をかしげるレッジに、少女は「おい、かたぐるま」と唐突な要求を口にした。
「鎧も荷物袋もなくして重みが恋しいだろ。ワタシが肩に乗ってやるからしっかり支えろよ」
「何だよそれ! いいよ別に!」
「目線が高くなればより遠くを見渡すことができる。地平線の遠さは目の高さに比例する。オマエとワタシが協力すればこの場の誰よりも高い位置に視点を置くことができるのだ」
「き、協力って、ただ僕に乗っかるだけのくせに……」
「いち早く地形の変化や危険物を発見することはみなの生死にも関わることだぞ。いいからしゃがめ! どうせ他に仕事もないだろ!」
レッジはサビトガとシュトロに視線を向け、二人が肩をすくめるのを見届けてからしぶしぶ草の中にひざをついた。
少女が首に乗るや、気合を入れて立ち上がる。わずかにふらつきながら少女の細い足をにぎると、レッジはうらめしそうに少女の顔を見上げて「何か見える?」と訊いた。
少女が満足げに首を横に振ると、三人の男達は無言のうちに、地平線を目指して歩き始めた。