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棺の魔王 (コフィン・ディファイラー)  作者: 真島 文吉
棺の魔王0 -魔王の処刑人- (旧題 ヘッズマン・グレイブ)
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十九話 『道程』

 『産道』はわずかに傾斜けいしゃしていて、サビトガは少女に追いつくために水を吸った靴を力いっぱい蹴り上げるようにして運ばねばならなかった。びちゃびちゃと地面を叩く水音、ぱちぱちとはじける松明の音。それらは闇の向こうの壁に、かすかに反響しているように聞こえる。


 そうとうな広さのある空間のようだった。松明が照らし出している範囲には、一切の壁も、天井もない。


 唯一の光源である少女とはぐれれば、たちまち闇の中で身動きが取れなくなる。シュトロも同じことを考えたようで、彼は先を行く少女に追いつくや一緒に走って来たサビトガとレッジを抜いて少女のとなりに立ち、松明をもの欲しそうに見ながら、耳打ちをするように訊いた。


「その松明、どこにあったの? 俺達の分はないの?」


「これはワタシが森に出る前に火をつけて、岸辺に置いておいたものだ。太いブナの枝に金属のつつをかぶせて、砕いた生木と樹脂を段段だんだんに詰め込んである。火をつけたら三日は燃え続ける特製品だ」


「三日! そいつぁすげえ! で、俺達の分はないの?」


「ない。おとなしく後ろについてろ」


 わずかに口の角を引き上げながら、しかしぴしゃりと言い放つ少女にシュトロは悲しげに顔をゆがめ、すごすごとサビトガとレッジのもとにさがってくる。携帯用の松明棒や蝋燭ろうそくでもあれば少女から火をもらうこともできるのだが、一度地底湖に完全に水没した男達の荷物に乾いたそれらがあろうはずもなかった。


 周囲にも火を灯せるような物は見当たらない。男達は少女の言うとおりにする他なかった。四方を闇に包まれた黒石の道を、火を掲げる少女に導かれるままに歩き続ける。


 変わらぬ景色を三分も行ったところで、今度はレッジがぐず、と鼻を鳴らした。


「暗いなあ、寒いなあ……まるで地獄への通り道みたいだ。悪人が死後にたどる道も、こんなふうに暗くてじめじめして、陰気な感じなんだろうねえ」


「おい、ワタシの産まれた場所だぞ。言葉に気をつけろ」


 レッジを振り返り、じろりと視線をくれる少女。レッジは再び鼻を鳴らしながら、突然「悪かったよ」と涙声を出した。


「今の発言だけじゃない。君をさんざ魔物呼ばわりしたことも謝るよ。気分を害しただろうね、本当に無礼なことをしたよ。許しておくれ」


「……なんだ、いきなり」


 少女がぎょっとしたように立ち止まり、レッジを振り向いた。サビトガとシュトロの視線も受けながら、レッジは服のすそをいじりいじり、幼児のようにはなをすする。


「頭が冷えたんだよ。いや、別に地底湖に入ったからってわけじゃない。こうして死の危険から遠ざかって、静かな場所を歩くうちに熱くなってた心がだんだん落ち着いてきたんだ。考えてみれば、僕は仲間を失った悲しみをいやすためにわざと君を憎んでいた気がする。君の言うとおり、僕らは自分達の意志で君を追って野盗達とぶつかったのに、まるで全部君が仕組んだかのように言って……本当に悪かった。僕は卑怯なカッコウだったよ」


「その表現まだ使うのかよ」


 茶茶ちゃちゃを入れるシュトロのわきばらを、サビトガがひじで小突いた。ぐふっ、と身を折るシュトロの横で、レッジがき物が落ちたかのような清廉せいれんな目を輝かせ、少女へ両手を差し出して言葉を続ける。


「君を悪い魔物だと思うことで、僕は自分のふがいなさから目をそらしていたんだ。野盗と戦わず、仲間を守らず、ひたすら逃げ回っていた自分の情けなさを、魔物にそそのかされたんだから仕方がないじゃないか、と……そんな風に考えていた。君はこうして親切にも僕を道案内してくれているのに」


「いや、別にオマエを道案内してるわけじゃ……」


「心を入れ替えるよ。仲間を守れなかったのは僕の責任だ。いつか上に残してきた彼らの遺体を迎えに行って、ちゃんと墓を作って埋葬するよ。それが僕にできる、ただひとつの贖罪しょくざいだ」


「やめとけ。もうウェアベアに見つかって食われてる。ウェアベアは食べ残した獲物を自分の巣穴の近くに持ち帰って、おしっこをかけて臭いづけするんだ。一度臭いづけした獲物はそのウェアベアの所有物という扱いになる。勝手に持って行ったらおしっこの臭いを追跡して、どこまでも追ってくるぞ。オマエも殺されておしっこかけられるのがオチだ」


 少女は無表情にそう言うと、再び前を向いて歩き出した。


 サビトガとシュトロは顔を見合わせ、硬直しているレッジの差し出している手をそれぞれつかんで引きずり始める。言葉が出ない様子のレッジに、二人もまた何の言葉もかけなかった。


 時と共に冷えてくる体をさすりながらさらに数分を歩くと、不意に少女の持つ松明の先に別の光が見えた。オレンジ色の炎とは違う、青白い光の筋の群。それがまるで風になびくカーテンのように波打っている。


「月光だ。腐葉土に覆われていない岩場の地割れから差し込む光が、大地の回転にあわせてあんなふうに踊るんだ。気をつけろよ、あの光のそそぐ場所には石も降ってくる。頭に当たれば死ぬぞ」


「なんちゅう所に住んでんだよ、お前ら」


 呆れた声を出すシュトロに、少女が口のはしをつり上げて笑ってみせた。


 光に向かってさらに前進し続けると、やがてサビトガ達の前に深いほりに囲まれた集落が現れた。


 まだ遠い月光を背にした村は、全ての家と施設がブナのみきと枝だけで作られているようで、それらは地面の傾斜を全く考慮せずに建てられている。


 つまりは全ての家がサビトガ達の方にかたむいているのだ。今にも崩れてきそうな家々をあぜんと眺める男達をよそに、少女は地面に放置されていたブナ枝の渡し橋を堀にかけ、渡り始める。


「心配するな。産道の民の家は頑丈だから絶対に崩れない。それより堀に落ちないよう気をつけろ。ウェアベアのような招かれざる客が地割れを落ちてきた時のためにこさえられた、村を守るための堀だ。ものすごく深いから落ちたら出られないぞ」


「だから……お前らは、なんちゅう所に、住んでんだっての」


 顔をゆがめるシュトロに、少女はまたもやニヤリと笑ってみせる。


 その笑顔を見つめ、やや間をあけてから、シュトロはハッとした表情で「めてんじゃねえぞ!?」と声を上げた。


 頼りない渡し橋を歩く四人の頭上から、大地のうごめく音が、降ってくる。

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